見出し画像

<小旅行記>柴又帝釈天と寅さん記念館などなど(その1)

 10月の良い天気だったある日。実母が、柴又でうなぎが食べようという。それで、ランチで混む時間より前にしようと思い、11時に京成柴又駅の寅さんの銅像前で待ち合わせをした。

 考えてみれば、20代の頃に車を使って帝釈天に参拝したことはあったが、京成線を使って行った記憶がない。『男はつらいよ』のTVドラマや映画では、いつもこの京成柴又駅が出てくるので、一度は行って見たいとずっと考えていたのだが、なぜか腰が上がられなかった。それは、よく東京に住んでいる人間が、きちんと東京観光をしたことがないのと同じようなものだと思う。「いつでもいけるから」なんて理由でいると、その「いつでも」はなかなかやって来ない。

 そして、今回その「いつでも」がようやくやってきたようで、私は「寅さん」の舞台を訪ねることになった。「行こう」と誘ってくれた実母に感謝だ。

 私の自宅からは、千代田線に乗って、金町で京成金町に乗り換えるのが良いとネットの「乗り換え案内」にはある。それで千代田線に乗ったのだが、私の乗った「北綾瀬行き」では金町に行かないことに途中で気がついた。「東京に住んでいる」というだけでは、意外と知らないことがあるものだ。それで、人の少なそうな湯島で降りて、ベンチに座ってしばし待ち、次に来た「我孫子行き」に乗り換えた。「我孫子行き」と「北綾瀬行き」は交互に運行しているらしい。それなら、最初に乗り込んだ日比谷で「我孫子行き」に乗るべきだったのだが、まあ、これも小旅行の楽しみとして味わおう。幸いに、待ち合わせ時間には余裕がある。

JR金町駅

 金町駅に着く。正確には千代田線が乗り入れしている常磐線の金町駅なのだと、初めて知った。考えてみれば、金町駅に降りるのも初めてかも知れない。JR金町駅から徒歩2分で着く京成金町駅だが、なぜか専用道路などはなく、「うちとそっちとは全く違うのですよ!絶対に間違わないでください!」とでも主張しているように、やや広い歩道と信号のある横断歩道を渡って、お互いをつないでいる。今日は天気だから良いが、これが雨の日、まして台風だったら大変だろうなと想像した。

 JR金町駅から見える距離にある、京成金町駅に着く。見えるといっても、いかにも駅というのが見えるわけではない。小規模なビルがあって、そこの1階に駅の改札があるのだ。ビルは一応駅ビルなのだろうが、そんな雰囲気がなく、むしろ「駅前の商業ビルです。皆さん買い物してください」というイメージが強い。その距離は、時間にすれば1~2分だろうか。しかし、何か見えない境界があるように感じる。そして、駅周辺がなぜか寂しい。

 JA金町駅外にある案内地図を、食い入るように見つめるオジサンがいた。京成金町駅に電車が到着したようだ。そこから、大勢の人がJR金町駅に向かっていく。私はぶつからないように、思わず道の脇に逃げた。皆、スマホを見ているか、または自分の前30cmだけを見て、小走りに歩いている。

京成金町駅

 私は自分のパスモが使えることを確信して、ホームに停まっている電車を見ながら、改札を通る。もちろん使える。使えないはずはない。でも、なぜかほっとする。意外と狭いホームに上がる。ここは東京なのだが、ホームの感じだけから言えば、一種ローカル線の趣がある。もうこのホームにいるだけで、近くを旅している気分になる。そうだ「小旅行」という名に相応しい駅の風情だ。

 車内は空いている。時間帯と進行方向(通勤・通学とは逆方向)もあるのだろうが、閑散とした車内風景が、さらにローカル線気分にさせてくれる。ふとドアの上にある広告を見ると、なんとオートレースの広告が大々的にある。「もしかして、沿線住人あるいは京成電鉄は、公営ギャンブル率が高いのか?」と勝手な妄想をした。「でも、さっきどかどかとJR金町駅に向かった人の中には、近くのオートレース場に向かう人もいるのだろうか?いやこの辺りなら船橋だろうが、そうすると京成小岩からJR小岩に乗り換えて総武線を使うのだろうから、金町で降りた人は違うな・・・」と、私の結論はすぐに出た。それだけだ。

 こんなくだらないことを妄想しているうちに、電車は発車した。次はもう柴又駅だ。ローカル線の沿線を楽しむ時間はあまりない。というか、そもそも都会を走る路線だから、沿線風景といっても普通のどこにもあるような住宅地しかない。でも、目を凝らすと意外と古い物件を見つけたりするのが、ちょっと面白い。東京には知らないところが、まだまだ沢山ある。

 柴又駅で降りた。降りる人は私以外にも結構いる。多分、私と同じ帝釈天参拝客だろうか。老人率が高い。もっとも、最近はどこでも・いつでも、老人率は高いが。そしてホームは、もう「男はつらいよ」の世界になっている。ホームの柱、壁のポスター、行き先案内、そのすべてに「男はつらいよ」のものが使われている。そうしたものを横目で見ながら、改札に向かうと、不思議と自分が映画の登場人物の一人になった気分になる。おそるべし「男はつらいよ」効果。さしずめ私は「タコ社長」だろうか?いや、そんなメジャーな役じゃない、単なる通行人だ。しかも、カメラの向こうで転んだりするドジな役柄。

京成金町駅ホーム

 改札を出るとすぐに、寅さんとさくらの銅像がある。実母は既に待っていた。両方の銅像の写真を撮った後、実母の記念写真を撮る。他にも写真を撮っている人が多かった。そういえば、駅近くに立ち食い蕎麦屋があったのだが、今は違う店になっているということだった。ここの立ち食い蕎麦屋で一度くらいは食べたかったな。もしかしたら、とらやの味がしたかもしれない。寅さんとさくらは銅像として健在だが、古き良き立ち食い蕎麦屋は時代の波に埋没してしまったようだ。

参道入口

 参道に向かう。参道は、伊勢のように古い街並みをなるべく多く残していて、かなり風情がある。外国人には楽しい風景ではないか。そして、参道に入るところに多くの石碑があって面白い。意外と気にせずに通りすぎてしまうかも知れないが、猿の像が気になる。帝釈天と猿との関係だろうか?一応調べてみたが、わからない。帝釈天はもともとインド(ヒンズー)由来だから、象に乗った姿がある。おそらくその関係で猿がいるのだろう。ヒンズーで猿はハヌマーンという神の一人だから(日本神話でも猿田彦がいる)、古い寺なら猿の像があってもおかしくない。

参道入口の猿

 参道はまた、門前町の賑わいがあって楽しい。そして、一歩道を外れるとそこはもう普通の住宅街になっているため、ここだけが異次元の異世界という雰囲気を持っている。別の言葉でいえばタイムトリップだ。まるで映画のセットにいるようで、これはけっこう楽しい。そして、やはり外国人観光客にはかなり良い場所だと思う。外国人は皆ここに来て、庶民的な食事をして、旅行土産やだんご・煎餅・漬物などを買ってくれると思う。

 ところで、「男はつらいよ」では、高木屋というだんご屋でいつも撮影していたと説明されている。ところが、とらやというまさに映画と同じ名前の店がある。そして、とらやの店の前には「映画第1作から第4作までの舞台」と書いてある。事情はよくわからないが、第5作から高木屋に移ったようだ。そして、高木屋は「男はつらいよ」効果だろうか、とらやより店構えが立派だ。そして、とらやより駅に近い場所にある。これは地の利かも知れない。でも、「男はつらいよ」のイメージにより近いとすれば、立派な高木屋より質素なとらやだと思う。すいません、高木屋さん。

高木屋老舗
とらや

 そんなことを考えているうちに、ウナギを出す店があったので、実母に相談したら、「昼で混む前に食べよう」ということで、早めのランチにした。えびす屋という昭和時代の雰囲気を持つ庶民的な店に入った。後で知ったのだが、参道の奥にはもっと大きな割烹料理屋のえびす屋があって、たぶんこの駅に近い方の店はより低価格にした支店のようだ。でも、これは私たちのような庶民にはぴったりの店だ。

 それで、誰も客がいない店内に入ると、背広のオジサンがテーブルで書類をチェックしている。私たちの姿を見ると、「いま店の人はいませんが、もうじき出てきますよ。私は店の人間じゃありませんが、中で待っていてください」と親切に声をかけてくれた。私たちは好意に甘えて、窓側の席に座る。そのうち店員のお姉さんが出てきたので、声をかけたら、いきなり「マスクをしてください!」と注意される。今はマスク着用が個人の意志で行うとなっているはずだが、「この店」という「個人」の意志では、客にマスクを強要するようだ。敢えて逆らう必要はないので、「御意!」とばかりにマスクをする。なにしろ庶民ですから。

 しかし、店内は私と実母しかない。マスクなしを気にする外の客はいない。しかし、私の想像では、「マスクをしないとコロナで死ぬ。マスクをしないでコロナをうつさないでくれ!」という過敏な老人客が沢山いるのだろう、と思った。でもさすがにマスクをしながら食事をできないので、私と実母はしばらくしてからマスクを外してしまった(一応店員がテーブルに来たときは、マスクをつけるように心掛けたが、そのうち面倒になった。また店員もスルーしていたが)。気分爽快とは、まさにこのことだ。そう私たちは自由なのだ!

 私は鯉こくの付いたセットを頼んだが、注文した後に「今日は鯉がありません!」というので、実母と同じ刺身のセットにした。もちろん小ぶりなうな丼がメインだ。その前に何か酒でもと思って、私はビールを飲みたかったが、実母が日本酒を燗で飲みたいというので、お銚子一本を二人で分けることにした。

熱燗

 しかし、猪口をひとつしか持ってきてくれなかった。思わず実母が、よく通る声で店員に猪口の追加を頼んだ。猪口はすぐに来た。ランチのビールはいつも美味いが、熱燗もまた良し。酒は普通のメーカーのものだと思う。これもまた良し。なにも利き酒に来ているわけではないのだから、良い地酒を期待してはいけない。ちびちびと飲んでいるうちに、いつのまにか「招き猫」である私のご利益か、他の客が店に来た。どうやら、マスクをしていなかったようだが・・・。店員の「マスクしてください!」が聞こえなかったので、ちゃんとマスクをしていたのだろう、きっと。

えびす家でうなぎ定食

 早めのランチを終えて、参道をさらに歩いていく。実母が、あちこちの店で寄り道をする。漬物屋で試食して、べったら漬けを買った。時間が昼過ぎになったせいか、人の数が多くなった。ほとんど見かけなかった外国人観光客の姿も見えてきた。山門に着いて写真を撮る。写真を撮る人が多くいる。もう観光気分が高揚してくる。そしてこの山門は、実に立派で豪華だ。「男はつらいよ」効果が不要なくらい、その存在は素晴らしい。でも、残念なことがある。この山門の両側にはおそらく(あ・うんの)木像があったと思うが、中は空洞になっている。時間が経過していることから仕方ないと思うが、もし木像があったら、さらに素晴らしものになったことだろう。

山門

 寺内に入る。参拝だけなら拝観料などはいらない。靴を抜いて本堂に上がり、お賽銭をあげて参拝する。そこから右へ歩くと、本堂の彫刻と裏の庭園に続く廊下がある。実母が以前来たことがあり、ここの事情をよく知っていて、窓口で入場券を購入する。すぐ横から本堂の彫刻を見るための通路がある。実母によれば「昔はあんなものはなかった」という、本堂の彫刻を大きなガラスが全体を囲っている。そして、本堂から2mほどの幅で簡単な足場があり、ここから彫刻を間近で見ることができる仕組みになっている。もう寺というよりは、博物館の展示室だ。

本堂浮彫
法華経の医療

 龍を筆頭に、法華経の世界を現わした浮彫の彫刻群は素晴らしい。江戸時代のものかと思ったが、明治になってから檀家の寄進により、法華経のテーマごとの浮彫彫刻を作家に作らせたそうだ。そのため、四面に八つある彫刻には、作者名も彫り込まれている。私は、これらの法華経彫刻群よりも、四つ角にある龍に強く感動した。なにか龍である特別な力が込められているような、そんな龍たちの表情と力強さ。思わず撫でてみたい衝動に駆られたが、それは我慢して次の庭園に向かった。

絵馬

 地上2mほどの高さがある渡り廊下を、ぎしぎしと音を立てながら向かった庭園は遠目からも美しかった。正確には遂渓園(すいけいえん)というのだが、、日本庭園の良さを味わえる見事な庭園だ。実母によると、「冬に雪が降っていると、もっと綺麗で、俳句を作るような感じになる」ということだ。この庭園の良さは、園内に多くの人を入らせないためもあり、周囲に渡り廊下を廻らせていることだろう。そして、渡り廊下に沿って、良い見どころがある上に、庭をより美しく見える場所を通るように上手く設計している。

 庭園を見るための建物の中央には、張り出した大きな縁台とシャンデリアがある豪華な日本間がある。今は使用していないのだろうが、そこには帝釈天の絵や読経台が展示してあった。おそらく、少し前までは信者がここに集まって、庭を眺めながら読経を聞いたのだろう。

庭園 遂渓園(すいけいえん)

 渡り廊下の途中に、「神の水」という湧き水がある。これは知らずに通りすぎてしまうくらい小さなものだが、本堂に掲示されていた明治の頃に檀家が献上した絵巻に、帝釈天がこの場所に来て水を湧き出させたというものを見ていた。それで「これがあの絵巻の水か!」とすぐに気づき、とてもありがたい気持ちになった。そして、その湧き水は手ですくえるので、思わず私の身体の悪いところにつけさせてもらった。ご利益があることを願いたい。

神の湧き水

 渡り廊下の終わり近くには、おそらく昔はなにかの像があったと思われる、地面が盛り上がっている場所があった。そこには、もう文字が読めない石碑とその手前に猿の像がある。「ここでも猿か」と思い、帝釈天と猿とのつながりが強いことをまた考える。そして、石碑の前にある猿の姿勢から推測すると、どこか「守り神」的な雰囲気がある。帝釈天に使える兵隊的な役割の猿なのかも知れないと確信した。

庭園内の石碑


境内風景


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?