【怖い話】ダウンジャケット

私、小説家目指してて、貧乏なんですよ。まぁ、夢追い人なんてみんなそんなもんだと思うんですけど、本当にお金がないんです。
幸い、周りには理解がある友人が多くて、お下がりの服とかデパコスとか貰ったりすることもあって、ありがたいな〜って思うんですけど、今回のプレゼントはいつもとは違いました。

1週間のバイトが入ったんです。
まああんまり言えないタイプのバイトなんですけど、1日目に意気投合した人がいて。その人はAさんとします。Aさんは物静かそうな40代の人で、京都から来たらしいんです。なんでわざわざ1週間のバイトのために遠方から……と思ったんですけど、人には事情が色々あるからなと詮索はしませんでした。
それがいけなかったんだと思います。

私は人当たりが良いほうですが、部門が違うこともあり、Aさんとは出勤退勤の挨拶と鉢合わせた時の世間話くらいしか話していません。ですから、連絡先も交換せず最終日である7日目を終えようとしたのですが……。

「ぱそさん、ちょっと良い?」
「はい?」

更衣室で着替えている時、ちょいちょいと手招きされ、私はAさんに呼ばれました。彼女は着ていたダウンジャケットを脱ぎ、私に差し出します。
私は最初分かりませんでした。

「そのジャケットがどうかしたんですか?」
「これあげる」
「え?」
「7日間仲良くしてくれたでしょう?そのお礼」

仲良くしてるつもりはありませんでした。表面上だけ波風立てない様にと。ですが彼女にはそう見えなかった様で。
ですが、脱ぎたてのダウンジャケットを他人に渡すというのはいくら仲が良い判定されてもどうなんでしょう。

だけどここで揉めたら、折角最終日だと言うのに嫌な思い出に染まってします。ですから、私はそのダウンジャケットを貰い受けることにしたのです。
彼女はダウンジャケットを貰い受けたのをたいそう喜んでいました。そして笑顔で言ったのです。

「初めて友達が出来たわ!」

40代になって初めて友達ができるってどんな生活してたんだろう。私は家に帰ってハンガーに件のダウンジャケットをかけてそんなことを考えていました。何度見ても趣味じゃないジャケット。弟にでもあげるか。そう考えて眺めていると、ジャケットの汚れが目につきました。
(泥…?)
どちらかと言えば鳥のフンに近いかもしれません。1センチ弱の小さな汚れが下の方に付着していました。私はクリーニングや洗濯すらしなかったのかと驚きましたが、貰えるだけありがたいものですから、ハンガーにかけて数日放置していました。
異変が起こったのはその時、そのジャケットを捨てるまでの間の事です。

遠方に住んでいる友達が情緒不安定になっており、電話をする事になりました。曰く、人生が辛いと。たまにこういうことがありますが、毎回適当に受け流していました。今日もそうしようとLINEを開くと、これが何回タップしても何故か真っ暗になって落ちてしまうのです。不具合かな?と思い、私はインスタで通話を提案しました。最近は色々便利になりましたね。

友人も馴れないインスタと格闘してくれた様で、無事に通話はできました。まあ、たわいのない話をして、愚痴を聞いて、通話も終わりそうだったから最後に聞いてくれとあのジャケットの話をしたのです。

画像を送信して一言。
「聞いてほしいんだけど、この前ヤバイ同僚の人からジャケットを」

プツン

いきなりインスタの通話が切れ、折り返しも出来なくなりました。
LINEが落ちたのはわかります。その時丁度、アプデがどうのこうので色んな人が「繋がらない」と言ってましたから。でも同時にインスタも、なんてことあるでしょうか?実際ジャケットの話をするまでの1時間はなんともなかったのに!

ぽこん

吹き出しがトーク画面に現れます。友人からです。

「なんか繋がらないし繋がっても無言なんだけど何コレ」

そんなのこっちが聞きたいわ。ですが何度掛け直しても結果は同じ。もう履歴すら残りません。どうなってるんだ。

そして丁度5度目の折り返しでした。
友人のアイコンと私のアイコンがやっと画面に現れたのです。

「あ、もしもし?やっと繋がった!」

私はそう言いました。ですが反応はありません。おかしい。友人はかなりのおしゃべりで無言になることなんて絶対ないのに。

「え、もしもーし。繋がってる?」

私はそう言いましたが返答はなし。
もしかして繋がってなかったり?そうスマホを耳から離そうとした時でした。

「友達だって言ったじゃない」

それは明らかに友人の声ではありませんでした。私はスマホをベッドに思わず投げてしまい、動揺以外の感情を無くしてしまいました。だって、あの声はどう考えてもAさんの声だったのですから!

それからまた友人から着信があり、私は恐る恐る通話ボタンを押します。スピーカーから聞こえてきたのは、当たり前ですが友人の声でした。

「あっもしもし?やっと繋がったよー!なんかインスタ変なんだけどこんなもんなの?」
「友ちゃーん!怖かったよー!!」

困惑する友人に私は先ほどまでの出来事を話しました。オカルトにハマっていた友人はそれを聞いてある仮説を立ててくれました。

「これは京都人全員を敵に回すんだけどさ、死ねどすみたいな文化あるじゃん。その泥ってどっかヤバイところのヤツなんじゃない?」

まさか。彼女は確かに京都出身ですが仲良くなったのは京都を「出た後」です。どこかヤバイところの泥を用意できるはずがない。

「じゃあどっかに変なもの縫い込まれてたりして」

それだって、と思いましたが反論しようとしたら途中で、ふと気になったことがあったのを思い出しました。
泥の方に目がいっていてあまり気にしていませんでしたが、ジャケットの首元。あそこが妙に硬かった。
いや「まるで厚紙が入ってるみたいに、一部分だけ硬かった」のでした。

友人は彼氏からのぬいぐるみのプレゼントに盗聴器をつけられた事があると言います。もし、それと同じならば。
「分解してみなよ」と茶化す友人の言葉を受け止め私は生地に鋏を入れました。

そこには小さな意味不明な文字が書かれた紙が1つ。
ゾッとしました。だってその紙には擦り切れた、血の乾いたような茶色で文字が書かれていたんですから。

私はそれを急いでゴミ袋の中に入れると、調味料を入れている入れ物を逆さにする勢いで中に塩を入れました。それとファブリーズが効くと友人が言うので部屋中にファブリーズをまきました。朝が来る前に、本当はいけないんですけど、ごみ収集場に置いて行って布団を被りました。友人は薄情なのでひとしきり笑った後に電話を切りました。縁を切ろうかと思いました。

その日の夜、夢を見ました。
家の前でAさんが突っ立っている夢です。Aさんはそこから動かず、じっと我が家のドアを見ていました。何かをずっと呟いていて、それが酷く不気味に思えたのを覚えています。

それから特に何かあったわけではないですが(バイトも終わり普段通り執筆する生活に変わったので)ひとつ、不気味な話で締めくくりましょう。

私はこうして結構個人情報をあっぴろけにしてるタイプなんですが、先日、リア友用のインスタ垢(鍵)に謎のアカウントからフォロー申請がありました。アカウント名はAさんと同じ名前を少しもじったもの。これがAさんかは分かりませんが、もしAさんなら、まだ彼女の中では終わっていない話なのかもしれません。

だって私は、彼女のたったひとりの「お友達」なのですから。

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