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【映画】「マイスモールランド」/難民に対する考え方が180度変わる全国民が観るべき映画

皆さん、こんにちは、こんばんは。
大変衝撃的な映画に出合いました。現在(2022年5月8日時点)全国32館で上映と決して規模は大きくありませんが、社会派な作品としてもドラマとしても大変見応えのある映画でした。

「マイスモールランド」フライヤー

このポスターから放たれる主演の嵐莉菜さんの美しさや瑞々しさに惹かれたことは間違いないのですが、本作が描くのが日本で難民として暮らすクルド人の文化を扱っているという内容面にも強く興味を持ちました。

今年2022年には『ブルー・バイユー』というアメリカ在住移民の話を取り上げた映画の傑作にも出合っており、異なる地域から異なる国に移り住む理由やその生きづらさを純粋に知りたいと思いました。

▼当noteで取り上げた『ブルー・バイユー』の紹介記事はこちらです。

我々、日本人および日本で暮らす人たちにとって、留学生をはじめとした日本で暮らす外国人の人たち、そして本作『マイスモールランド』でも取り上げられるように、容姿は外国の人でも生まれも育ちも日本の日本人(いわゆるハーフやダブルと呼ばれるような人たち)だっているわけです。
無意識に親切心でかけている言葉ですら、相手を傷つけてしまうことがある…そんなリアルな瞬間が描かれる本作を、日本で暮らす多くの人たちに観ていただきたいと感じました。

①『マイスモールランド』/作品紹介(あらすじ)※ネタバレなし

17歳のサーリャは、生活していた地を逃れて来日した家族とともに、幼い頃から日本で育ったクルド人。
現在は、埼玉の高校に通い、親友と呼べる友達もいる。夢は学校の先生になること。
父・マズルム、妹のアーリン、弟のロビンと4人で暮らし、家ではクルド料理を食べ、食事前には必ずクルド語の祈りを捧げる。 「クルド人としての誇りを失わないように」そんな父の願いに反して、サーリャたちは、日本の同世代の少年少女と同様に“日本人らしく”育っていた。

進学のため家族に内緒ではじめたバイト先で、サーリャは東京の高校に通う聡太と出会う。
聡太は、サーリャが初めて自分の生い立ちを話すことができる少年だった。
ある日、サーリャたち家族に難民申請が不認定となった知らせが入る。
在留資格を失うと、居住区である埼玉から出られず、働くこともできなくなる。
そんな折、父・マズルムが、入管の施設に収容されたと知らせが入る……。

映画『マイスモールランド』オフィシャルサイト STORYより引用

動画の中でもキャッチの一つとして表現される”ここに居たいと望むのは罪ですか?”という言葉が非常に胸を引き裂く思いになります。

本作は第72回ベルリン国際映画祭/アムネスティ国際映画賞スペシャル・メンション(特別表彰)に日本で初めて輝いた作品です。
世界でも注目を集め、評価されている日本が舞台の作品を、私たち日本人が観ない理由はありません。

②『マイスモールランド』/監督とメインキャストの紹介

作品の内容に入る前に、監督とメインキャストを紹介します。パンフレットやウェブのインタビューページで語られた情報や逸話も織り交ぜていきます。

◆川和田恵真(監督・脚本)

川和田恵真(かわだ・えま)監督

1991年10月生まれ、千葉県出身の映画監督。
本作が商業映画デビューとなりました。

本作は2015年頃から企画を考え始めて、今年2022年についに公開しました。
ご自身もイギリス人と日本人の両親をもち、「自分は何人なのか。自分の国はどこなのか(パンフレットより抜粋)」といつも考えながら生きてきたとのこと。
日本で生まれ育った日本人であることは間違いないのですが、日常の中でも「日本語上手ですね」と言われることも多いといいます。まさにそれに近いセリフが映画の中でも使われていて、私自身衝撃を受けました。
「上手」と言っている本人からすれば親切心なので、その人ももちろん声をかけられる川和田監督や作品の主人公サーリャが悪いわけでもありません。こういう人たちが当たり前に暮らしているんだという事実を知り、これからどう振る舞えばよいかを考えるきっかけとなればと思います。

ちなみに川和田監督は監督としてはデビュー作になりますが、かなり実績のすごい方なんです。早稲田大学に在学していた頃に『circle』という映画で、東京学⽣映画祭で準グランプリを受賞。2014年から是枝裕和さん、西川美和さんら映画監督を中心に活動している「分福」に所属し、是枝裕和監督の作品等で監督助⼿を務めています。
監督助手をしていた代表的な作品としては日本アカデミー賞で6部門を受賞した『三度目の殺人』(2017)があります。

つまり、本作は「分福」が関わっているため、製作には是枝裕和さん、西川美和監督作品をプロデュースしている西川朝子さんや『愚行録』『蜜蜂と遠雷』などでプロデューサーを務める加倉井誠人さんがアソシエイトプロデューサーとして、彼女をサポートしているわけです。
彼女に対する信頼と期待値の高さがうかがえます。

くわえて、本作は抜群の撮影シーンの数々にも注目していただきたいのですが、担当するのはアカデミー賞国際長編映画賞を受賞したことで記憶に新しい『ドライブ・マイ・カー』で撮影監督をしていた四宮秀俊さんが務めます。
クライマックスでは四宮さんだからこそ表現できたとも言える圧倒的な撮影が作品の質を高めています。
これから観る人は、是非とも撮影も深く堪能してください。

◆嵐莉菜(チョーラク・サーリャ役)

嵐莉菜(あらし・りな)

2004年5月生まれ、埼玉出身のViVi専属モデル。
日本とドイツにルーツを持つ母親とイラン、イラク、ロシアのミックスで日本国籍を取得する父親がおり、嵐莉菜さん自身は日本生まれ日本育ちの日本人です。
「日本人と違う外見で悩んでいた」という彼女は、これは自分が演じる役に違いないという確信とともにオーディションに挑戦したそうです。

オーディションの面接では、川和田監督から「自分は何人だと思いますか?」という質問をされ、「自分のことを日本人だと言っていいのか分からないけれど、私は日本人って答えたい。でもまわりの人はそう思ってくれない」と答えたといいます。
これが合格の決め手になったとのことですが、そういった悩みを常に抱えている彼女だからこそ、本作のサーリャ役を自然に演じられたのではないでしょうか。

ちなみに、本作に登場するサーリャの家族は嵐莉菜さんの本当の家族。
父マズルムを演じたのは嵐の父アラシ・カーフィザデーさん。「ここがヘンだよ日本人」などバラエティ番組でも活躍するタレントです。
ペルシア語、トルコ語、英語、日本語を話す上、日本語は標準語と大阪弁、福井弁を話せるとのこと。主役の嵐莉菜さんは作中で話されるトルコ語は父に教えてもらったそう。日本語は堪能なので、映画ではあえてカタコトで喋っていたようなので、そのあたりの役作りにも注目してもらえたら一層楽しめると思います。
妹アーリン役はリリ・カーフィザデーさん。『奇跡体験!アンビリーバボー』の再現ドラマや『相棒14』への出演など女優としても活躍しています。
映画の中では姉妹喧嘩のシーンがありますが、割とリアルに近いとのインタビューを読みました。
末っ子弟のロビン役はリオン・カーフィザデーさん。彼も『ワールド極限ミステリー』などの再現ドラマに出演するなど子役として活躍中。
是枝裕和のもとで修行した川和田監督だからこそ、是枝監督同様に子役には脚本を渡さず、リハーサル時に口伝えで教える演出方法を取り入れています。
だからこそ、パパのアラシが激昂するシーンではたまらず泣き出したというエピソードがあります。

このような一連のエピソードも含め、まさに家族で作り上げた作品といえるでしょう。

◆奥平大兼(崎山聡太役)

奥平大兼(おくだいら・だいけん)

2003年9月生まれ、東京都出身の俳優。
演技未経験でオーディションに合格し、第44回日本アカデミー賞新人俳優賞をはじめとした新人俳優賞を総なめしたデビュー作『MOTHER マザー』は素晴らしい演技を披露してくれました。

今回はひと癖ある『MOTHER マザー』の周平役とは異なり、どこにでもいるごく普通の高校生役。サーリャを優しく支えるバイト仲間で、深い仲にも発展していく役柄で、高校生ならではのピュアさも自然に表現していたと感じました。

本作の逸話としては、奥平くん自身が絵を描くことが好きということで、聡太の設定に美大志望が加えられたとのことです。
絵を描くシーンが本作においても、とても重要な要素となっているので、ぜひそこも認識した上でご覧ください。

◆その他実力派の俳優陣

ここまでに紹介した主要キャストのほか、脇を固める俳優陣も実績十分な実力派が揃っています。
サーリャが家族に黙って働くコンビニの店長・太田武役には芸人で演技面でも賞受賞経験のある藤井隆、チョーラク家のクルド人コミュニティで家族を陰で支えてくれるロナヒ役をサヘル・ローズ、サーリャの将来の夢に大きな影響を与えた小学校の先生役に韓英恵、高校の先生役を板橋駿谷が演じます。
サーリャとの二人の間の架け橋ともなる聡太の母親役には『怒り』や『万引き家族』の池脇千鶴。
チョーラク家の難民申請などをサポートする弁護士の山中先生役を平泉成が演じます。

このように主要キャストが若く経験の少ない布陣だからこそ、安心できる実力派の俳優が揃えられるのも「分福」ならではといえるでしょう。

③クルド人とは

本作で特に重要なのがこの「クルド人」。中東関連のニュースでは目にすることも多い人種の名称ですが、その実態を詳しく知る人はそう多くないでしょう。

「国を持たない最大の民族」と呼ばれ、トルコ・イラク北部・イラン北西部・シリア北東部等、中東の各国に広くまたがる地域に居住しています。
彼らの歴史としては、1916年、英仏がオスマン帝国が領有する中東地域を分割し、ロシアも加えた3国の勢力圏にすると決めた密約「サイクス・ピコ協定」が結ばれました。
その結果、クルド人の居住地域の真ん中に国境線が引かれることに。1946年1月には旧ソ連の支援により、イラン北西部マハーバードで「クルディスタン共和国」が建国され一度独立国家を持ったことがあります。
しかし、旧ソ連が同地域から撤退したことで、後ろ盾を失った国家は1年も持たずに崩壊。その後、大統領は処刑されたという血塗られた歴史があるのです。

このような背景により、自国を持たないクルドの民族は移民となるケースが相次いでいます。
移民先の国としてはトルコやイラク、シリア、イランといった中東が中心ですが、イラクやシリア国籍のクルド人の場合は紛争に巻き込まれたり、トルコ国籍のクルド人はトルコ政府の迫害を受ける可能性があったりする理由から、来日するクルド人が増加したようです。

在日クルド人はおおよそ2000人いると言われており、そのうち約1300人は埼玉県内に集約しているといいます。特に埼玉県蕨市や川口市といった埼玉県南部に多く在住しており、鋳物産業が盛えた工業地域のため、外国人労働者に寛容だったという背景があります。

今回、本作で描かれ問題視されているのは「難民申請」です。日本とトルコの間に相互ビザ免除制度が適応されており、観光ビザで入国してビザの期限切れになっても行き場のない彼らは難民申請を行なって滞在し続けるケースが大半。
ただ難民申請や在留特別許可を認められるケースは稀で、その結果不法滞在として日本に居残り続ける人たちが多くいるのです。

このような在留資格のないクルド人の状態を「仮放免」と呼び、働くことはできない上、居住地域から県外へ出ることが許されていません。もちろん生きていくためにはお金がないと食べられませんから、このような状態は”=生きる資格すらない”と言われることと同義だと考えられます。
しかも、大半は借金を抱え、1日3回以上食事している割合は24%、経済的理由で医療機関を受診できない人が84%という驚くべきデータもあるほどです(パンフレットの望月優大氏の記事より引用)。

難民申請が通らず、居場所のなくなった彼らクルド人は果たしてどこに行けばよいのでしょうか。

④当たり前に日本人として暮らすクルドの2世は”ただ生きる”ことさえ苦しい(※以下、ネタバレあり)

ネタバレ記事として触れたい部分としては、本作のドラマパートです。
前述したクルド人のコミュニティや難民申請問題を絡めながら、主人公のサーリャは日本で育った意識としては”日本人”の女の子。

『マイスモールランド』オフィシャルサイトより

上の写真のように、同級生と学校で掃除している様子など、ただの女子高生にしか見えません。もちろん日本語は当たり前に堪能。
作品の中で、彼女が働くコンビニでお客のおばあちゃんから「お人形さんみたいねぇ」「日本語お上手ね」と優しい声をかけられるわけですが、彼女からすれば1つ目はともかく、2つ目は当たり前のことなんですよ。
まさに無意識の親切心というもので、相手を褒めるつもりで放ったひと言がその人を傷つけてしまう可能性があることを、この映画をきっかけに知ってほしいものです。

◆サーリャの日本人及びクルド人としてのアイデンティティの境界線

サーリャは、学校などの家族以外と接する瞬間では完全に日本人として振る舞いますが、一方家に帰り家族との時間はクルド人として過ごします。
父マズルムはクルド人としての生活が長いこともあり、クルド人としての誇りもあります。
家族全員揃っての食事にこだわり、食事前には恒例の祈りの時間があり、料理は床に座って食べています。
父マズルムとサーリャがトルコ語で会話するときには、妹アーリンは「また私の悪口を言ってるんでしょう」と怒りながら二人に突っかかります。アーリンは日本語しかわからないからこそのセリフなのでしょう。

サーリャは日本語もトルコ語も堪能なだけに、日本語がわからないクルド人コミュニティの人たちの通訳やサポートをずっとやっていますが、それにより彼女は他の人以上の忙しさに追われています。しかもアルバイトもしているのですから、大変です。

『マイスモールランド』より出入国在留管理局のシーン

日本人として生きたいと思っているサーリャは自身のアイデンティティに悩みますが、出入国在留管理局で難民申請が却下されたことでそんなことも言ってられなくなります。
さらに、前述の通り、「仮放免」となった彼らは働くことも、埼玉県外へ移動することも許されないので、父が勤務地で警察に身分証を出すように言われたことで留置所のような場所に収容されます。

家族がバラバラになり、お金もなく、家賃滞納となり、今後の先行きが見えなくなってしまう一家。
「パパはいつ帰ってくるの?」という弟ロビンの純粋な言葉が胸をつん裂きます。

◆サーリャは”自分の中の小さな世界”に閉じこもるしか手はないのか

サーリャはコンビニのアルバイトで知り合った聡太と仲良くなり、そして恋仲となることで、聡太が大阪の美大を目指すのと合わせて彼女も大阪に行ってみたいと思うように。
しかし、埼玉県外にすら移動できない彼女は、大阪への移動などできるわけもありません。

ただ、制度上の問題により仮放免という状態になってしまったチョーラク家は、父も決して犯罪を犯しているわけでもないし、家族については何の言われもないわけです。
日本で長らく”日本人”として育ってきた3姉弟は、突然ここにいても大丈夫なのかという不安に駆られ、いつ自分たちのもとに父親が戻ってくるのかもわからない中、生活は続けていかなければなりません。

『マイスモールランド』より家族でラーメンを食べるシーン

彼らチョーラク家は、映画で観る中でとても仲の良い家族です。もちろん思春期の父と子のすれ違い、姉と妹のぶつかり合いはありますが、それは日本人である我々も当然に大半が経験することです。
ラーメン屋で「麺をすするかどうか」で議論しながら、ロビンのひと言で和み、みんなが笑顔になる。こんなに素敵な瞬間を壊してしまう現行の制度には憤りしか感じません。

ただ、残念ながら、このような問題点を知り、問題意識を持ったとて、私たちに何かできるのだろうか…と考えたときにどうしようもないのが一番心苦しいです。
とはいえ、このような映画を観て、現実を知るということに少しでも意味があるのかなと考えています。「感動した」とただ消費するだけではモヤモヤが残るだけ。
移民や難民といった人たちが住みづらい世の中を作っているのだとしたら、私たちがそういった方々に対する振る舞い方を少しでも正し、変えていけたらいいのかなと。

⑤彼女たちの”新たな夜明け”を支えていけるーそんな世の中にしたい

本作の主題歌ならびに劇中音楽を担当したのはROTH BART BARON(ロット・バルト・バロン)というシンガーソングライター三船雅也を中心に活動するインディーロックバンド。
川和田監督がラジオきっかけで知ったバンドで、脚本の改稿の際にはロットを聴きながら作業をしていたぐらい気持ちを保つのに一役買っていたと言います。

「まだここにいるよ」と訴えかける歌詞が印象的で、「新しい夜明け」を意味する”New Morning”という楽曲。
映画のその後を示すようなミュージックビデオは一見の価値あり。

作中で父マズルムが息子ロビンに話していた「石は国が違っても同じだ」という言葉。映画とミュージックビデオを合わせて観ることで、「君はここにいていいんだよ」「ここが居場所なんだよ」「どこにいてもいいんだよ」というメッセージを感じられる気がして、映画鑑賞後に観ると少し救われたような気分を味わえます。

⑥まとめ

”しょうがない”
本作でたびたび放たれるサーリャの諦念の思い。
何をやったって変わらない、仕方ない。未来は変わらないという諦めの考えを自然に身につけてしまうことが、彼女の処世術となっているのはとても悲しいです。

この映画を観て、父マズルムの決断や父とサーリャのクライマックスの面会室のシーンに涙を誘われるという感情的に心が振れるシーンもあります。
そういった意味では、映画はきちんとエンタメとしても機能しているので、これは監督の手腕だなと感じました。

さらにサーリャと聡太という物語の中心にいた男女の高校生2人の今後も気になるところ。作品自体は川和田監督や主演の嵐莉菜さんの経験や川和田監督の綿密なクルド人への取材が作り出したフィクションではありますが、彼らのような家族はきっとどこかにいるはず。
彼らのその先を作っていく世の中にするにはどうしたらいいのでしょうか。

いきなり法律を変えることはできなくても、何かできることはないのか、と日頃から意識することで世の中は大きく変えていけるかもしれません。


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