私の夢について
noteはじめました
現在、大学生をしています、ゆいです。
4月になり新年度となりました。
私は大学4回生ですが、就活はしておらず、大学院進学という道を進むため、勉強しています。
勉強する過程で、近頃考えることが増えたので、自分の手帳だけでなく、思考の整理もかねて、ランダムに考えていることをここに残せて行けたらなあ、と思い始めることにしました。
よろしくお願いします。
私の夢について
一番最初に書くnoteなので、私がどういう方向で人生を進んでいるか、という指針を綴りたいと思います。
私は、「その人がその人らしい人生を追求できる社会づくり」を人生を通じてしていきたいです。
「その人らしい」とはなんだろう、とか、いろいろぼやっとした夢ですが、とりあえずなぜこの夢に至ったかの経緯をご説明します。
なんでこの夢をもったのか
私は典型的な現代っ子で、テレビよりもネットフリックスやYoutubeをみて過ごすことが多いです。しかし、その中でもNHKで放送されている「ねほりんぱほりん」は大好きで毎週欠かさず見ています。そこに出てくる人たちは、人前じゃちょっと言えないことや、気になるけど実態がよくわからない職業のひととか、「えーっ、そんなこと現実にあるの??」みたいな人の話を人形を使い、ねほりはほり聞く番組です。
例えば、「戸籍がない人」「女子刑務所にいたひと」「売れないホスト」などなど、、、毎回みて、手帳に考えたことを書くくらい好きな番組です。
なんで私はこの番組がこんなに好きなのか考えると、この番組に出る人は「社会のグレーゾーン」にいる人が多くて、そのことを知れるから好きなのだとふと思いました。「社会のグレーゾーン」とは、フォーマルではないけど、確かな需要があってその存在を求められてるものです。例えば、夜の世界とか、闇の金貸しとか、いろいろあると思います。
『善意で貧困はなくせるのか?―― 貧乏人の行動経済学』(著:ディーン・カラーン)の中に「インフォーマルな解決策が生き延びているのはコストはかかるけど、誰も埋めようとしてくれない隙間を埋めるから」と示しているように、その社会のフォーマルな部分と需要が少し離れていて隙間が生まれて、そこを埋めてくれるのが「社会のグレーゾーン」なのかな、と思います。
社会のフォーマルな部分では対応してもらえず、インフォーマルなところへ移動する、そこで、フォーマルでないけどまあ羽を伸ばして生きている、もしくは、葛藤を抱えている、フォーマルに戻りたいと思う、いろいろあると思いますが、、、
でもそれって、フォーマル、インフォーマル、区別があるから抱える葛藤で、いいとか悪いとかもちろん道徳的観点から悪いとかはあると思いますが、何かを欲しいとか自分の欲求とか、そういう需要に対してフォーマル、インフォーマルあるのはなんか不思議だと思いました。
そもそも社会的に良い悪いって、人々が勝手に決めた基準で、年収、学歴、人脈、地位、名誉、そういうのを巡って、せかせか競争しますが、別にそれが本当にその人が望んでいるものなのか、なぜそのレースに乗るのが当然みたいな風潮に流されるのか、、、、
私は人には人それぞれの需要があると思います。人にはその人だけの人生を豊かにする価値観があると思います。私は本を読んでカフェでほっとする時間が好きです。人と話してて、その人がその人の深いところを見ていいよってのぞかせてくれる瞬間が好きです。こういうことが人生の中でできるなら、結構それで満足です。
私はなるべく多くの人が、自分の価値観をもって、それでいいんだなあと自己容認していける社会になってほしいです。
したがって私は、より多くの人に、「そういう人生もありかもね!」って社会からそれようかなあとか、寄り道しようかなあっていう人の背中を押していきたいです。そういうことをしていきたいです。
そしてたどり着いたのが現在の「その人がその人らしい人生を追求できる社会づくり」という夢です。
夢をかなえるために
こんなことをでかでかと言っていますが、実の私も具体的に何をすればいいのかはっきりわかっておりません。
とりあえず今は、大学院への勉強と、あと自分の足でいろいろな場所の色々な人と話したいです。
アプローチの仕方によっても変わっていくと思います。例えば大々的に社会構造から変革していきたいのなら、それができる地位に行く必要があるし、目の前の一人一人に「いいんじゃない!」とちょっとずつやっていくのなら、NGO,NPOとかなのかなあとぼんやりと思います。
その辺も、学生時代のうちに情報収集して、考えて、少しずつマイペースに決めていこうと思います。
その過程もここに残せたらいいですねえ。
それでは今回はこの辺で失礼します。
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