ブラック校則をなくす審査会制度の創設を!
1. 福岡市での画期的な取り組み
最近取り上げられる「ブラック校則」の問題。ツーブロックは禁止、色の付いた下着は禁止などなど、世の中には、挙げればきりのないほど、存在意義のよく分からない校則が存在します。
そのような中、福岡市の教育委員会が、すべての市立中学校の校則をインターネットで公開するという、画期的な取組みに着手しました。
このような取組みは、ぜひとも全国にも波及していけばと願います。
2. 公開だけではブラック校則はなくせない
ただ、たとえこのような取組みが進められたとしても、ブラック校則を完全になくすことは、難しいように思います。なぜなら、これまでブラック校則と呼ばれてきたものの多くは、その地域では広く知られてきたケースが珍しくなく、非公開がブラック校則を温存させてきた根本原因ではないからです。
根本的な解決のためには、単なる公開のみではなく、「校則」がホワイトかブラックかを公正にジャッジする存在が不可欠であると思います。
例えば、国会や地方議会が制定した法律や条例は、憲法の番人である司法機関が合憲性を最終ジャッジする仕組みが確立しています。最高裁判所の違憲判断が法律改正を導いたケースは、いくつもあります。
「校則」の当否をジャッジする仕組みがあれば、「ブラック校則」がより積極的に問題視されるようになり、学校側でも自主的に改善しようとするモチベーションが生まれるように思うのです。
3. そもそも校則の法的根拠は?
校則に基づく処分は、児童生徒が通常どおり学校教育を受けて卒業する機会を学校側が一方的に制約するものですので、法的根拠が必要です。その根拠は、学校教育法11条にあります。
学校教育法11条の反対解釈により、校則に基づく処分は、(a)教育上必要があると認められる場合に限り、(b)教育上必要な限度でのみ、行うことが許されると理解されます。
裁判例(東京高判昭和56年4月1日)によれば、懲戒が教育上必要かどうかは、基本的な教育原理と教育指針を念頭に置き、諸事情(本人の属性や対象行為の内容、懲戒の趣旨、教育的効果、不利益の程度など)を総合的に考慮して、社会通念に則って判断すべきものであるとされています。
このような判断基準にそぐわない校則を適用する行為は、学校教育法に違反するものといえます。
4. 裁判所による救済の限界
最近、ブラック校則の被害を受けた児童生徒が、その当否を訴訟によって争うケースが増えています。
ただ、残念ながら、裁判所に「ブラック校則」を認めさせるのは、かなりハードルが高い現実があります。それはなぜでしょうか。
高校での茶髪指導が問題になった最近の裁判例(大阪高判令和3年10月28日)では、「学校教育においては、・・・資質・能力や成熟度等において多様な生徒に対しいかなる理念や方針に従って教育指導を行っていくかについて、個別的、集団的な実情に応じて多様な教育指導が許容されるために広範な裁量が認められなければならず、この裁量を逸脱しない限り違法の問題は生じない」との判断基準が示されています。
このように、裁判所は、学校の教育指導に対する違法判断をすることに対し、かなり慎重な態度を示しています。裁判所は、教育指導を委縮させることを懸念して、その方針について教育の専門家である学校の判断を尊重しているものと理解されます。
その結果、「ブラック校則」の当否を訴訟によって争おうとしても、裁判所にその違法性を認めさせるハードルは、かなり高いものといわざるを得ません。
「ブラック校則」をなくしていくためには、司法の救済とは別の仕組みが不可欠なのです。
5. 「校則」の当否をジャッジする仕組みにおける課題
さて、ここからは、「校則」の当否をジャッジする新しい仕組みについて考えるうえで必要な論点について、検討しておきたいと思います。
(1) だれが「校則」の当否を判断するのか
裁判所が判断を回避しようとする「校則」の当否について、だれにジャッジを委ねるかは、なかなか難しい課題です。
前述した裁判例を踏まえると、懲戒が教育上必要かどうかは、(1)基本的な教育原理と教育指針や教育的効果も踏まえたうえで、(2)その他の諸事情も含めた総合的な考慮によって、(3)社会通念に則って判断すべきものです。
そうすると、「校則」の当否を的確に判断するためには、次の3つの知見が必要といえます。
教育についての知見
様々な事情を総合的に考慮して結論を導く知見
社会通念についての知見
第1に、「教育についての知見」という観点から、教育学の専門家や、教育現場に対して深い見識のある方の意見を採り入れることが必要です。
第2に、「様々な事情を総合的に考慮して結論を導く知見」という観点からは、日々様々な事件にかかわる中で多角的に事実を整理する経験を重ねている、ベテランの法律関係者を参加させることが適当ではないかと思います。
第3に、「社会通念についての知見」という観点からは、市民の一般的な感覚を採り入れることが適当であり、保護者など一般の方を参加させることが適当ではないかと思います。
以上を踏まえると、「校則」の当否は、(1)教育学の専門家あるいは教育現場で経験を培った方、(2)弁護士などの法律関係者、(3)保護者など一般から選ばれた方、それぞれを構成員とする合議によって判断することが適当であると思います。
(2) 私立学校を対象にするか
次に、「校則」の当否をジャッジする仕組みを設けるとして、その対象を公立学校に限定するか、あるいは、私立学校も含めるかという問題があります。
最高裁判例(最三判昭和49年7月19日・昭和女子大事件)は、私立学校について、「建学の精神に基づく独自の伝統ないし校風と教育方針とによつて社会的存在意義が認められ、・・・伝統ないし校風と教育方針を学則等において具体化し、これを実践することが当然認められるべき」と、市立学校よりも私立学校のほうが「校則」に対する学校の裁量が広く認められるような判断をしています。
ただ、これをもって、私立学校を対象から外す必然性まではないように思います。仮に、私立学校において伝統・校風などを「校則」で具体化する必要があるならば、単に、「校則」の当否を判断する際に、私立学校側が主張する「伝統・校風などと校則との関連性」を考慮すれば足りるからです。
また、私立学校の数の多さを考えれば、私立学校におけるブラック校則の問題は社会的に看過しうるものではありません。
なお、私立学校におけるブラック校則の当否が問題になった際、「私立学校は生徒が自分で選んだ以上、校則に服するのは仕方ない」という論調がしばしば見られます。
しかし、このロジックは、「条例が憲法や法律に違反していたとしても、その市町村を選んで引っ越してきた以上、文句を言うな」という主張(このような主張が法的に成り立ち得ないことは、言うまでもありません。)と大差ないように思えます。
また、労働契約法は、労働契約において、合理性を欠いた就業規則は労働者を拘束しない旨を定めています(同法7条)。労働者もその会社を自分の意思で選んでいますが、「そうである以上、すべての就業規則に従うべき」とのロジックは採られていません。
以上を踏まえると、私立学校を特に対象から除外すべき理由はないように思います。
(3) 何審制にするか
1つの考え方として、全国に1つの機関を置いて、1審制とする考え方があります。しかし、「ブラック校則」が問題視される昨今において、1つの機関ですべての案件を処理することには限界が生じそうです。
次の考え方として、地方ごとに1つの機関を置いて、1審制とする考え方があります。このような方向性は、地域の実情に応じた判断をしやすくなるメリットがある一方、学校教育法11条について解釈の統一化を図れないデメリットがあります。
以上を踏まえると、都道府県など地方単位に下級審の機関を置き、その上級審として全国統一の機関を1つ置くことが、バランスがとれる制度であるように思います。
なお、同様の2審制は、社会保険の審査請求など、様々な行政不服審査制度において採用されています。
(4) 判断にどこまで法的拘束力を生じさせるか
1つの考え方として、「校則」が不当と判断された場合に、法的にその「校則」の改正義務が生じることとする方向性があります。ただ、この方向性には問題点があります。
判断に法的拘束力を持たせることで、裁判所と同様、教育現場への影響を懸念して、積極的な判断を躊躇する傾向が生じるおそれがあるからです。
しかし一方で、判断に何の拘束力も持たせなければ、仕組み自体が形骸化する懸念もあります。
そこで、折衷案として、「校則」が不当と判断された場合には、学校において「校則」の改正の要否を検討し、その結果を公表させることを法的に義務づけることがよいのではないかと思います。
※なお、判断内容に法的拘束力を持たせない以上、裁判所でその判断内容の是非を争える仕組みは必要ないように思われます。
6. 私が構想する制度案
さて、前置きが長くなりましたが、ここからは、具体的にどのような制度を構想しているか、ご紹介します。
(1) 審査会の全体像
審査会は、2審制を採用し、第1審は都道府県単位の「地方審査会」、第2審は全国単位の「全国審査会」で構成されます。それぞれの審査会には、複数の部会が設置され、各部会は、(1)教育関係者、(2)弁護士など、(3)保護者代表の3委員で構成されます。
「地方審査会」の委員は、各市町村の教育委員会や市区町村の意見を踏まえて公募に基づいて都道府県知事が任命し、「全国審査会」の委員は、全国の都道府県知事の推薦に基づいて文部科学大臣が任命します。
各部会に所属する委員は任期制で、一定年数ごとに入れ替わるようにします。
(2) 地方審査会への申立て
申立て案件が増えすぎて地方審査会がパンクすることのないように、申立てができるケースを次の2つに限定します。
現に学校から校則に基づいて処分を受けた児童生徒又はその保護者が、その処分に関連する校則の当否について判断を求めるための申立て
学校の児童生徒又はその保護者から一定数以上の賛同を得たうえで行う申立て
申立ての対象は、公立又は私立の小中高校(中等教育学校など一貫校を含みます)の「校則」その他これに準ずるものとします。
(3) 地方審査会における審査の流れ
地方審査会に申立てがあった場合、その案件を特定の部会に配点します。
部会においては、申立ての内容について審議し、予備的な意見を学校長に通知します。学校長は、あらかじめ指定された期限までに、その意見に対する反論書を部会に提出します。
部会は、特に必要があるときは、申立てをした児童生徒又はその保護者、学校の教職員その他の関係者を召喚して、意見聴取を行います。
そのうえで、部会としての意見をとりまとめ、「校則」の当否について最終的な意見を学校長に通知します。
(4) 全国審査会に対する不服申立て
地方審査会に対する申立てをした児童生徒又はその保護者、あるいは、学校長は、地方審査会の意見に対して異議がある場合は、全国審査会に対して不服を申し立てることができます。
全国審査会は、地方審査会における審議の過程に関する資料を精査し、その判断が相当であるか、不当であるか、意見を示します。
(5) 「校則」が不当であるとの意見が出た場合における学校長の対応
(a) 地方審査会において「校則」が不当であるとの意見が出され、学校長が全国審査会に不服を申し立てなかった場合、あるいは、(b) 全国審査会において「校則」が不当であるとの意見が出された場合、学校長は、その意見を踏まえて「校則」を改正すべきかどうかを検討し、その結果を公表しなければなりません。
7. おわりに
この構想を実現するうえでは、(1)予算をどうするか、(2)公正な審査ができる委員をどうやって確保するか、(3)そもそも校則の当否をどのような基準で判断するかなど、様々な課題はあります。ただ、「ブラック校則」が大きな社会問題になっている事情に鑑みると、「課題があるから断念」ではなく、「課題をどのように乗り越えるか」を建設的に議論することが必要であると思います。
※ noteで執筆する内容は、私の個人的な見解に基づくもので、所属する事務所としての見解ではございません。
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