幼馴染だから安心しすぎてたね。 黙っててもぼくの気持ちは伝わっていて、君の気持ちも不変で、じらしても平気でぼくから離れることはない、なんてね。 今は誰かの隣にいる君に、あの日渡しそびれた指輪が、いつまでもぼくの手の中で孤独に光るよ。
結婚半年で事故死した夫の葬儀を終え、折り合いが悪い義父母は墓への納骨を進めている。 若い妻は骨箱の布を解いた。 あたしたちずっと一緒よね 妻の口に最愛の夫の白い遺骨が次々と運ばれ飲み込まれていった。
「可愛い息子さんですね、おいくつですか」 お子様ランチを前の席に置いた女性店員が笑顔で訊く。 「今日5歳の誕生日で」 「わあ、おめでとう、ぼく」 わたしには見えない永遠に5歳の息子の誕生日と7回忌の今日。
大きくなったらお嫁さんになってよ 約束を破り来月の結婚を塀越しに詫びる 幸せにね 塀の穴から声がして一輪の花を差し出す子どもの手 廃屋の中あなたはずっと子どものまま一人 仲良しだった昔 ごめんね
女の霊が出るという部屋を借りて二日目に、誰かの手がシャンプーを手伝っていた。 「ありがと、背中もね」 と言うと出てこなくなった。 幽霊でも本当に嬉しかったのよ。 結婚するはずの彼を亡くして寂しかったから。
俺受験終わったよ 時間できるよ 散歩時間も元通りだよ だから帰ってこいよ 使わない首輪もリードも寂しいよ 保健所から迎えて4年しかいないなんて 犬を散歩させる人を見たくない 虹の橋も信じない 会いたいのは今だから
18歳の雌猫が家族を相手にしなくなった 触ると唸り引っかき餌だけを食べる 誰もが腹を立てて見向きもしなくなった 猫はやがて静かに永眠した 家族に悲しみを残さない死を選んだ優しさへの悔恨の涙など遅すぎた
幽霊女を客として男のマンションまでビクビク送るとマンションは取り壊されていた 「タクシー代の代わりに」 と差し出された婚約指輪は偽物だった 去っていく幽霊が哀れだった きっと来世ではいいことがあるよ 君は素直ないい子だ
俺にぶつかる勢いで走ってきた男は蒼白な顔で背後を振り返りつつ怯えて駆け抜けていった数秒後に俺の脇を視えない何かが通り過ぎてミュールが駆ける音が遠ざかる半年前の通り魔殺人の看板なるほどね 逃がすなよ苦笑で呟いた
桜の季節に母が逝った 桜なんか永遠に見たくなかった けれど桜が満開の日に娘が生まれて 桜は娘の成長を祝う証となり いつしか悲しみは癒されていく 「ママお花きれーい」 「たぶんおばあちゃんがお花のどこかにいるからよね」
ブラック企業勤務半年で連日午前0時帰宅は22歳の女にはきつい。 昨日届いた祖母からの手紙は一筆箋だ。 頑張ったね それだけの文面に泣いて退職届をバッグに入れた。 感謝の想いよ届け、十年前に逝った天の祖母に。
赤い首輪の君は青い草原の中わたしと一緒に嬉しそうに走る そこで目が覚めた 定位置だったクッションに君はいない 老い衰えた体を空にしてあの草原にいるの? 涙と嗚咽と共に祈る 誰か今の夢を現実にしてわたしに返して
二歳の子を抱いて乗った電車は満席で、誰もがわたしからさっと目を背けた。 強面の男性と目が合って少し身が竦む。 彼が立ち上がり、 「優しくない社会やなあ」 と大声を上げ 「どうぞ」 とドア脇に寄った。 鼻の奥がつんとした。
妻が 「共稼ぎだから合理的に生活費を折半したいの」 と言い出した。 「うん、いいんじゃない」 「じゃ昨日の分請求するわね。あなたが食べたご飯の粒と使ったトイレットペーパーの長さと水の」 「別れようか」 どうやって計算したんだよ。
インコを亡くしてから一ヶ月経っても鳥かごが処分できない。 主のいない鳥かごにフードも水も入れたままで 「大好きよ」 と声をかけて涙が溢れた。 背を向けた時、背後から小さな声がした。 「ダイスキヨ」
歯が欠けた夢を見た。 朝食で箸が折れた。 化粧中に鏡が割れた。 靴の踵が折れた。 黒猫が横切った。 嫌な気分で会社に着くと解雇された。 帰って泣いていると 「俺がいるから大丈夫だよ」 と絶賛失業中ヒモ男が抱きしめてきた。