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<書評>『LEGACY 15 Lessons in leadership(伝統 15通りのリーダーシップ)』


Legacy


James Kerr著 2013年 Constable & Robinson Ltd. London

 もう一つの副題に、「What the all blacks can teach us about the business of life(オールブラックスに学ぶ日々のビジネス)」とあるように、オールブラックス監督にサー・グラハム・ヘンリーが就任した2003年以降、2011年のオールブラックスが二度目のRWC優勝を母国開催で達成するまでにやってきたこと、またオールブラックスに備わったリーダーシップにつながる慣習や儀式を、ビジネスに利用するべくピックアップして解説したもの。

 既に邦訳も出ており、『問いかけ続ける 世界最強のオールブラックスが受け継いできた15の行動規範』(東洋館出版社 2017年)が出版されている。私は邦訳が出る前に本書を購入していたので、「ああ、あの本の翻訳が出たんだ」と思っただけで邦訳を敢えて購入することはなかった。
 
 また、副題にもあるとおり、さらっと初めの方を読んだ印象では、「日本によくある類のハウツー本で、オールブラックスの名前を借りて、どうやれば上手く金儲けができるか、上手に世渡りができるかをもっともらしく述べた本」と判断して、最近まで(買って失敗したなと思いつつ)放置していた。しかし、定年となり読書の時間が確保されたので、英語の勉強を含めて改めて読んでみた次第。
 
 読んでみて、最初に気づいたのは、サー・グラハム・ヘンリーが2012年に出版した自伝『Graham Henry Final Word (グラハム・ヘンリー 最後の言葉)』(Bob Howitt 編集 Harper Collins NZが出版 )から、非常に多く引用していること。つまり「15通りのレッスン」は、その多くはヘンリーがオールブラックスの監督をしていた時に実践したものなのだとわかった。それをもっともらしく15(つまり、ラグビーの15人)の章立てにして、ビジネスではこう使いなさい、こうやって上手く金儲けしなさいと指導している印象を強くした。
 

グラハム・ヘンリー自伝

 私は、このヘンリー本を発売と同時に著者のサイン入りで購入し、(カーターやマコウの自伝と異なり、邦訳が出る可能性は皆無なので、それを待つことなく)すぐに読んだので、ヘンリー本のどの部分を引用しているのかがすぐにわかった。だから『Legacy』を読むたびに、「あー、これはヘンリーが繰り返し書いているあのことだな」と思い、これは確かにビジネスにも使えるのだろうなあと、妙に感心した。
 
 しかし、たぶん本書を読む人たちは、必ずしも私のようなラグビーマニアではないだろうから、ヘンリー本を読んでいる人は日本ではかなり少ないと思うし、また一般のビジネス書を求めている人には、ラグビーは知っていても、オールブラックス元監督のサー・グラハム・ヘンリーなんて知る由もない。とはいえ、日本でもオールブラックスの知名度は(CMにも使用されるぐらいに)抜群であり、しかも「成功」している組織(企業)であるということであれば、そのままビジネスの参考になると考えるのはごく自然なことだ。
 
 そして、元高校の校長であるヘンリーが考案した、オールブラックス改革のための様々なアイディアは、そのままビジネスに使えるのだろうと思う。また、こうしたオールブラックスで実践した成功体験を翻訳すれば、一定の読者(つまり、マイナーなラグビーファン以外の多くの一般的な読者)の関心を惹くと考えるのは当然なことだろう(しかし、本翻訳書がベストセラーになったというニュースには接していないので、残念ながら出版元の期待は外れてしまったのかも知れない。また、ラグビー好きが本書を争って購入する可能性は、ヘンリー本同様に高くないと思う)。
 
 そこで、別に私が高所大所からもの申すわけではないが、一方で私は「変わり者」の「文学青年」だから、そもそもビジネス云々という俗世間にどっぷりとはまったハウツー本を読むことは、たとえ読む本がなくなったとしてもそれをしたくないし(本書はラグビーとオールブラックスというキーワードで購入してしまったのだ)、またハウツー本から学ぶことも、影響されることもゼロに近いくらいにないだろう(「文学的」には、それは忌避する対象ですらある)。
 
 さらに、ラグビーをひどく愛好する一人としては、ラグビーはラグビーのままでいて欲しいと願っている(ビジネス等に利用されたくないのだ)。同様の理由(感情)で、オールブラックスがとても好きな一人としては、オールブラックスとビジネスを結びつけることに、かなり嫌悪感を持ってしまう。つまり、「ラグビーはラグビー」であり、「オールブラックスはオールブラックス」であるだけなのだ。そして、「ラグビーのオールブラックス」や「オールブラックスのラグビー」は、ただそのままで存在しているのであり、他になにものにも結び付くことはない・できないと私は強く思っている(それは一種の犯すべからざる崇拝対象なのかも知れない)。
 
 だから、極端な言い方になるが、本書は私にとって英語の勉強でしかなかった(実際、単語の確認に役立った)。一方で、ハウツー本に相応しく、要領良くかつ理解しやすいようにポイントを強調しつつ全体を上手くまとめていることは評価したい。だから、誰でも本書を読むことで、他人に対して「オールブラックスのマネージメントとは・・・云々」と勝ち誇った顔で講演することもできるだろう。しかし、それはまさに「ビジネス」そのものであり、私にとっては「ラグビー」ではないし、「オールブラックス」でもない。「変わり者」の「文学青年」には、はるか遠い世界の出来事として傍観するだけだ。

 以上、いろいろと悪口を書いてきたが、本書の12章「言葉(LANGUAGE)」の冒頭にある、1999年に年間5敗して危機的状況にあったオールブラックスのメンバーに対し、オールブラックスの偉大な英雄の一人である、ジョン・カーワンとショーン・フィッツパトリックが改善策としてまとめた、以下の12か条が面白い(これは本書で知ったのだから、私にも英語の勉強以外のメリットが見つかったようだ)。英文原文の下に私訳を付けてみた(邦訳本は確認していないが、きっと私より良い訳をしていると思うので、関心ある方はそちらを参考にしてください)。

1. No one is bigger than the team.
 チームより大きいものはない。
2. Leave the jersey in a better place.
 ジャージの価値をより高めよ。
3. Live for the jersey. Die for the jersey.
 ジャージのために生き、ジャージのために死ね。
4. It’s not enough to be good. It’s about being great.
 良いだけでは不十分。偉大なものを目指せ。
5. Leave it all out on the field.
 グランドではすべてを出し尽くせ。
6. It’s not the jersey. It’s the man in the jersey.
 ジャージはジャージであるだけではない、魂が宿っている。
7. Once an All Black, always an All Black.
 一度でもオールブラックスになった者は、生涯オールブラックス(の誇りを持て)。
8. Work harder than an ex-All Black.
 オールブラックスの先達以上の努力をしろ。
9. In the belly-not the back.
 背中で考えるな、腹で受け止めろ。
10. It’s an honor, not a job.
 たんなる仕事ではない、名誉だ。
11. Bleed for the jersey.
 ジャージのために血を流せ。
12. Front up-or fuck off.
 顎を挙げろ、そうでなければ出ていけ。

 これらの言葉の一部は、かなり日本でもラグビー関係者に普及しているようで、TVのラグビー中継でオールブラックスが言及される場合に、特に「ジャージの価値を高めよ」が解説者に良く引用されていたことを覚えている。

 私としては、この12か条にある、忠誠心・伝統・歴史・神話・儀式・標語・先達・克己精励・献身といった、日本では古い価値観と一笑されるようなものが、実はオールブラックスの強さの根底にあることに安心した。こうした戦前までの日本では当たり前だった価値観は、戦後にGHQの占領政策の影響で全否定されることとなったが、実は世界中に、そして全人類に共通する立派な価値観であったことに安堵している。そして、こうした価値観は、政治的意図による無理やりな否定がない限りは、決して古びることはなく、また効力を失くすこともない。人が人として、組織が組織として、民族が民族として、国家が国家として、それぞれ生存して、また生き続ける上で、ごく当たり前に大切なものなのだから。

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