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【連載小説】優しい人々(最終話)

前話
あらすじ

印刷会社で働く須原浩樹すはらひろきは、パワハラが横行する職場で上司に盾突き、クビになった。守るべきものを探しに、辿り着いた場所は、北海道の山間の雑貨屋。そこで出逢った人々は、みんな心にわだかまりを抱えて生きていた。父親を嫌いだった雪さん、借金や彼女の死を背負いながら、明るく生きる、ひださん。自分を好きになれずに、20も上の男性と暮らしている麻衣。浩樹は彼らと話すことで癒やされ、彼らもまた浩樹の存在に癒やされていった。ひょんなことから、彼らと映画に出演する話が持ち上がり、物語はクライマックスへ。浩樹は、彼らは、それぞれに「守るべきもの」を見つけることができたのだろうか。

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https://note.com/yuhishort6/n/nc28fe446176c

最終話
エピローグ

みぃちゃんへ

元気ですか?
わたしは元気です。本当に元気です。

この手紙、今、どこで書いていると思う?
ホテルの前のコンビニのイートインコーナーだよ。そして時間は、真夜中の三時。こんな時間まで何をしていたかっていうと、飲み会をしていたのです。酔ってると思う?正解、酔ってるよ。いままでお酒好きじゃなかったけど、今日はすごく楽しくお酒を飲めた。

みぃちゃん、ごめんね。
どうして謝っているかいうと、今までずっと、本当のことを書けなかったから。今日は本当のことを書くね。本当のことは怖いけれど今ならだいじょうぶな気がしているから。

あのね、わたしホテルはやめたんだ。今はホテルの前のコンビニ、 そう今、手紙を書いてるここでバイトしてる。ホテルで二十も年上の人と知り合って、その人と一緒に暮らしています。 みぃちゃんも知っていると思うけど、わたしにはお父さんがいません。いないっていうんじゃなくて、知らないのだけど。どこかで生きていると思うけど、 会いたいとは思いません。それは、お母さんがお母さんになりに、ちゃんとわたしを愛してくれたからだと思います。

でも、わたしが二十も年上の人と暮らしているのは、どこかでその人を、お父さんのように感じているからだと思います。だけどその人は、わたしを異性として見てるし、その人に抱かれることもあります(恋人なら普通なのだけど)。そのたびわたしは、すごい違和感を感じてしまいます。その人が悪いわけじゃないから、受け入れるけど、いつも気持ちがもやもやしてしまいます。そんな暮らしは、 徐々にわたしの心をむしばんでいきました。 だから、みぃちゃんが手紙や電話をくれるたび、元気だよって言ったけど、それは全部嘘です。ごめんなさい、本当に。

でもね。
今日、ある人と出会ったんだ。その人は今朝、雪さん(雑貨屋やってる雪さんね)のお店の前で寝ていたの。雪さんが来る前に、わたし気が付いたんだけど、そのときは怖くて声をかけられなかった。もしかしたら死んでるかもしれないし、ほんと怖くて、見て見ぬふりをしたんだ。そのひとはちゃんと生きてて、コンビニに二回来た。最初はコーヒーを買いに。ブラックと微糖、ひとつずつ。雪さんが微糖を飲むことは知っていたから、その人はブラックを飲むのだと思った。その人に「ブラック飲めますか?」って聞かれた。わたしが、飲めません、と答えたら、その人は「俺もです」って答えた。それから「でも、最初にブラック飲んだんで、今日はそのキャラでいこうかと」と、よくわからないことを言ってた。やっぱりまだ少し怖いなって思ってたら、あとでもう一回コンビニに来た。

こんどはなんだと思う?
殺虫剤を買いに来たの。別に殺虫剤を買いに来るのは変じゃないけど、 わたしに、おすすめを聞いてくるの。

殺虫剤のおすすめだよ?笑
そんなのわかんないじゃん? 

だから適当に指さして、これですって言ったんだけど、それがわたしのツボに入っちゃったみたいで、大笑いしたの。 わたし、あんなに笑ったの、初めてかもしれない。はじめてそんなに笑って、わたしにも笑えるちからがあるんだってうれしくなったんだ。今までのわたしは、ずっと物事をフィルター越しに見ていた感じだったから。それはモノクロのフィルターでね、色が付いてないの。それが普通だと思っていたけど、そのとき急に、カラフルに見えた。すごく不思議で、すごくわくわくした。それからね、また変なことが起こって。そうやって大笑いしているときに、映画の助監督がやってきたの。あ、今こっちで映画の撮影してるみたいなんだけど、主演の人が事故にあったらしくて、急遽代役を探してるっていうんだよ。ただ湖の桟橋に立っているだけでいいっていうから、出ようと思ったの。すごくない?映画だよ?わたしが映画に出るなんて、そんなことが人生に起こると思う?まぁ、でもいろいろあって、映画には出なかったんだけど、それよりわたしが驚いたのは、それを依頼されたときに「やるしかない」って思ったこと。本当に適当に流されて生きてきたわたしが、「やるしかない」なんて、そんなことを思うなんて。出るはずのシーンは夕焼けだったんだけど、夕焼けって、きれいだね。今までなんとも思わなかった夕焼けが、初めてきれいだと思った。隣には、雪さんと日高さんと(日高さんについては、こんど話すね)、 あと雪さんの店で寝ていた彼(すんちゃん)がいて、あ、わたし今生きてる!って思ったよ。ここにいる!って。変かな?夜には飲み会をした。っていうかさっきまでなんだけど。すんちゃんはね、明日にはもう帰るんだって。てっきり、このままいるのかと思っていたから、わたし、つい泣いてしまったんだ。今日初めて会った人と、明日離れるだけで、なんで泣いちゃうんだろうって思った。

雪さんと日高さんに、すんちゃんのことが好きなんだねって言われたけど、なんというか、違くて、本当に違くて、わけがわからないんだ。なんていうか、出逢う人ってはじめから決まっていて、その人に出逢うためのまわり道をちゃんとして、約束通りに逢えたんじゃないかって。すんちゃんはそういう人なんじゃないかって、酔ってる今のわたしは思っているんだ。じゃなかったら、今日一日だけで、こんなにもいろんなことが変わらないと思う。

みぃちゃん、わたしもあした、そっちに戻るね。居候している彼氏とはきっぱり別れる。そして、そっちでちゃんと、わたしを作っていくね。すんちゃんは酔いながら言ってた。守りたいのは、「あたりまえのことだ」って、そしてそれは「愛」なんじゃないかと思うって。わたしはまだ、愛とかよくわからない。でも、私を作っていく中で、いつかわたしなりの「愛」が見つかるんじゃないかなあって、 そんなことを思ってるんだ。やっぱり変かな?こんなことを言う人じゃなかったもんね、わたし。でも、今のわたしが、わたしはとても好きなんだ。はっきりと、そう言える。

みぃちゃん、わたしは元気だよ。
今まで、ほんとうのこと書けなくて、
ごめんね。でも、ありがとう。

あした会えたら、この手紙、 渡すね。
たぶん、手紙のようにはうまく言葉にできないから。

これからも、友達でいてね。  
               
麻衣

「書けた?」

すんちゃんがポンデリングを買ってきて、隣に座る。

「うん、書けた」

袋を開けるとおもむろに、それをちぎってわたしの口に持ってきた。

「よかったね」

「うん、よかった」

条件反射みたいに、パクっとそれを食べると彼が聞く。

「おいしい?」

うまく答えられず、一言だけ言う。

「モチモチ」

スクリーンみたいな窓の向こうにチラつく雪が、ポンテリングみたいに舞っている。



Fin.



連載完結しました。完結までお付き合いいただき、ありがとうございました。少しでも何か胸に残るものがあれば、嬉しく思います。

それでは、勝手な脳内エンディングテーマでこちらのお話とお別れです。


スピッツで「砂漠の花」、どうぞ。


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