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もし人生が200年だったら、あなたは何をしますか

どう生きたいのか、何がしたいのか、が見えなくなってしまった時、

「もし今日が人生最後の日だとしたら、何をしますか?」

と自分に問いかけることで、心の声が聞こえたりする。多分。

たった一日という限られた時間を思えば、自分にとって最も大切なことが浮き上がってくるのは自然なことだと思う。

私も、大学卒業後どう生きていったらいいのか不安な自分に聞いてみた。

もし今日が最後の日だったら何をする?

う~ん、大切な人たちに感謝と愛を伝えて、できるだけ彼らと時間を共有したい。あとは、猫と遊んで、母の作るごはんを食べて、家の近くを散歩しながら空と海を眺められたらいいかな~。

出てきた答えは、間違いなく私が大切にしていることだし、幸せを感じることなのだけれど、一番欲しかった答えではなかった。

死を意識することはとても難しくて、まだ人生が続くと感じているから、今後もちゃんと生きていくためにどうすべきかが知りたかった。明日も生きていくモチベーションになるものを見つけたいし、日々が続いていくのならやっぱりもっと色んなことがしたいのだ。

全力で何かをしたいのに、ワクワクすることが見つからず、やる気のかけらも見当たらない。自立して生きていけるようになる必要があるのに、これなら自分にもできると思えることがない。

今後どうやって生きていくのだろうと不安に思いながらも何も行動にできない焦り。

いつ人生が終わりを迎えるのか分からないし、それは明日かもしれないけれど、私の不安はどちらかというと明日が来ることへの不安、今日が最後ではないことへの焦りである。

だから、「もし今日が最後の日だったら?」ではしっくりくる答えが見つからないのだ。

じゃあ、もし人生が200年だったら?

考えてみた。

まだたっぷり時間があるから、失敗したっていいよ。まずはとりあえず何かやってみたらいい。

焦らなくたっていいよ。心が必要とするだけ、ゆっくり休ませてあげたらいい。

ゆっくり自分のペースで進んでいったらいい。

そう自分に言ってあげられる気がする。

そうしてみたら、少し心が軽くなった。

今日が最後かもしれないし、200年生きられる世界が実現するかもしれないし。両方心の片隅に置いておけたらいい。


「もし今日が最後の日だったら、あなたは何をしますか」

という問いにはよく出会うけれど、たまには

「もし人生が200年だったら、あなたはどうしますか」

と聞いてみるのも良い気がする。


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