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シン・野球型人材


1.はじめに

 夏の甲子園出場に向けた地方大会が真っ盛りです。元高校球児だった私にとっては、熱くなるシーズンです。

 今回は、高校野球を通して人材論について考えてみたいと思います。

2.「野球型人材」は必要とされていない?

 6月に日本経済新聞は夕刊で「高校野球の新たなカタチ」という特集を4週にわたって連載し、封建的な組織風土が残る高校野球が変わってきているということを紹介していました。

 従来型の指導スタイルから大きく変え、新たな選手育成法に取り組まれている4人の監督さんが採り上げられていました。

 その中で、ショックを受けたのは、弘前学院聖愛高校の原田一範監督が7-8年前に企業経営者から聞いたという話です。「これからの世の中は、(監督のサイン通りにしか動けない)野球型の人材は使えない」と。

 なんとなく感じてはいましたが、ここまではっきり言われると、やはり心穏やかではありません。

 慶應義塾高校の森林貴彦監督も、3月11日付の日本経済新聞の記事で同じようなご経験をおっしゃっていました。

 森林監督は、昨夏の甲子園優勝を機に講演会の講師を務めることが多くなり、企業関係者と交流の機会が増えたそうです。企業の方の話を聞くと、昔は上司の指示に忠実な人材が好まれたものの、今は自分でアイデアを生み出せない人はいらないのだと。

 森林監督は「自分で考えられない生徒を大量生産するのはマイナス面が大きい」と感じられたそうです。

 かつて人事部で採用に関わっていましたが、当時はいわゆる“体育会系”の学生はどの企業でも好まれており、優秀な学生は取り合いになっておりました。

 当時の“体育会系”の学生の主な特徴は、①従順である ②素直である ③努力ができる ④精神的にタフである(レジリエンスに優れている) ⑤礼儀正しい などでした。

 その頃の企業の置かれた環境では、こうした特徴のある人材はフィットしやすく、また従順であるがゆえに上司もマネジメントがしやすいなどということがあったのだと思います。

 しかし、VUCAと言われる時代になると、上司が常に最善の指示を出し続けるのは難しくなり、個々の社員が状況を的確に判断し、自らが考え、行動できる人材が求められるようになってきました。

 このようなことから、企業経営者の皆さんは原田監督や森林監督へお話しされたのだと思います。

3.「野球型人材」の定義が変わっている

 高校野球の指導者の意識も変わってきました。単に「勝つチームを作る」あるいは「野球の上手な選手を育てる」ということから、「社会に出てから活躍できる人材を育成する」という指導方針を持たれる監督さんが増えてきました。

 原田監督の弘前学院聖愛高校は、ノーサイン野球だそうです。チームメイトの思いをくみながら、自らの判断で正しく行動できる「自立した社会人」を育成したいとのお考えに基づくものです。

 昨年107年ぶりの夏の甲子園優勝で慶應義塾高校の「エンジョイ・ベースボール」が話題になりました。どのボールを打つのかを個々の選手が決めたり、状況に応じて選手からサインを出したり、普段から選手自らが考える習慣を身につけるようにご指導されているそうです。

 スポーツ本来の醍醐味である、選手自らが主体的に考えてプレーすることこそが「エンジョイ・ベースボール」なのだということです。

 そして、「目先の勝利よりも、教え子の人間としての成長に重きを置く」というのが、森林監督のぶれない指導哲学とのことです。

 「自分で考える習慣を身につけてほしい。そういう人材を世の中に出すことで、野球の価値を高め、選ばれるスポーツにしなければいけない」ともおっしゃられています。

 「一球入魂」の名言で知られる、「学生野球の父」である飛田穂洲さんの母校、水戸一高の木村優介監督も、「選手たちが自らやるという姿勢を伸ばしたい。目標に向かってどう努力するか、野球を通じて、先の人生に生かしてほしい」とおっしゃられています(4月24日付朝日新聞)。
 
 高校野球だけではありません。大学駅伝の強豪、青山学院大学では原晋監督は練習メニューを上から押し付けるのではなく、自分たちで考えることを徹底しているそうです。大学の強豪体育会も、組織風土が大きく変わってきています。

 「野球型人材」の定義が、「指導者からの指示に忠実な人材」から「自ら考えて行動する人材」へと、変わりつつあります。

 大学時代アメリカンフットボールの選手であって、「アンダーアーマー」ブランドの日本総代理店の社長を務められた安田秀一さんは「“体育会系”という言葉の意味が「時代を先取りしている状態」と説明される。数年後にはそんな新しい解釈、新しい社会になっていることを心から期待している」とおっしゃっています(2月17日付日本経済新聞夕刊)。

 元高校球児の1人として、「野球型人材」が企業から求められ、社会で活躍することを願ってやみません。

4.おわりに

 母校は、地方大会の3回戦で春の選抜大会にも出場したシード校と対戦し、延長タイブレークにもつれ込む大健闘でしたが、惜しくも敗れてしまいました。

 終盤、相手チームから追い上げられていた際、キャッチャーのキャプテンの選手がピッチャーの交代を監督に進言し、自らがマウンドに立ち、ピンチを切り抜けました。

 現在の部訓は「自律自立」だそうです。強豪校相手に、堂々と戦った後輩たちを頼もしく感じました。

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