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【映画】「ブルー・バイユー」/俺はここにいる! 法律に翻弄されながら家族と生きようとする姿に感涙

最近の日本における映画の話題といえば、濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』がアカデミー賞で作品賞・監督賞・脚色賞・国際長編映画賞の4部門でノミネートという快挙ではないでしょうか。
第92回アカデミー賞で、隣国・韓国のポン・ジュノ監督作品『パラサイト〜半地下の家族〜』が監督賞、脚本賞、国際長編映画賞にくわえ、作品賞まで受賞したことは記憶に新しいと思います。
そこまでの旋風が巻き起こるかは不明ですが、個人的に『ドライブ・マイ・カー』は少なくとも国際長編映画賞は受賞するのではないかと予想しています。これをきっかけに日本の映画界ももっと盛り上がると嬉しいのですが…。

さて、今回はそんな日本映画ではなく、制作はアメリカの作品。韓国移民の主人公を中心に、その家族がぶち当たる様々な困難にスポットを当てた映画です。
アメリカの移民問題についてはある程度たくさんの映画を観る中で意識はしていたものの、この映画を観て、養子縁組も含めかなり深刻な問題を孕んでいることを初めて知りました。このくだらなくも、多くの人々が苦しんでいる現実に目を向けていかねばなと感じた次第です。

①『ブルー・バイユー』/作品紹介(あらすじ)※ネタバレなし

韓国で⽣まれ、3歳の時に養⼦としてアメリカに連れてこられたアントニオは、シングルマザーのキャシーと結婚し、娘のジェシーと3⼈で貧しいながらも幸せに暮らしていた。ある時、些細なことで警官とトラブルを起こし逮捕されたアントニオは、30年以上前の書類の不備で移⺠局へと連⾏され、強制送還されて⼆度と戻れない危機に瀕してしまう。キャシーは裁判を起こして異議を申し⽴てようとするが、最低でも費⽤が5千ドルかかることがわかり途⽅に暮れる。家族と決して離れたくないアントニオはある決⼼をするー。

Filmarks『ブルー・バイユー』作品紹介あらすじより抜粋

”家族と共に暮らしたい。ただ、それだけ。”
悲痛な映画の放つメッセージは、本作の主人公アントニオの心の叫びでもあります。
彼は韓国移民ではありますが、30年以上もアメリカで暮らしており、彼自身は正真正銘のアメリカ人という認識があります。ですが、アメリカの養子縁組の制度の綻びと当時の書類不備により、国外追放の危機に瀕してしまうという心苦しい内容。

これを機に「自分はアメリカ人ではないのか」「ただ愛する家族と過ごしたいだけなのに」「なぜ安定した仕事がもらえないのか」など、自身のアイデンティティすら脅かす自己憐憫に陥ってしまいます。
ただ、彼は愛する妻と子供と共に暮らすために、葛藤しながらどのように生きるかを決断していくという一連の流れに心を締め付けられながらも、大変感動した作品でございます。

ちなみに、本作『ブルー・バイユー』は2021年のカンヌ国際映画祭〈ある視点〉部門で出品され、上映後は8分間にも及ぶスタンディングオベーションが巻き起こったといいます。
それだけ人々の心に深く刻まれたというわけですね。自分もその場にいたかった…と思うぐらいにこの作品の放つ力強さに圧倒されてしまいました。

▼映画『ブルー・バイユー』公式サイトはこちら(日本語サイトなし)。

▼映画『ブルー・バイユー』Filmarksレビュー(ネタバレなし)

②『ブルー・バイユー』/監督とメインキャストの紹介

作品の解説に入る前に、監督とメインキャストを簡単に紹介します。

◆ジャスティン・チョン(監督・製作・脚本・主演/アントニオ・ルブラン役)

ジャスティン・チョン

1981年生まれの韓国系アメリカ人。彼自身はカリフォルニア州で生まれ育ち、俳優としてデビュー。
クリステン・スチュワートとロバート・パティンソン主演の『トワイライト』シリーズでエリック役として知られるようになります。その後、『リベンジ・オブ・ザ・グリーン・ドラゴン』では主演を張るなど俳優として活躍をしますが、その後監督としてもデビュー。
脚本と主演も兼任した長編2作目の『Gook』ではサンダンス映画祭〈NEXT!〉部門の観客賞とインディペンデント・スピリット賞Someone to Watch賞を受賞しました。本作『ブルー・バイユー』は監督として長編4作目となり、監督・製作・脚本・主演と4つの役割を担っています。
本来は別の俳優を主演に立てようと計画していましたが、脚本を書き進めるにつれて、これは自分が演じなくてはならない!と感情移入したそうです。

◆アリシア・ヴィキャンデル(キャシー・ルブラン役)

アリシア・ヴィキャンデル

1988年生まれのスウェーデン人。精神科医の父親と女優の母親の間に生まれました。
私自身、大好きな顔立ちの女優で、『コードネーム U.N.C.L.E.』のギャビー役の美しさは脳裏に焼き付いています。
そもそもデビュー作の『ピュア 純潔』で、母国のグルデバッゲ賞(ゴールデン・ビートル賞)で主演女優賞を受賞するなど、いきなり注目を浴びました。
2014年の『エクス・マキナ』ではAIをはるかに凌駕したガイノイドのエヴァ役として、ゴールデングローブ賞をはじめとした複数の映画賞でノミネートを果たします。翌年公開の『リリーのすべて』では、第88回アカデミー賞で助演女優賞を受賞し、名実ともにトップ女優の仲間入り。
アンジェリーナ・ジョリー主演で有名な『トゥームレイダー ファースト・ミッション』のリブート版でララ・クロフトを演じた女優と言った方が日本の方々には馴染みがあるかもしれません。
2019年Netflixオリジナル作品『アースクエイクバード』では日本を舞台に、日本語の演技にも挑戦しました。たくさんの海外俳優たちが日本語を話す演技をしてきましたが、アリシアほど上手な日本語をあまり聞いたことがないぐらい衝撃を受けました。

◆マーク・オブライエン(エース役)

マーク・オブライエン

1984年生まれのカナダ人俳優。
ケヴィン・ベーコン主演のテレビシリーズ『CITY ON A HILL/罪におぼれた街』のレギュラー出演で名を知られるようになりますが、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督『メッセージ』やジェイソン・ライトマン監督『フロント・ランナー』、ノア・バームバック監督『マリッジ・ストーリー』といった話題作への出演も続いています。
実在のアイスホッケー選手をモデルにした母国の伝記映画『Goalie』では、カナダ映画賞主演男優賞を受賞しました。
ちなみに2021年『The Righteous(日本公開未定)』では、長編監督デビューをしています。脚本と出演も兼ねたサイコホラーとのことですが、ちょっと観てみたいですね。

本作では警官でキャシーの元夫、ジェシーの父親として登場。まるで悪役のような形で登場するのですが、終盤は大きく印象が変わる役割が与えられており、個人的には本作の中でも特に愛着が湧いたキャラクターでした。

◆リン・ダン・ファム(パーカー役)

リン・ダン・ファム

1974年生まれ、ベトナムのサイゴン出身女優。1歳の時にフランスのパリに家族と一緒に移住しており、フランス国籍です。
ジャスティン・チョン監督は本作のパーカー役をアメリカ人以外の役者にしたかったとのこと。彼女自身が移民であるという共通点もあり、かなりの重要なポジションといえます。
作品にも絡む内容ですが、この作品のために自ら髪を剃るという行動をしたようです。この作品にかける意気込みを感じますね。
ちなみに彼女は2004年のジャック・オーディアール監督作『真夜中のピアニスト』で、セザール賞の有望若手女優賞を受賞しています。

◆シドニー・コワルスキ(ジェシー・ルブラン役)

シドニー・コワルスキ

アメリカジョージア州出身・在住の子役。父親と姉も俳優をしている映画一家。
HBOの人気ドラマシリーズ『ドゥーム・パトロール』ではクララ・スティールの子供時代を演じました。
本作ではジャスティンとは本当の親子のように振る舞う演技力が見もの。屈託のない少女らしい笑顔を見せたと思えば、少し背伸びした大人顔負けの表情を見せるなど、今後の成長が楽しみな子役でございます。

ジャスティン・チョン監督はクランクイン前に彼女をアトランタから撮影場所のニューオーリンズに呼び、早くから一緒に過ごしながら役作りをしていったそうです。キャスティング時にも監督自らアトランタまで足を運び、一緒にゲームをしたり外出したりしたそうで、そのような丁寧な過ごし方をしたからこそ、作品の中で自然な演技が引き出せたのでしょうね。

こちらのYouTube動画にある通り、堂々とインタビューに答えている風格にすでに大物の予感を感じさせます。

③アメリカの移民と養子縁組の根深い闇(※以下、ネタバレあり)

この作品を観る中で、どうしても目を背けてはならないのがアメリカの移民問題です。さらに根深く問題視されるのが、移民と絡む養子縁組。まずはアメリカの移民と養子縁組について整理していきましょう。

・移民が増加し社会問題化されているアメリカ

それこそ公開されたばかりのスティーブン・スピルバーグ監督『ウエスト・サイド・ストーリー』は、ポーランド系とヒスパニック系の移民たちの対立の物語。
もともと1961年に公開された作品のリメイクということもあり、彼らの直面する問題は現代とはまた異なると思いますが、こちらも移民についての風当たりの強さを知る意味ではとても良い映画です。

▼ロバート・ワイズ監督のオリジナル版とスピルバーグ監督のリメイク版それぞれの感想もよかったら参照ください。

さて、アメリカではドナルド・トランプ大統領の頃、移民政策が強化されていましたが、実は現大統領のジョー・バイデン政権においても、移民政策「メキシコ待機」プログラムを再開しているようです。
上記は昨年2021年12月に報じられた問題ですが、アメリカは移民国家でもあり、移民の数は増え続けています。
特に不法移民は移民全体の23%を占めるそうで、約1050万人が不法移民という計算になります。不法移民自体は年々減少しているそうですが、これは移民を制限する政策の結果と言えるかもしれません。
ちなみに、2017年時点の数字ですが、1970年から移民の数は4.6倍以上に増えているとのことで、総数は約4440万人、全人口の実に13.6%の数字です。

そういえば2021年にはアカデミー賞でも話題になった『ミナリ』という韓国移民たちを主軸にした作品が日本でも公開され、この作品はアメリカではかなり評価されています。
本作はこの『ミナリ』と同じく、韓国系移民のアントニオという男性が主人公。
実は韓国系移民はアメリカでも大きな問題を抱えていました。韓国系アメリカ人は商売する上で競合の少ない黒人街の貧困地区で暮らし始めたといいます。
ただ、彼らは黒人を差別し、従業員として雇うのはヒスパニック系ばかり。黒人の地元住民からは「自分達を差別しながら自分達から儲けている連中」とイメージがあった模様です。黒人と韓国人の対立という意味では、ドラマ『LOST』でも色濃く描かれていました。

一大事件としては1992年の「ロス暴動」で、当時ロサンゼルスでは放火や略奪が連発。なんと約3600件の放火のうち、2200件以上は韓国系住民が被害を被ったそうです。
このような背景からも韓国系をはじめとしたアジア人の生きづらさは想像に固くないでしょう。

・養子縁組という制度の穴

本作の主人公アントニオは、3歳の頃に海を渡り、養子縁組という制度によりアメリカ人の両親に育てられた背景があります。
作品の中でも、アントニオはことさら「自分の親は白人だ」と強調するシーンもありますが、彼らのような移民を助ける制度と簡単に言ってしまって良いものではありません。

ジャスティン・チョン監督がこの作品の脚本を書き始めたのも、まずこのテーマを追及したいという主目的があったのでしょう。
パンフレット内のインタビューでは、朝鮮戦争の後に韓国人の子供がアメリカや南米、インドに引き取られるようになり、その後ただ言われるがままにアメリカで過ごしてきた彼らが突然国外追放になるケースが相次いでいるとのことが語られていました。国外追放されてしまったら、元の引取先には戻れないといいます。

本作の中では、アントニオを養子として引き取った両親の書類不備が原因で国外追放が決まってしまうという衝撃的な事実が告げられます。
アントニオは30年以上もアメリカで過ごした、文化も服装も何もかもアメリカナイズされたアメリカ人でしかありません。今は愛する妻と子供もいるのに、突然追放なんて言われてもワケがわかりませんよね。

本来、アメリカの養子縁組の制度下では、16歳までに養子縁組が成立し、永住権(グリーンカード)を申請する措置が必要になります。アントニオの場合は、この養子縁組が書類不備により成立していないという衝撃的事実が、30歳を超えて自分の家族を持った時に初めて知ることになるという残酷な内容になっています。

以下にパンフレットにあったアメリカの養子縁組について引用します。

アメリカでは、国際養子縁組による養子に市民権を与える子供市民権法(Child Citizenship Act of 2000)が2000年に成立し、2001年に施行された。しかし適用範囲は限定的だった。そのため2015年以降、救済策となる法案がたびたび連邦議会に提出され、2021年にも、すべての養子に市民権を与える養子市民権法案(The Adoptee Citizenship Act of 2021)が与野党議員によって上下両院に提出された。

映画『ブルー・バイユー』パンフレット19ページより引用

映画のクレジットに入る直前に、実際に国外追放を受けた移民の人たちが実名で紹介されます。これでも一部なんだと思います。
後にまた触れますが、本作は国外追放により”家族の別離”が描かれる意欲作です。アントニオが妻のキャシーと愛し合う信頼関係、アントニオが血のつながらない娘のジェシーと本物の親子同然に振る舞う光景、これらが私たちにも感情移入の助けとなり、本作『ブルー・バイユー』が映画という作品として世に解き放たれた意義を強く感じられると思います。

④”本当の家族とは”という問いかけ

『ブルー・バイユー』は家族のドラマとしても質の高い作品となっています。
冒頭シーン、アントニオが仕事の面接らしきものを受けている模様が映し出されますが、明らかに見た目が異なる少女がそばにいるのが目に入ります。
一つの盲点として、彼らが一瞬親子だとは想像できないわけですが、後に背景として今の妻キャシーの元旦那の子供であることが判明します。しかし、近年は”血の繋がりがなくとも親子になれる”ようなテーマ性を持つ映画もたくさん製作されていることもあり、この段階で彼らが親子であると自然に納得する理解は必要でしょう。

この手の作品としては『メイジーの瞳』が胸を打つ傑作なので、未見の方には是非とも観ていただきたいです。

キャスティングについても、ジャスティン・チョン監督のこだわりがかなり投影されています。
彼の妻を演じたアリシア・ヴィキャンデルも非アメリカ人のスウェーデン人。
彼のアイデンティティに強い影響を与えることになるパーカーという女性を演じたリン・ダン・ファムもベトナム系フランス人と、多様な人種で構成された映画となっています。

この映画で何度も繰り返されるのが、アントニオとジェシーが本当の親子ではないこと、ジェシーの本当の父親の存在、そしてアントニオが韓国系移民で犯罪歴がある人間である点。
ただし、先ほども述べた通り、アントニオと妻キャシー、娘ジェシーの関係性はどこからどうみても親子にしか見えません。
作品の中ですれ違いも描かれますが、基本的にはとても仲の良い家族です。
こんな家族を引き裂いてしまう法律の穴について。まずは存在を知り、そしてそれが広まり、最終的に制度がきちんと整備されることを願うばかりです。

ちなみに同日に『クレッシェンド 音楽の架け橋』という映画を観てきました。
この作品はイスラエルとパレスチナの紛争問題をテーマに掲げ、各国から音楽家を集めて和平のためにオーケストラを結成しようという話。
簡単に解決する問題ではないですが、一歩踏み出すことの重要性を謳っており、本作『ブルー・バイユー』との繋がりを感じました。
ご興味があれば、こちらも傑作ですのでご覧ください。

楽曲”ブルー・バイユー”に込められた想い

映画のタイトルにもなっている『ブルー・バイユー』は、もともとロイ・オービンソンが1963年に発表した楽曲。
ロイ・オービンソンといえば”プリティ・ウーマン(Oh , Pretty woman)”が有名ですね。この曲の名前を聞けば、「あー!この人か」と合点がいくのではないでしょうか。

タイトルにもなっている”バイユー”はあまり聞き慣れない単語ですが、これは「青い入江」のことで、特にアメリカ南部のミシシッピー河の支流などが海に出る入江や湿地帯のことを指します。
The Bayou Stateと言われたら、ルイジアナ州やミシシッピ州のことだとか。

その後、1977年にリンダ・ロンシュタットが同曲をカバーし、彼女の代表曲の一つとして認知されています。
以下、歌詞からの引用です。

Saving nickels, saving dimes,
working ’till the sun don’t shine
Looking forward to happier times on blue bayou

楽曲”Blue Bayou” 歌詞より引用

歌詞を日本語訳すると、
”5セント硬貨を節約しして、10セント硬貨を節約して、
暗くなるまで働く
ブルーバイユーでの幸せな時間を楽しみにして”
となります。これはまさにアントニオが共に過ごすルブラン一家とこの映画の内容を反映しています。
収入があっても節約にまわし、遅くまで働いて大変な日々だけど、家族で過ごす時間が何よりも愛しくてハッピーだという内容。

映画の中では、アリシア・ヴィキャンデル演じるキャシーがこの曲を披露するシーンがあります。
南部を舞台にした楽曲とこの作品のテーマ性が合致し、さらにアリシアの歌声の見事さに心を揺さぶられてしまいました。

⑤罪の意識と自分の選択

本作『ブルー・バイユー』の中で、避けては通れないのが”罪の意識”です。
そして、それを丁寧に描いたことが、私が一番評価している部分。
アントニオは前科があり、今回国外追放を受けないために弁護士に依頼するのですが、5000ドルもの大金をそう簡単に用意できません。
そこで、彼は妻のキャシーには働いているタトゥー店のオーナーに借りたと嘘をつき、昔の悪友たちとバイク店を襲撃してバイクを盗み出したのです。

実は映画が進んでいく中で、この問題が解消されずに進んでいって自分は疑念を抱きながら観ていたのです。このまま彼が罪を重ねたバイク窃盗について回収されなければ残念だ…と。
しかし、その想いは杞憂でした。彼は妻とともに裁判の準備を進めながらも、キャシーの元旦那の同僚警官であるデニーに襲撃を受け、裁判当日に無断欠席。
キャシーはその出来事を知る由もなく、ここまで積み上げてきたアントニオの裏切り行為に堪忍袋の緒が切れ、ついにアントニオに見切りをつけてしまいます。

アントニオは追い詰められ、バイクでお気に入りの場所である湖に飛び込んで自殺を図るという愚行に及んでしまいますが、その後家族のことを第一に考えて警察に出頭。
これまでお金の工面も、裁判で有利な証言を得るために養母にお願いすることも拒んできた身勝手さから折り合いをつけて、初めて自分勝手ではなく家族優先の行動に至ったのです。
人間は誰しも完全ではない。私が映画の感想でもたびたび使う表現ですが、人間は完全ではないからこそ過ちを犯し、そこから学んで前進できるようになるのです。
この辺りをとても丁寧に描いたことで、ジャスティン・チョン監督自身が執筆した脚本に対して大きな信頼を持つことができました。

⑥”自分はここにいる!”ー人間のアイデンティティを尊重したい

この映画は移民であり、養子であるアントニオを主人公に据え、彼が自らのアイデンティティに悩み、苦しむ模様が何度も映し出されます。
圧巻はラストの空港のシーン。ここは映画史にも残る名シーンになると言いたくなるほど素晴らしかったです。
アントニオとジェシーの親子関係を丁寧に紡いでいったからこそ、最後の最後に国外追放で親子離れ離れになってしまうという切ないシーン。
一度はキャシーが「自分たちも家族だからついていく」と共に行こうとするのですが、彼らを追いかけ登場した元夫のエースとジェシーの親子の姿を見て、自分の家族を何もない韓国に連れて行って苦労させるわけにはいかない、とここでも自分の強い意志で一人で向かうことを決断します。

もうこの後ですよ。この後のラストシーンで一気に涙腺崩壊。ここを観るために『ブルー・バイユー』という作品を観てきたのだと言っても過言ではないほどの名シーンでした。

この3人の親子関係を見るに、アントニオは確かにアメリカに存在したし、この愛し合う家族が存在したのだと、彼自身のアイデンティティを間違いなく目撃することができるのです。

まとめ

以上のように、複雑なアメリカの法制度の事情も絡みながらも、高水準な家族の絆の物語を見せてもらい、現時点で2022年のベスト映画という形で私は評価を高めました。

あとは細かい点で、キャシーの元旦那のエースを悪者のまま終わらせなかったところにも好感が持てました。彼自身も、自分がジェシーの父親だという血縁関係の事実だけを押し付け固執していましたが、結果的に元妻と愛する娘の幸せを願って、彼は勇気ある行動を起こしました。
第一印象がめちゃくちゃ悪い登場人物でしたが、とてもお気に入りのキャラの一人になりました。

とにかく本作が世に解き放たれる意義を考え、多くの人たちにこの『ブルー・バイユー』という作品の存在を知ってほしいと感じました。
全国で24館という小規模上映ですが、上映館のリンクを以下に貼り付けておきますので、参考にされてください。


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