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熱中症はもう日本の「風土病」か⁉~WBGTの取り扱いから日本のスポーツ事情、特に「部活動」について考える~

この夏も、連日スポーツの話題で盛り上がっていますね。

そんな中で気になるのが、日本の夏の暑さです。

とにかく暑い。

日本の夏は高温多湿なことで有名ですが、それにしてもここ何年かの暑さはちょっと異常です。

東京(都心部)の気温も、いわゆる「猛暑日」と言われる最高気温が35℃を超えた日は、2024年の7月12日間8月(8/30時点)で7日間です(気象庁HPより)。

少し意外ですが、7月の方が暑いんですね。

都心でさえこれですから、同じ東京都内でも、たとえば練馬八王子はもっと暑いです。
たとえば八王子ですと猛暑日は7月で15日間、8月で12日間となっています。

連日猛暑で取り沙汰される北関東に行けばもっと暑いしょうし、関西や九州地方も同様でしょう。

もうとにかく、日本は暑すぎる。

しかし、そんな暑すぎる日本の夏でも、スポーツは全国各地で行われています。

とりわけ盛んなのは中学や高校における部活動、クラブ活動でしょうか。

最近でこそ、暑さに配慮して、水分補給をまめに行うとか、活動の時間を涼しい朝と夕方にずらすとか、色々工夫しているようです。

しかし、

「日本の夏に屋外でスポーツをする」という大前提そのものは動いていない

ように思います。

そんな中、目についたのは全国高校野球、夏の甲子園に関するこんな記事でした。

今回の甲子園、熱中症対策としてはじめて二部制が導入された大会でもあります。

開幕から3日間限定ですが、気温の上昇する時間帯を避け、朝の8:00~夕方の17:00~に分けて、試合を開始しました。

なお、初日は開会式があるので、第1試合の開始は10:00~となったようです。

各試合とも、5回の終了時には最大10分間のクーリングタイムをもうけ、観客も午前と午後で入れ替え制としたようです。

まあ、考えられる手段はけっこう採ったな、という印象もあります。

しかし、上記の記事のような状況。

「脚がつる」など、

熱中症の疑いが認められる事案が、計58件発生したとのこと。

2度のトラブルに見舞われた選手が2名いるそうなので、合計で56人の選手に、熱中症と思われる症状が出たということです。

この数字を少ないと捉えるか、多いととるか。

おそらく、「高校球児」というのは日本の、いや世界のあらゆる集団の中で、最も熱中症に強い存在だと思われます。

まだ年齢も若く、体力もあって、毎日の厳しい練習にも耐えている人たちです。

加えて、彼らは各都道府県を代表する野球の実力の持ち主です。

その彼らが、これだけの数、身体の不調をきたした。

これは、あくまでも「他人から見て、熱中症だろうと疑われる」という事案の数です。

多少の自覚症状があっても(我慢するなどして)申告しなかった選手や、自覚症状がなかった選手などを合わせると、もっと潜在的な数は多くなるでしょう。

そもそも、夏にスポーツして大丈夫?


そろそろ、根本的に問い直す必要があると思っています。

本当に、日本の夏はスポーツなんかして大丈夫なのか?

と。

これだけの暑さの中で、それでもスポーツを行う慣習のある国は、日本ぐらいなのではないでしょうか。

欧米圏であれば暑いシーズンは避けて活動しているでしょうし、中東東南アジアなど高温な地域では、そもそも暑い中でスポーツを行うという文化や習慣そのものが存在しないように思います。

ところが日本では、プロスポーツ選手ならまだしも、アマチュアで、なおかつ10代の人間が、夏の炎天下でスポーツを強行している状況がある。

仮にも、部活動というのは学校教育の一環です。

一体、

夏の酷暑でスポーツをすること、させることの教育的な意義は何なのでしょうか。


最高気温が30℃かそこらだった昭和や平成であればいざ知らず、この令和では夏の気温が35℃を超えることも珍しくなく、時には40℃に迫るような酷暑の環境です。

下のグラフを見てください。

気象庁HPのデータより作成

ためしに東京の7、8月の最高気温の平均値を、50年分ほどざっと並べてみました。
縦軸が温度で、横軸の0が1975年、50が2024年です。

一本の直線で近似させると、明らかに上昇傾向だと分かりますね。

29→32℃で、だいたい50年で3℃ほど上がっているといえそうです。

かつて大丈夫だったものが、今も大丈夫、とは限りません。

われわれをとりまく環境が変わっているのですから。

「熱中症特別警戒アラート」という、「アラート」であっても「警報」ではないなにか


最近のこの異常な暑さに対応してか、「熱中症特別警戒アラート」なるものが発表されるようになりました。

別名を、熱中症特別警戒情報ともいうそうです。

「特別」の付かない、熱中症警戒アラートというのもあります。

国の機関である、環境省が出す情報です。

2020年から関東で運用が開始され、その後2021年から全国でも運用されました。

前日もしくは当日の予報で

WGBTが33以上で熱中症警戒アラート
    35以上で熱中症特別警戒アラート

を発表するそうです。
WGBTについては、後ほど説明します。

ひとことでいえば、「暑いから気をつけようね」というものです。
何か法的な拘束力があるとか、そういう類のものではありません。

ひどく穿ったというか、とても悪い言い方をすると、これはまあアリバイ作りのための仕事でしょうね。

一応、注意は喚起しましたよ、事故を未然に防ぐ努力を(国としては)しましたよ、という。

どうしてもやりたいなら、対策を十分にした上で、そちらの責任でやってくださいね、という「言外の意図」が込められた、アラートだと思います。

なぜそう言い切ってしまえるかというと、残念ながらこのアラートによって部活動を中止しました、中断しましたという事例を、ほとんど聞いたことがないからです。

もちろん、全国くまなく調査したわけではないですから、こちらが勉強不足で知らないだけかもしれません。

ごく少数であっても、そうした決断をした現場があるのかもしれません。

もしそうした事例を知っているという方がいたら、ぜひとも教えてください。

しかし、先ほどの甲子園に出場するような、あるいは出場を目指すような高校の野球部が、アラートによって練習を取りやめるということがあるでしょうか。

多分、というかまずないと思います。

そして、上位校がそうであるなら、それほどの実力ではない学校も、それに倣うのではないでしょうか。

ただでさえ勝ち目が薄いのに、暑いからといって練習を中止すればもっと勝てなくなりますから。

「アラート」というのは、ほんらいは警報、警告という意味です。

かりに、もし気象庁から大雨警報などが出たら、学校機関はその日は休校にするのが普通でしょう。

でも、熱中症特別警戒アラートではそうならない。
「特別警戒」という、厳めしい言葉までくっついているのに。

「アラート」とカタカナで呼ぶことで、同じ意味のはずなのに「警報」とは別の扱いになっている。

いちおう、気候変動適応法に基づいて発表される情報のようですが。

なので、熱中症特別警戒情報という別名の方が、実態をよく反映しているのかもしれません。
(でも、アラートを情報と訳したら普通は誤訳でしょうね)

それにしても、この熱中症特別警戒アラートというのはいったい何を基準に発表されているのでしょうか。

それが、先ほど登場した

WBGT

です。

WBGTって何?


たぶん、あなたも聞いたことはあるでしょう。

あるいは、ちょっと前の世代の人なら、「IWGP」と勘違いしてしまったかも知れません。

池袋・ウエスト・ゲート・パーク。

ではなくて、

「Wet-Bulb Globe Temperature」
の略です。

日本語に訳すと「湿球黒球温度」で、日本では「暑さ指数」とも呼ばれます。

熱中症特別警戒アラートというのは、このWBGTに基づいて発表されています。

基本的には外気温のことなのですが、温度計の数値そのものというわけではありません。

湿球温度、黒球温度、乾球温度の3つを計測して、その平均値をとったものです。

ただし、

0.7 × 湿球温度 + 0.2 × 黒球温度 + 0.1 × 乾球温度 (屋外・日射ありの場合)

という、重みづけがされています。

湿球の数値が最も重視されるんですね。

どういうことか説明しましょう。
まずは下図をごらん下さい。

環境省のホームページより引用

まず乾球から。
これは、基本的に温度計で計測した数値そのものだと思ってください。
これで気温が分かります。

それに対し湿球というのは、温度計を湿ったガーゼでくるんだものです。
これで湿度の影響を見ます。

基本的に、水分は蒸発するので、気化熱が生じます
奪われた熱の分だけ、湿球温度は乾球温度よりも低い数値になります。

(汗をかくと涼しいのはそのためですね)

しかし湿度が高くて、仮に湿度100%の飽和状態だと、乾球温度と同じ数値になってしまいます。

いわゆる「とても蒸し暑い」状態ですね。

汗をかく人間にとっては、この湿球温度が体感に近いとされています。
なので、0.7をかけるのです。

最後に、黒球
これは、温度計を黒く塗った銅板で覆ったものです。

これで何が分かるかというと、輻射熱の影響です。

温度が高いと、建物自体も熱を帯びますよね。
その影響を、考慮したものです。

これらの3つの数字を利用することで、人間が感じる「暑さ」を数値化したのが「暑さ指数」です。

なので、基本的には(もしくは)で表記されるのですが、日本では数字だけを表記するようです。

このWBGTに基づいて、環境省では「運動に関する指針」というものも発表しています。

環境省HPより引用

見たことのある方もいるでしょう。

WBGTで31℃、つまり「暑さ指数31以上」で、

特別の場合以外は運動を中止する

とあります。

で、これに加えて先ほどの

33℃以上で熱中症警戒アラート
35℃以上で熱中症特別警戒アラート

が発表されます。
もちろん、法的な強制力などはありません。

31℃を超えても「特別な場合以外は」とあるので、解釈の仕方でどうとでもなってしまいます。

「試合が近いから」
「大事な練習だから」

と、いくらでも抜け道を作ることができます

最近、多いですね。
「原則」とか、「特別な場合を除いては」という留保の表現。

ほんらい「ルール」というものには「例外」がつきものですが、あらかじめ例外の含みが、ルール自体に書き込まれている。

こういうものは、じっさい運用するとほとんど機能しません

他人の自由や権利をおびやかさないように、という民主的な配慮なのかも知れませんが、制度や枠組みを作るという観点からすると完全な悪手です。

でも、これがあることで当局として「やるべきことはやった」と後で言えるので、ある意味では「うまい方法」でもある。

世の中にあまり影響は与えないけど(与えてしまうと失敗したとき責任を取らされるから)、はたらきかけたという事実だけは目に見える形で示しておく。

いわゆる「大人」の世界の「仕事」ですね。
最近の言葉だと、ブルシット・ジョブともいう。

さて、世間への愚痴はこれぐらいにして、もう少し話を続けましょう。

そもそもこのWBGTという指標。
これは、環境省が考案したものではありません。

というか、日本で生まれたものですらない。

では、一体いつどこで生まれたのか?

生みの親は米国海兵隊(の新兵訓練所)


なんと、米国の海兵隊でした。
軍隊が由来なんですね。

まあ、軍隊と公教育は兄弟みたいなところがありますから、それが日本の学校現場で利用されるのも、ある意味納得ではあります。

WBGTは、1954年にサウスカロライナ州にあるパリス・アイランド新兵訓練所で誕生しました。

サウスカロライナは、アメリカの中では夏が高温多湿なことで知られるようです。
ハリケーンもよく来るようで、少しだけ日本の気候と共通点がありそう。

そんな土地柄なので、新兵(訓練兵)が熱中症にならないように、考案されたんですね。

ということで、本家の海兵隊ではWBGTをどう運用しているのか、見てみました。

海兵隊の公式サイトも貼っておきましょう。

すると、ちょっと面白い発見がありました。
下の図をみてください。

米国海兵隊公式HPより引用

「Flag Conditions」といって、日本の運動指針と同じように色分けされています。
ただ、色分けや、条件が少し違うのです。

アメリカでは基本的に摂氏(℃)ではなく華氏(℉)を用いるので、数値がやたら高いですがそこは驚かないでください。

5ではなく4段階だったり、区分けされる温度帯が違ったりと色々あるのですが、中でも最も大きな違いが、日本のに相当する、ブラックコンディションの存在です。

緑、黄、赤ときて黒というのは、ちょっと威圧感がありますね。

華氏で90℉以上というのは、摂氏だと32.2℃以上に相当します。

ということで、海兵隊ではWBGTが32.2℃を超えると、

excludes operational commitment not for training purpose
訓練目的でない作戦従事を除いて
 
Physical training and strenuous exercise suspended for all personnel

すべての人員に対し、フィジカルトレーニングや激しい運動を中止する

としています。

どうやら、米国海兵隊のルールにも「留保」の条件はあるようですね。

ただし「訓練目的でない作戦従事」というのは、要は軍事作戦のことでしょう。

海兵隊は軍隊です。

他国と戦争しているときに、まさか「今日は暑いから活動は中止しよう」というわけにはいかないでしょう。

しかし訓練目的でのトレーニングや運動については、はっきり中止するといっています。

いっぽう日本の環境省の運動指針は、31℃以上で「赤」区分となり、「特別な場合を除いて運動中止」です。

ということは、32.2℃以上という海兵隊が訓練を中止する状況であっても、日本の部活動だと、「特別な場合」であれば運動をして良いことになります。

また、熱中症警戒アラートが33℃で、
   熱中症特別警戒アラートも35℃で発表されますが、

これなどはもう完全に32.2℃(90℉)を超えていますね。

海兵隊が訓練での運動を中止する温度のさらに上に、2つも段階がある。

ちなみに、熱中症警戒アラートが発表されると、

涼しい環境以外では、運動等を中止しましょう

とあります(環境省HPより)。

うーん。
ただの呼びかけのようですね。

そして熱中症特別警戒アラートが発表されると、

校長や経営者、イベント主催者等の管理者は、全ての人が熱中症対策を徹底できているか確認し、徹底できていない場合は、運動、外出、イベント等の中止、延期、変更(リモートワークへの変更を含む。)等を判断してください。

と呼びかけています(同HPより)。

さらに、各市区町村は「クーリングシェルター」の解放が義務付けられるようです。
「涼しい部屋を用意して、涼めるようにしときなさい」ということです。

熱中症の予防にどれぐらい効果があるのかは分かりませんが、めずらしく「義務」が生じるようですね。

それにしても、これは驚くべきことではないでしょうか。

米国の海兵隊というのは、米軍の中でもちょっと特別な位置づけの軍隊です。

彼らは、即応部隊です。

つまり、世界のどこかで紛争や戦争が起こって、それに米国が介入するとなったとき、真っ先に現地に派遣されるのが海兵隊です。

米軍の中で、最も戦争に近いところにいるのが彼らです。

なので、現状では実施されていないとはいえ、一応は徴兵制度のあるアメリカでも、海兵隊だけは志願制です。

兵士の士気が高くないと、即応部隊は務まらないからです。

そんな組織が訓練を中止するような状況でも、日本の中高生などは、教育の一環として部活動をしている。

正直、かなり違和感を覚えます。

ちなみに今年の7月では、東京では合計で17日間、WBGTが32.2を超えた日がありました(環境省HPのデータから)。

17/31 です。

もちろん、日中ずっと超えてるわけではありませんから、最も暑い時間帯を避ければ、基準を下回って活動できるでしょう。

しかし、たとえば7/8などは10:00~14:00の時間帯で32.2℃を超えていました

東京の都心部でこれですから、他の暑いエリアだと、もっと状況は厳しかったはずです。

それから、海兵隊のフラッグコンディションを見ていて、もう一つ気付いたことがあります。

注記の一番下に、

There is one flag condition that’s determined by commanders, rather than the WBGT— “admin black.”

という一文が存在します。

WBGTによってではなく、コマンダー(司令官)によって決定されるフラッグコンディションが存在する。
「(管理者による)黒」だ。

つまり、海兵隊の「黒」というフラッグコンディションは、単に温度計の値によって機械的に定まるのではなく、最終的にコマンダー、つまりその基地でもっとも責任のある地位の人間が決断するということです。

裏を返せば、フラッグコンディションのことで何か問題(熱中症で倒れるなど)が起きた場合、それはトップの責任であるということでしょう。

軍隊というのは階級のある世界ですから、基本的には上意下達の組織です。
それはある意味、権限と責任がはっきりしているということでもあります。

実際の海兵隊における運用がどれほど厳密かは分かりませんが。
そもそも、アメリカ国内でWBGTが32.2℃を超えるような状況がほとんどない可能性もあります。

校長や経営者、イベント主催者等の管理者は……(中略)……判断してください

という特別警戒アラートの文言と、表現自体はよく似ています。
が、その実態はかなり異なるようにも感じられます。

なぜなら、日本の学校や会社、イベント団体などは、明確な上意下達の組織ではないからです。

そして残念な事にこの国は、何かというと「現場が勝手な判断で動いた」と、無理やり現場の人間に責任を負わせるような社会ではないでしょうか。

まとめ

昔から、日本には「ジャパナイズ」という文化伝統のようなものがあると言われます。

海外から入ってきたものを、良くも悪くも日本流に「アレンジ」してしまうことです。

たとえば、本来は「死霊がこの世に迷い込む日」とされたハロウィンが、日本ではいつの間にか「コスプレして繁華街を練り歩く日」になってしまうみたいな。

このWBGTについても、(あまり良くない)ジャパナイズの一例、ということになるのでしょうか。

一応、ISO7243として国際規格化されているようなのですが。

しかし、日本の環境省と米国の海兵隊で運用の基準が異なるところを見ると、おそらく規格化されているのはWBGTの測定方法など、基礎的な部分だけなのではないでしょうか。

そして、せっかくの国際規格があっても、肝腎の運用しだいでは、望んだような結果は得られないのではないでしょうか。

ということで、この国でも夏のスポーツ活動をめぐって、抜本的な議論が起こることを期待せずにはいられません。

この文章が、そのささやかな一助になれば、それにまさる喜びはありません。

今回もありがとうございました。

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