ウロボロスの端っこに愛を摘む

蛇を飼い始めて、2週間程が経った。
自分自身で責任を持ってお世話をする、という見方からは 生まれて初めてのペットを迎える経験であった。我が家にやってきたのはセイブシシバナヘビという種類のベビーで、女の子である。わたしと旦那は誕生日が同じなのだが、なんとこの小さな新しい家族まで生まれた日を同じくすることは、隣町の爬虫類専門ショップで店長のお兄さんと「お気に入りの子が見つかって良かったです」なんてダベりながら、彼女をレジに通していたその時に判明した。

ちょろ、と命名されたこの新しい家族には、なんとも愛らしい特徴をいくつも見つけてしまう。まず、顔が通常のシシバナヘビよりもコロコロ丸っこい。「シシバナ」とはまさしく「猪鼻」であり、ツンと尖った鼻先がこの蛇の人気のポイントなのだが、ちょろはお顔が丸っこいぶん鼻先の絞りが余計にキュッと引き立てられていて非常にキュートである。そしてまた、目がつぶらである。お店の他のベビーと比べても顔に占める目の比重がかなり大きく、見つめられたときといったら わたしは直ぐにヘナヘナになってしまう。

出先からリビングに戻ると、わたしは一番に ちょろへ「ただいま」と言う。勿論、ちょろはちっともそれを気にかけない。大体はシェルターに篭っているから…というのもあるが、例え砂の上をニョロニョロと這っていても同じことだ。ちょろは温厚な性格ではあっても、わたしの愛に応えてくれることは多分一生ない。爬虫類は人間に慣れることはあっても、懐かないのである。

犬や猫、といったペットと、蛇をはじめとした爬虫類、昆虫、熱帯魚…の類いのペットには大きな違いがある。「懐かない」という決定的な相違点について、言葉が示すほどの単純な相違ではないと思う。犬や猫は家族としての役割を担う場合が多いけど、後者は飼い主の愛玩的な視点に重点が置かれるのは逃れられない事実である。つまりエゴの心を始点としている。良いとか悪い、ではなく。

懐かない、とはどういうことかというと、応答がない、ということだ。飼い主がどれだけ愛情を注ごうと、それは一方通行である。だから世界の上でわたしたちが「共に生きるとき」、基本的に何らかの想いを交わし合う関係を基盤にするが、懐かない相手と共に生きるのはとても難しい。返事のない想いについて、ひたすらと一途にならなければいけない。ちょろとわたしはこれから生きることを共にするけど、わたしはずっと、ちょろに対して片想いなのだ。

こういう関係性について、わたしは当初どこか敬遠があった。わたしの実家では幼いころからアロワナを何匹も飼っていた。熱帯魚フリークの父は、古い生体が亡くなればすぐに新しいアロワナをペットショップから調達したし、その鱗を赤く美しく煌めかせることに夢中だった。色が生体に出やすい餌を探し周り、エラに傷を負えば麻酔手術にまで持って行ったこともある。ガラスの容れ物をゆらゆら泳ぐ綺麗なアロワナを眺めながら、どこかわたしは、愛玩動物を飼育することによって浮き出るエゴい心を、ずっと消化しきれなかった。だから、旦那がシシバナヘビを飼いたい、と最初に言った時、それを了承したわたしもやはり、父の血を継ぐ人間なのだろう、と少なからず感じた。

ちょろと過ごす毎日は、予想していたよりも遥かに愛おしい。ご飯を二日に一度丸呑みし、水皿の水に興味を示さずシェルターの加湿用の水をゴクゴク飲むちょろ。大きなフンをして、一日の大半を眠りこけているちょろ。わたしはちょろの事をどう想っているのか、ずっと考えた。ちょろはわたしのことなんか考えていなくても。

「愛玩動物を生かすも殺すも、飼い主の心ひとつである」というのはよく唄われる文句だ。応答しないペットを飼う時に重きを置かれるのは、飼い主のエゴであるのは間違いない。大切に育てる心も、傷付けてしまう心も。

ただ、わたしは、抱いていた見解とはちょっと違う温度のところを、ちょろと生きている気がする。ちょろは応えてはくれない。わたしたちは永遠に愛を紡ぎ合えない。けれど、ちょろが舌をぺろぺろしながらわたしの手のひらをぎこちなく這うとき、そんなちょろに向ける眼差しが綴るものについて、かけがえのないものと言う以外に出来なくなっている。わたしたちは永遠に愛を紡ぎ合えない。けれども、わたしたちのやり方で、愛を綴ることができる。

彼女は一生応えてくれない。それは紛れもない事実である。しかし、「だからこそ…」でもない、「それなら…」でもない、共に生きる奇妙なカタチがある。今日もご飯をピンセットで近づけると、ちょろは一回だけ「シュッ」と怒る。そんなちょろのまん丸な目玉を、どんな誰かに対するものよりも温かな眼差しで見つめてしまうわたしには、この子に何があってもちゃんと守り、一緒に生きてゆこうという決意が生まれていた。

《ウロボロスは、古代の象徴のひとつで、己の尾を噛んで環となったヘビもしくは竜を図案化したもの》
Wikipediaより



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