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【映画】「アナザーラウンド」/マッツ・ミケルセンが飲む、酔う、教える、愛する、そして踊る!

第93回アカデミー賞国際長編映画賞を受賞。この輝かしい栄華を誇り、ついに2021年9月3日に日本公開されたのが『アナザーラウンド』です。

必ずしもアカデミー賞の本国アメリカで上映されている必要があるわけではなく、この手の作品は栄誉に輝いた後に全世界で封切られることも珍しくありません。

記憶に新しいところでは、韓国の『パラサイト 半地下の家族』でしょうか。アカデミー賞作品賞も同時受賞した作品で、全世界から熱狂的に注目を浴びました。

ちなみに日本作品では2008年に滝田洋二郎監督『おくりびと』が、当時のアカデミー外国語映画賞を受賞しています。ほか、2018年に是枝裕和監督の『万引き家族』がノミネートされながらも受賞は逃しました。

そして今年2021年に発表された国際長編映画賞を受賞したのは、冴えない高校教師たちが酒を飲みながら授業をしたり、プライベートを充実させたりするという話。なんじゃそりゃ!? そんなふざけた作品がアカデミー賞かい! と思われるかもしれませんが、実はこれがなかなか社会派で考えさせられる作品に仕上がっています。

年代に関係なく、苦労を重ねてひと山ふた山を越えたような人たちには響くものがあるのではないかと思っています。ではまずは作品紹介から始めます!

①『アナザーラウンド』/作品紹介(あらすじ)※ネタバレなし

冴えない高校教師マーティンとその同僚3人は、ノルウェー人哲学者の「血中アルコール濃度を一定に保つと仕事の効率が良くなり想像力がみなぎる」という理論を証明するため実験をすることに。朝から酒を飲み続け常に酔った状態を保つと、授業も楽しくなり、生き生きとする。だが、すべての行動には結果が伴うのだったー。(Filmarks『アナザーラウンド』あらすじより抜粋)

あらすじに冴えない高校教師とありますが、たとえば主人公のマーティンは歴史教師をしているんですが、授業中生徒から見向きもされません。

映画を観ているこちら側としても実につまらない授業っぷりなんですね。そして、大学進学を控える3年生たちは彼の授業では希望大学に進学できないと。まぁ全部が全部授業や先生のせいにするんじゃないよ!と突っ込みたくもなりますが、その設定が以降の彼の変貌っぷりをより面白おかしくしていくのです。

この後紹介しますが、マーティンを取り巻く他の同僚の教師たちも個性派揃い。誰に感情移入するか、自分を重ねるか、という人によって見方を変えて楽しめるというのも本作の良いところかもしれません。

お酒を飲んで人生を謳歌するとか、お酒の厳しさを伝える作品は数多くあります。

有名どころでいえば、『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』をはじめとしたハングオーバーシリーズでしょうか。終始ふざけまくったコメディで笑いっぱなしの作品です。

2020年に公開されたベン・アフレック主演の『ザ・ウェイバック』もオススメです。こちらはかなりお酒の厳しい面を見せた硬派な作品となっていますが、ベン・アフレック自身がアルコール依存症に悩まされた過去がある分、ある意味彼の半自伝的な作品にも仕上がっています。

▼映画『アナザーラウンド』公式サイトはこちら。

②『アナザーラウンド』/監督とメインキャストの紹介

作品の解説に入る前に、監督とメインキャストを簡単に紹介します。

トマス・ヴィンターベア(監督)

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デンマークのコペンハーゲン出身の映画監督・脚本家。本作では脚本家のトビアス・リンホルムと共同脚本という形で自身も執筆を担当しています。

主演のマッツ・ミケルセンとは2012年『偽りなき者(日本では2013年公開)』でタッグを組んでから、プライベートでも近所で家族ぐるみの付き合いをするほどの大親友になったといいます。

この2人だからこそ、遠慮することなく、お互いが全力を尽くしてそれぞれの個性を投影させた作品が作れたのかもしれませんね。

実は本作の撮影開始から4日後、彼の19歳の娘アイダが交通事故で亡くなるという悲しい出来事がありました。もともとは主人公マーティンの娘役として映画デビューを控えていたところの訃報でした。

作品完成の8年も前から構想していた内容ということもあり、この素晴らしい作品を世に解き放ってくれました。娘さんの事故死というツラい出来事を乗り越えたからこそ、そして本当に作品が素晴らしいからこそ多くの人に届いてほしい思いでいっぱいです。

◆マッツ・ミケルセン(マーティン役)

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ハリウッドでも活躍する名俳優のマッツ・ミケルセン。ヴィンダーベア監督同様、デンマークのコペンハーゲン出身です。

母国語のデンマーク語での演技ということで、特に彼の演技は自然体で素晴らしさが発揮されていると感じました。

『007/カジノ・ロワイヤル』や『ドクター・ストレンジ』の出演もあり、世界的にも知名度の高い彼。アクション俳優としての印象が強い分、本作のようなヒューマンドラマでの演技は彼の素の良さや味わい深い渋みが楽しめるのではないでしょうか。

ヴィンダーベア監督とタッグを組んだ『偽りなき者』では、カンヌ国際映画祭最優秀男優賞を受賞しています。名実ともに認められた世界的な名優といえるでしょう。

セクシーで大人な色香漂うイケおじなマッツですが、本作では本当にくたびれた中年男性にしか見えません(特に前半)。そんな彼が生き生きと変貌を遂げる姿にも注目してください。

◆トマス・ボー・ラーセン(トミー役)

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デンマークのグラズサックセ出身の俳優。ヴィンダーベア監督とは彼がオスカーにノミネートされた短編映画『Sidste omgang』でタッグを組み、『偽りなき者』にも出演するなど腐れ縁。

長編デビュー作『The Biggest Heroes』ではロバート賞主演男優賞を受賞し、ドラマシリーズでも活躍しているデンマークを代表する俳優の1人です。

『偽りなき者』ではマッツ演じるルーカスの親友役を務め、本作でも同僚の体育教師であり友人を演じるという欠かせない存在です。彼の言動はいちいち面白いので要注目です。

◆マグナス・ミラン(ニコライ役)

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デンマークのコペンハーゲン出身の俳優でありコメディアン。ヴィンダーベア監督とは『ザ・コミューン』でタッグを組んでおり、2021年公開予定の同監督作品『クルスク(原題)』にも出演しています。

デンマークでは2014年にComedy Galla Awardsと呼ばれる年間コメディアン賞を受賞した実績を誇ります。

本作では、彼が日常生活でアルコール摂取状態をキープするという奇想天外な話を持ちかけた張本人で心理学の教師。今回の出来事をデータに残して、論文にしようと目論んでいます。彼の授業も生徒がいつもつまらなそうに聞いています。

◆ラース・ランゼ(ピーター役)

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デンマークのコペンハーゲン出身のテレビ俳優。マッツとは『アダムズ・アップル』で共演し、『偽りなき者』でも冤罪で四面楚歌状態の主人公マッツを見捨てなかった友人の1人を演じていました。

ヴィンダーベア監督作品は『ザ・コミューン』にも出演しており、彼の作品には欠かせない存在となっています。

本作では冴えない音楽教師の役をしており、独身なうえに生徒ともうまくコミュニケーションが取れていない悩みを抱えています。そんな彼がある生徒と心を通わせていくエピソードが笑えるし、泣けました。個人的にはお気に入りのキャラの1人です。というか4人全員が愛しいぐらい好きです

③ノルウェー人哲学者フィン・スコルドゥールが提唱する”血中アルコール濃度0.05%理論”とデンマークのアルコール事情(※以下、ネタバレあり)

本作を奇妙たらしめているあらすじ・設定の「血中アルコール濃度を0.05%に保つ」という理論。常にこの濃度を保ってさえいれば、仕事もプライベートもうまくいくというトンデモ理論です。

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最初に断っておきますが、本作はそんなお酒を飲みながら仕事するのが良い悪いと説教くさく語った映画ではないということです。

まずこのトンデモ理論を提唱したのが、実在のノルウェー人哲学者であり精神科医のフィン・スコルドゥール。個人差はあるでしょうけど、ワイン1〜2杯ぐらいのアルコールを常に摂取した状態を保つというものです。

20年ほど前にこの説を提唱したらしく、スコルドゥールは大きな批判を受けました。

作中にも語られていることの中で、アルコールを適量摂取すると自信や勇気が湧くということ。シラフでは直接言えないことでも、アルコールを摂取すれば言えたりします。それは事実として確かにあるなと思います。

ただ、本作はやはりその先までしっかりと描いています。アルコールを日常的に、しかも日中に摂取するようになると、その量がどんどん増えていくわけですね。歯止めが効かなくなれば、最悪アルコール依存症となり生活が破滅していくのです。

実はこの理論を掲げて本作が製作されたのにはデンマークのアルコール事情が絡んでいます。

作中でも未成年が当たり前のように飲酒をしているんですね。北欧という括りでいえば、アルコール中毒が社会問題になっているほどアル中が多いそうです。

北欧ジャーナリストの森百合子さんの記事から引用させていただくと、「ノルウェー人はスウェーデンへ酒を買いに行く。スウェーデン人はデンマークへ。そしてデンマーク人はドイツへ酒を買いに行く」というエピソードがあるあるだそうです。

それぐらいデンマークはお酒を購入する敷居が低いのですね。アルコール度数の低い製品はスーパーマーケットで購入することができるとのこと。

事情を紐解くと、ビールやワインなどのアルコール度数16.5%未満のお酒は16歳から店頭で購入可能。それ以上のお酒の購入とレストランやバーでの飲酒は18歳からというデンマークの未成年飲酒事情があるのです。自宅にあるお酒であれば、16歳未満が飲んでも法律違反にならないというから驚きです。

デンマークの15歳の飲酒量は他のヨーロッパ諸国と比べて2倍もの開きがあるという話もあり、日本人の私たちが本作の飲酒描写を見るとあっとさせられますが、あちらデンマークでは割と当たり前の光景なんですね。

ちなみに日本の道路交通法上では、”酒気帯び運転”の基準は血中アルコール濃度0.03%です。呼気で0.15mg/Lなので、本作で提唱される0.05%を真似した時点で免停になるので注意しましょう

海外映画ではお酒を飲みながら車を運転する描写がよく挟まれますが、これは法律上の制限される基準が国によって、アメリカの場合は州によって異なるのです。

④前半は余計なことを考えずアルコールで人生が上向いていく彼らを笑って堪能しよう

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まず、前半はとんでもなくどうしようもないです。マーティン、トミー、ニコライ、ピーター全員が全員、現状に満足しておらず、とにかくくたびれた中年にしか見えないんですね。

そこで心理学教師のニコライが突然狂ったことを言い始めます。フィン・スコルドゥールの提唱する理論に「血中アルコール濃度を0.05%に保てばパフォーマンスが上がる」と。お酒が”適量(ここはポイントですね)”入ると、体がリラックスし、やる気や自信がみなぎって人生が向上するという話ですね。

ニコライの誕生会でシャンパンなどで乾杯する中、車で来ているというマーティンは炭酸水を口にしています。だけど、ニコライはマーティンに言います。

「君に欠けているのは自信と楽しむ気持ちじゃないのか?」

直前に保護者が集まってまで、マーティンの歴史の授業は大学進学に役立たないと失敗の烙印を押されたばかり。実は家庭でも奥さんや2人の息子ともほとんど会話がないほど鬱屈とした日々を過ごしているマーティンは、ニコライのこの言葉に看過されワインをゴクゴクと飲み干してしまうんですね。

その翌日から彼らは授業を始める前に少量のアルコールを摂取し、気持ちいいぐらいのほろ酔い気分で授業を開始します。すると、なんだかこれまでとは違って言葉にも自信が満ちていて、ただ教科書を読むだけの傍から見てもつまらない授業風景が一気に活気を見せるのです。

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そこから彼らがお酒を飲むタイミングとか、お酒の隠し場所とか、こそこそと4人で会合を始めたりとか、それこそ一人ひとりのセリフとか、もう面白すぎて笑いが止まりません。

なんだか楽しそうな4人の教師を見て、こちらまで元気をもらえている気分になっていきます。ここまでは素直にバカバカしい彼らの姿に笑い転げていた方が勝ちな気がします。

⑤自信が湧くと次が欲しくなるー依存症の脅威

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このアルコール0.05%説が上手くいきだすと、欲が出るのが人間の性というもの。しかも、ここでみんなに濃度を上げようと提案したのは他でもないマーティンなんですよね。

毎日変わり映えのない生活が続き、夫婦仲も冷めきっていて、生徒からも慕われていない。それがアルコールを摂り出してから上手くいくようになったんです。

血中アルコール濃度はなんと0.12%まで上がりました。どう見てもただの酔っ払いです。生徒にはウケています。しかし、このあたりから暗雲が立ち込め始めるのですね。

だってここまできたらただのアルコール依存症です。人間4人も集まれば自制する人間が出てきます。マーティンはこの実験から外れるという判断をしたのも一度の大失敗が要因です。

逆に自制が効かない人間もいるんですね。この止まる人間と止まらない人間、同じコミュニティに存在する同僚同士という設定が活きてきます。

悔しくも悲しい現実に直面し、私たちは考えさせられるのです。なぜ止めることができなかったのだろう。そうなってしまっては遅いのです。

⑥4者4様の秀逸な人間ドラマと生徒たちとの絆

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歴史教師のマーティンは授業で向き合うクラスの生徒たち。そして妻と2人の息子たち。

体育教師のトミーは自身が受け持つサッカークラブの少年たち。中でも目立たずチームメイトからもからかわれるメガネの少年。

ニコライは医学部受験を目指しながらも壮絶なプレッシャーで自信を失ってしまった男子生徒。

ピーターは音楽の授業で合唱を受け持つ生徒たち。

中でもトミーとニコライのエピソードが大好きなんですよね。

トミーはサッカークラブの中でも水筒を忘れてしまったメガネの少年を気にかけるようになります。先生の水筒をあげたらいいじゃんと言われるんだけど、そりゃあ中身が酒なんだからあげられるわけないという一連のやり取りは笑いました。

メガネの少年の視点で考えると、トミーって絶対に生涯忘れられない存在になると思うんですよね。仲間外れにされていたサッカーチームでなんとかチームのメンバーに馴染めるようにサポートしてくれた先生でもあるし、無理しなくてもいいと言ってくれる優しさも与えてくれました。クライマックスのあるシーンでは涙が我慢できませんでしたね。

ニコライはキャラとしてかなり立っていて、今回の実験企画の発起人でもあるんですけど、もともと生徒と上手くコミュニケーションが取れていない問題点もあり、1人の生徒と強く絆を深めていく過程がとても良かったんです。

卒業認定前の心理学のテストでは、緊張をほぐすためにその生徒に酒を勧めるニコライが最高に良かったですね。ここできちんと「あくまでリラックスするためだ。適量だぞ」的なことを注意していたのがポイントです。実験の成果はきちんと表れています。

⑦キルケゴールの言葉「自分の不完全さを認めること」

色々とこの映画の良かったポイントやアルコールの厳しさを語ってきましたが、本作で大事な提言としてはキルケゴールの言葉にあります。

セーレン・キルケゴールとは、デンマークの哲学者であり思想家です。コペンハーゲン出身ということもあり、本作の監督や出演者との関連性が密接にあるともいえます。

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失敗したときに大切なのは「自分の不完全さを認めること」と作中でも語られました。若ければハメを外すこともありますが、それは大人になっても同じこと。不安に駆られると何かに頼りたくなるし、すがりたくなるものです。

劇中でマーティンが奥さんのアニカとの会話で、「俺は昔と違うか?」と問う場面があります。そこで彼女は「若い頃とは違うわ」というような言葉で返すのです。

血中アルコール濃度を高め、自信をつけることはある意味、若さへの回帰。そして、年を重ねても失敗はあるということ。それを認めることも強さの一つだと。

失敗を認め、自分が不完全なものだと認めることができれば、自ずと「他者と人生を愛することができる」ということです。それが本作で一番重要なポイントだと解釈しました。

終盤、マーティンは奥さんと破局寸前までいってしまいます。その後の展開はあまりに上手くいき過ぎているとも取れますが、個人的にはたとえ失敗したとしても、諦めず勇気を出して”愛している”と声をかけたことで、それがきちんと伝わるんだという映画なりのメッセージだったのかなと。フィクションだからこそ、あえて都合よくハッピーエンドに仕向けていったとも言えるのです。

⑧圧巻のラストシーン! マッツ・ミケルセンのダンスに酔いしれろ!

本作を傑作たらしめる最大の要素がラストシーンです。同僚の教師たちで酒を飲み交わしながら、自分たちの生徒が卒業パレードでハメを外しています。

冒頭の生徒たちと上手くいっていなかった彼らであれば、このラストシーンは生まれるはずもありません。生徒から「先生も飲んで!」と酒を勧められ、昔マーティンがジャズダンスを習っていたという設定を活かして、爽快なダンスシーンを披露するのです。

もうここが最高!Scarlet Pleasureの”What A Life”の音楽に乗り、マッツが只者ではないダンスを披露します。人生には悲しいこと、辛いこと、嬉しいこと、美しいことが満載だという複雑な心境をダンスで表現したのです。

これはもともとマッツ・ミケルセンが俳優としてデビューする前は10年ほどデンマークの現代バレエグループに所属していた経歴が起因しています。プロのダンサーとして活躍していたマッツの踊りを、ヴィンダーベア監督が誰よりも熱望して実現したというエピソードが含まれています。

まとめ:アカデミー賞はダテじゃない! 全ての中年たちに観てほしい人生賛歌

人生というのは長いようで短いです。そして後悔の連続でしょう。

だけど、本作を観ると失敗があっても次があると勇気づけられている気がしました。マッツの悲哀に満ちた表情が感情を常に揺さぶってきますし、音楽も撮影もキャラクターも何もかもが感情移入に力添えしてきます。

一度でも人生の転機に差し掛かったことのある人やこれから転機に突入する人、覚えのある大失敗がある人、など、一定期間懸命に人生を生きてきた人には刺さる作品ではないかと思います。

是非とも彼らの珍道中に笑って、泣いて、感動して、そして酔いしれてください。

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