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2. リクルーティング - AppExchange体験記

初回は「AppExchangeとは」ということでビジネスの全体像と2つの契約についてまとめてみました。第2回の今回は「リクルーティング」についてお話しようと思います。これがエコシステムを成長させるのには一番大きなテーマであり、営業活動でいうところの「リード生成」に近いものです。リードがないと商談が成立しないのと同様、リクルーティングなしにアプリの増加もパートナーの数も増えません。実際Salesforce社内でのISV(Independent Software Vendor; ここではSaaSビジネスをしているパートナー様を指す)管理のための仕組みは、商談オブジェクトのタイプを追加してやっていて、パートナーとその配下に造られるアプリのフェーズを見ていました。

どんなパートナー様が対象になるのか?

リクルーティングするのですから、対象を明確にしないといけません。新卒を採用するなら大学生・大学院生、中途採用ではオンラインならLinkedInとかBizreachなど対象が集まっているところを狙うと思います。さて、どんなパートナー様だったらアプリを持っている、あるいは造っているのでしょうか?

2014年はまだ「クラウド」というと懐疑的な目で見ている人も多かったです。Salesforce自身も今ほど名前が通ってはいなかったので、勝手にアプリを造ってくれる会社が集まるということもなかったのです。

ある県の商工会議所にお電話差し上げて予約してある会議室に問い合わせしようと「Salesforceと申しますが、、、」というとここで遮られ、「セールスのお電話はお断りさせていただいております。ガチャン。」と2回ほどやられ、3回目で別の方がでて、話を聞いてもらえたという経験もあります。

まずはすべての既存のパートナー様のアプリと会社、成長度合いを学びましたが、そこには法則と呼ばれるようなものは見いだせませんでした。Salesforceに入る前にIBM DB2(IBMのデータベース製品)のパートナー営業をしていた私は、多くのISVのみなさまともお話させていただいていたので、ネットワークも多少はあったつもりです。そのため、そのネットワークと既存パートナー様での学びから協業の可能性を考え、アプローチしていくことになります。2015年のITRレポートでも一部のアプリはSaaS化していくと言われており、Salesforce基盤でもアプリ数を増やす必要がありました。

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パートナー様は大きく分けると以下の4つになりました。
・新規ベンチャー
これから起業するベンチャーにSalesforce基盤でのアプリ開発をしていただく。TeamSpirit様が代表例です。(「第2のTeamSpiritを造れ」とよく言われたものです。そのうち別途記事を書きます。)
・既存ベンチャー
現在SaaS提供しているベンチャーに基盤を提案して移行してもらう。現在でいえばsansanさんやfreeeさんにあたります。
・既存ISV
現在ソフトウェアを提供しているISVに基盤を提案して品揃えを増やしてもらう。こちらはPhoneAppliさんのケースが印象深いです。
・中堅/大手SIer
中堅や大手SIer (システムインテグレーター)やコンサル会社が開発した案件から、共通の機能を抜き出してコアサービスを造っていただく、あるいは、過去のコアパッケージをSalesforce基盤へ移行してもらうというものです。基盤の移行は実際にはできておらず、新規アプリをSalesforceで、というものがありました。横河電機さんのeServが好例です。
・Salesforceパートナー
Salesforceとの協業が進んでいるパートナー様からアプリを造っていただく。こちらはサンブリッジさんやテラスカイさんが代表例でしょうか。スマートビスカmitocoは企画段階から参加させていただき、大きく成長したアプリの1つです。

ここではそれぞれの対応とその結果を簡単に振り返ってみたいと思います。

新規ベンチャー

新規のベンチャーの一番苦労した点は、「どこで起業を相談しているか」ということでした。これにはSalesforce Ventures(CVC Corporate Venture Capital;企業内にあるベンチャー投資組織のこと。SalesforceではSalesforce Venturesと呼んでいる。)も大きく支援してくれました。ただ、多くの事案で「ベンチャーとしては面白いけど、Salesforceと協業できるシナリオが難しい。」ということが起きました。投資先ポートフォリオの中で、例えばAbejaさんとは協業できませんでした。AIサービスを流通業で手がけていた当時、流通業へのSFDCビジネスをどう持っていくのか、店舗システムを持っていないSFDCでは提携する手が思い浮かばなかったのです。

打ち合わせはできましたが、多くの場合は自身の勉強にはなっても、パートナーとなったケースはまれでした。起業間近のときはPMF (Product Market Fit; 市場性を確認するフェーズ)の証明に各社は懸命になっており、AWSなどで検討が始まっているとそこから基盤を変更するのはほぼ無理でした。

既存ベンチャー

新規とともにすでにSaaSとして起業していてある程度の規模になっている、ベンチャーの皆様へのアプローチを考えました。ビジネスモデルが共通なところが多く、協業できるという面が見つけやすいと思ったのです。ところが多くがAWSで始めたクラウドビジネスは、例えば値付け方法の違いがあっただけで協業が難しくなりました。「帳票アプリ、出力枚数で課金」というアプリがあったのですが、それをSalesforceの1ユーザー月額いくら、というのとは基本概念が合いません。

その後、この雰囲気を打ち破ってSalesforce Venture (SFV) を絡めて協業が進むケースが生まれ、多くのAppExchangeアプリが生まれました。既存+SFVの件はまた別の会でお話したいと思っています。

既存ISV

ソフトウェアとして成功しているパートナー様を勧誘していきました。特に「人事」「会計」「SFA」での「SaaSトライアングル」を描き、企業システムの基盤をクラウド化しようと構想を造り、「人事」「会計」の会社にコンタクトしていきます。こちらも100億円を超える売上げを持っている会社などにSFDC基盤を提案していくのですが、「これでどれくらい売上げ増える?」というプランを作成する際に、「3億の売上増」のシナリオを作ったとしても、元の「長年のアプリ」と同機能を実現するのに予想売上よりコストがかかったり、と計画が承認されることが残念ながらありませんでした。「イノベーションのジレンマ」ではないですが、「カニバリズム(新しいクラウドアプリが既存の売上を縮小させる)」の発生も嫌がられました。
特に2014年当時、会計アプリは消費増税が2回(8%、10%へ)身近に控えており、その対応に忙しかったことと、そんなことをしなくても勝手に成長していく状況にあったことは、僕らにとってはマイナス要因となりました。
人事の方は海外ではJobScienceという採用アプリがあったりしましたが、Talent Management (人材の適正配置のための仕組み)などでは営業情報だけでは十分ではなく、カスタマイズが必要で、アプリの開発が難しくなりました。また、ユーザー数で課金するSalesforceの仕組みは人数が比較的多くない人事部門に対してはビジネスとして企画したとき、魅力的には見えないことも多かったのです。

中堅/大手SIer

ここも金融業界が得意な会社や製造業の子会社など多くの有名な、有力パートナー様がいらっしゃいます。ここはまず会いにいくのが大変なのですが、幸いなことに毎月少しずつSalesforceの営業から問い合わせが入ってきました。

「私の担当しているパートナー様で、Salesforce上でのビジネスを検討しているので、一度プログラム説明会を実施してほしい。」
「うちのお客様がIT子会社を持っており、Salesforce導入時の経験を生かして、パートナーになりたいと言っているので、説明をしてほしい。」

素晴らしい提案です。紹介してくるアカウントエグゼクティブ(AE: Account Executive 担当営業のこと)から聞き取りをして、Google検索で業界情報、その会社のプロファイルを調べ、あるいは昔の知り合いにお話をちょっと聞いたり、なかなかの毎回の努力だったと思います。後述する「プログラム説明会」の資料をそのパートナー様向けに更新して、打ち合わせに臨みました。

でもこのケースで実際にアプリが生まれたのはほとんどありませんでした。まずは「パートナーになるならどれがいいかな。」という消去法で「アプリ造ろう」という方が多かったこと。親会社に開発したあるシステムをSalesforceで造ればいいんじゃないかな、ということも多かったです。それでは1社にしか販売しないからSaaS事業とするには「外部販売」が絶対に必要なのですが、その営業チームが存在していなかったこともありました。

結果として、多くのケースは「非常に面白い提案でした。内部で検討してご連絡差し上げます。」という反応。忙しかったこともあり、確率論でいけば低い、これらのパートナー様への定期的なチェックはあまりしていなかったです。もう少しやり方はあったかもしれませんが、他に時間をかけるべき、という判断しました。また、途中から個別の打ち合わせはできるだけ控えて、月1回の後述する「プログラム説明会」へと参加をしていただく形に変えました。

Salesforceパートナー

最もAppExchangeパートナーを輩出したのが、Salesforceパートナーのみなさまです。導入時にSalesforceは自社ではカスタマイズのSIを受注しないポリシーなので、多くのお客様導入ケースでパートナー様がいらっしゃることが多かったのです。そんな経験を積んだパートナー様との協業がうまくいった理由としては 
①Salesforceという会社、製品、販売方法を知っている 
②お客様への導入経験から、どのような相談(カスタマイズ)が多いか、を認識しはじめた 
③force.comのアーキテクチャーと癖を知っている(有名なガバナー制限などはよく議論になった)

ということかと思います。その中で私が最初に経験したケースはサンブリッジ様だったと思います。スマートビスカという名刺アプリで、sansan様が当時まだ参入してきていなかったので、AppExchangeでは最初の有償名刺アプリとなりました。こちらはサンブリッジ様の経験から取引先責任者(企業から名刺をもらったその本人はこのオブジェクトに収容される)への登録がSalesforce活用に重要で、それがユーザーの負担になり、有効活用するためにお客様へ開発してきたものをアプリにしたものでした。

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AppExchangeプログラム説明会

ここまでのパートナー様の分類やそれぞれの取り組みはアウトバウンド(こちらからお声がけ)のときに考えていた。実際には2016年くらいからインバウンドが増えてきた。それがこの毎月実施していた説明会になる。2019年からはオンライン化しました。

オンライン化する前後での相違点をまとめておくと以下のようになります。頻度を上げられるオンライン化はビジネスのスピードを上げるのには役立つことは間違いない。ただ双方でのメリットが異なるので、どちらのアプローチがいいのか、はまだ判断できていないのではないだろうか、と思っています。

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協業基準は2,000万円

協業を行うか、の判断基準はしばらくすると重要な指標となりました。当初はとにかくアプリを造らないといけないと必死でいろんなところにコンタクトしていきました。それができたとしても企画から開発、リリースまでおよそ3ヶ月かかることも経験上わかってきました。それに加えて、それが「売れる」と感じるものでも最初から大きな商談を受注できるケースはほとんどありません。それでも地道に製品を改良しつつ販売していくと売上が伸びていくものですが、それまで経営陣が我慢できるか、というのは重要な確認項目でした。そのため、基準値を決めて、企画段階でそこに届かないと思われるもの、双方で合意できないものは企画しないように舵を切りました。

2,000万円というのはパートナー様の売上ベースでの金額のことで、例えば企業で1名専任をつけていただいたとして、年間それくらいは売れるようにならないと事業としては立ちゆかないだろう、という数字でした。もともとは海外から来たアイデアで、数字ももうちょっと小さかったものを為替で計算し直して使っていたのですが、面倒なので、「日本では2,000万円で」で対応することにしました。

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この基準を決めて解説していくことで、「ちょっとやってみよう」という気軽なものは減ったかもしれませんが、「会社としての本気度」を確認できるようになったので、我々が注力するべき会社やアプリが明確になったのは、その後のビジネスの成長に役立ったと思います。

このように関わらせていただいたビジネスの多くはベンチャー企業の方々が多かったです。みなさん本気で来ますので、我々も期待に応えようと必死でアプリや業界を勉強していきました。でも大きな協業の基準はその「創業者の方の熱量」だったような気がします。「このアプリで世の中を変える」というシナリオは聞いていて楽しかったですし、こちらも手伝いたいと思わせる方々が多かったです。それらの真剣なやりとりのなかでもビジネスプランを立てるところが一番重要でした。
部門としては「アプリを造っておしまい」ではなく、その売上を伸ばす方まで責任があるので、そちらにも時間を多く使いました。今ならソーシャルやオウンドメディアを使ったり、ということもしたかもしれませんが、それも目を出すには時間がかかります。このあたりの各自の時間配分は何度やってもトライ&エラーになる項目ではないか、と思います。

次回はリクルーティングでのビジネスプランの元になるSalesforceの「レベニューシェア」についてお話したいと思います。こちらは非常に優れたプログラムで、私たちの部門が常に「パートナー様の売上増」に注力できていた源泉になっていました。これがエコシステムの成長に大きく寄与していることは間違いないでしょう。

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