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33文字のどんでん返し

「意外といるもんだな。気がつかなかった」
イヤフォンをBluetoothタイプに変えた翌日。周りの人のイヤフォンが、自然と『目』に飛び込むようになった。

「良い文章を書きたい」と思って世の中を見ると、電車の中吊り広告、雑誌の特集、ドラマのセリフ、あらゆる言葉が気になるのも、同じ現象だろう。

今回はある歌を取り上げたい。
歌は、文章術のお手本だと気づいたからだ。

斉藤和義さんの『やさしくなりたい』2番Aメロ。
歌を聞くように、1文字ずつ追って読んでほしい。

サイコロ転がして  1の目が出たけれど
双六(すごろく)の文字には  「ふりだしに戻る」

1行目は不安だ。何のことやらわからない。
2行目で安心する。「なるほど、双六をやっているのね」と。
しかし直後、双六における最悪のイベントが起こる。

もやがかる山道で現在地を認識した瞬間、ガケから落ちたような急転直下。時間にして15秒、33文字のどんでん返しである。

橋口幸生さん著『言葉のダイエット』では、「わかりやすい文章」の条件に以下を挙げている。

・ 修飾語禁止
・ 具体的なことだけ書こう
・ 「前提の共有」は最小限度に

もう一度、歌詞を見る。

サイコロ転がして  1の目が出たけれど
双六の文字には  「ふりだしに戻る」

いずれも当てはまる。
特に「前提の共有」に関してはゼロ。1行目の前に「サイコロを使う遊び・双六をやっていたら~」なんて不要なのだ。むしろ共有していなかったからこそ、不安⇒安心⇒急転直下のどんでん返しを生む。

憎い点がもう一つ。

「1の目が出たけれど」
わたしにとって、1は悪い出目のイメージがある。「けれど」で接続されるのだから、あとに続くのは前向きな話。この先入観が罠。

普通なら「6の目が出たけれど」。もしくは「1の目が出たうえに」ではないか。

歌詞はこう続く。

サイコロ転がして  1の目が出たけれど
双六の文字には  「ふりだしに戻る」
キミはきっと言うだろう
「あなたらしいわね」と
「1つ進めたのなら よかったじゃないの」

100人が100人「悪い」と思うできごとも、視点を変えればプラスに考えられる。落ちた崖の下に、柔らかなクッション。
2重でどんでん返しされた気分である。

ここで、「1の目が出たけれど」の謎も解明される。

「ふりだしに戻る」のが「あなたらしい」主人公であることから、何事も器用にこなす人ではないことがうかがえる。だからこそ、「(自分らしい)1の目がでたけれど」だったのだろう。

文字数制限のないnote。何でも書きたくなる。
しかし歌には、無駄な文字は一つもない。
どんでん返しも33文字あれば十分だ。

これからお手本にさせてもらうことにしよう。



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