ウサギ洞窟 前編
現地入りして約2週間後。我々はとある洞窟遺跡へと向かっていた。
シピボ族のガイド、エリックのおかげで、近隣のいくつかの村で遺跡情報が手に入った。早速、遺跡探索のスケジュールを組む。その日の探索予定地は、大きな川を渡った先にあった。エリックが事前に話をつけてくれ、地元の人のカヌーに乗せてもらうことになっていた。
ティンゴマリアの街から車で約2時間。パバヤクの船着場に向かう。パバはスペイン語でメスの七面鳥、ヤクはケチュア語で水を意味する。アマゾン川の支流の支流、そのまた支流が毛細血管のように広がるこの辺りでは、ヤクの名がつく地名が多く見られる。我々が昨年調査したチャウピヤクは、チャウピが真ん中、ヤクが水で、その名の通り二つの川の間に位置する遺跡だ。
船着場で待つこと30分。エンジンのうなる音がして、川の向こうからバナナを満載したカヌーがやってきた。我々を見ると、ちょっと不審げな顔つきになる。事前に連絡をしていたはずが、話がきちんと伝わっていなかったようだ。チームの一員、考古学者のカルロスが、カヌーの船主に道先案内の交渉をする。幸い、バナナを降ろしてしまった後なら構わないという。少しでも時間を節約するため、調査メンバー総出で荷揚げを手伝う。
ようやく向こう岸に渡る準備が整った。全員が乗り込むと、船主が長いオールを水に差し、船を漕ぎ出す。十分に陸から離れたところで、備え付けのエンジンを入れる。うなりをあげて船が加速する。
川の真ん中を船は進む。左岸はすぐそこまで山が迫り、わずかな隙間にバナナやトウモロコシが植えられている。10分ほど川を下ると、森のほとりに船が着いた。よく見ると、木々の間に人ひとりが通れるほどの細い道がある。森の先は畑になっていて、この道はそのための農道のようだ。森を抜け、畑を抜けると、切り立った崖が立ち現れる。
「あの洞窟だよ。」
船主が指差す。土器や石器、人骨が出る洞窟があるという情報を得て、私たちはここまでやって来たのだ。形が似ているからと、ウサギ洞窟という何とも可愛らしい名で呼ばれているその洞窟は、容易に人を近づかせない険しい崖の中腹にあった。
キン、キンと、マチェテ(山刀)をふるう音が響く。草木が鬱蒼と生い茂る森のような場所を、ペルーでは「モンテ(monte)」と呼ぶ。洞窟への道は、半ばモンテといったところだった。元は人の通り道があったのだろう。このあたりでは、一見ただの森に見えても、入ってみればそこかしこにコーヒーやバナナが植えられているということが多い。山林の中の小道は、多くが農作業のためのものである。それだから、畑が放棄されたり、あるいは農閑期であるだけでも、このような道はあっという間に藪へと戻ってしまう。
最後は崖にへばりつくようにして横ばいに進み、何とか洞窟の入り口までたどり着いた。