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キャンプしてたら人間辞めたくなった話

キャンプでぼーっと焚き火を見て、自然を感じながらご飯を食べて。軽くお酒もいただいて、お腹いっぱいになったらテントで眠る。

そんな時間を送っていると、「人間なんて辞めたい」と思わずにはいられません。

「人間を辞めたい」というのは、「常に向上心を持っていないと、取り残される社会から逃げ出したい」という気持ちからきているのでしょう。

常に人から連絡が来たり、SNSで自分とは違う世界戦を生きる人たちの発信が嫌でも目に入ったり。

それが当たり前の生活になっているから、何の疑問も抱かずに過ごすことができてしまう。

でも、本当の幸せって、そんなところにあるわけないよね。と教えてくれるのがキャンプなのです。

ありがちなホットサンド

そもそもキャンプってめっちゃ不便

よく考えてみると、キャンプするときはわざわざ自分で寝床を作って、自分で火起こしをして、食材も用意して。虫にもたくさん刺されて、通常の生活から考えると、むしろ「不便」なんですよね。

にもかかわらず、人はなぜ不便な生活にお金を払うのか?それは、「ただ生きることに集中できるから」なのではないかと思います。

電波の届かない山奥でしか感じられない“生きている”という実感。ゆれている火を見て感じる“自然の壮大さ”。

こうして「本当の自分」に戻れたとき、明日の大事な仕事のことも、お金のことも、役割も評価も地位も、すべてがぜーんぶどうでもよくなる。それがキャンプなのです。

雪の中でのキャンプ

“便利”が人間を追い詰めている?

すべてがとうでも良くなるのがキャンプだとしたら、私たちが日々過ごしている現実は「生き抜く術を考え抜く戦場」?

誰が毎日のように人と連絡が取れる機械を作ったんだろう。誰が遠く離れている人の意見を聞けるような媒体を作ったんだろう。

それが人間にとって心から必要だと思ったんだろうか

誰かが人間の発展のために作り出した便利さが、誰かにとっては苦しみになっているのではないか。効率化のために作り出されたモノによって、人間から考える力が消えていくのではないか。

最近は、人間が人間を衰退に向かわせているのではないかと思うことがあります。もちろん豊かさをもたらしてくれたことには変わりありませんが、本当にこれが幸せなのか、と疑問に感じます。

冬のおでん

なんとか人間を保つために、現実世界とのバランスを保つ

便利過ぎる社会と上手く付き合うためには、変えられないものを受け入れたうえで、「自分でコントロールできること」を考えることだと考えています。

増税もテクノロジーの発達も温暖化も何もかも私たちには止められません。そして、人間として生まれてしまったことも変えられません

だからこそ、便利か不便か分からない世の中で、豊かさを感じられる瞬間を一つずつ見つけていくしかないのです。

あらゆる情報に踊らされるのではなく、自分のだけの軸と向き合ったうえで人生を決めていくことが何よりも大切です。

生きていれば「人間なんて辞めちまいたい」。そう願うこともありますが、今感じている苦しみや辛さは、美しい感情だと私は思っています

また明日から迷う日が来るだろうけれど、せっかく人間として生きているのだから。醜い感情も、日々もがいていることも、ぜんぶ楽しめたら面白い。

人生は必ず終わりが来るから、ずっと苦しさは続かないし、どうせいつかは人間を辞められる。だから、ちょっとだけ我慢して人間を生きよう。

人間もいいかも、と思える朝

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