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対談『スタートアップの経済学』『アントレプレナーシップ』『イノベーション』の刊行に寄せて(後編)

こんにちは、有斐閣書籍編集第二部です。

 『スタートアップの経済学』と『アントレプレナーシップ』『イノベーション』の刊行にあたって、加藤雅俊先生と清水洋先生に対談を行っていただきました。

今回は、その後編です(前編はこちら)。

教科書のタイトル

清水:タイトルをつけるのに私はすごい迷ったんですけど、加藤さんは『スタートアップの経済学」というタイトルは最初から決まっていたんですか?

加藤:いや、最初の企画段階では『スモール・ビジネスの経済学』というタイトルだったんです。もう少し中小企業論に話も広げようと思っていたんですけど、これは書けないなと思って。しかも、中途半端になりそうだったので、さらにほかの先生に相談したときに、海外では『スモール・ビジネスの経済学』と言っても、だいたいスタートアップとかベンチャーを念頭に置いて考えてもらえるけど、日本の場合は中小企業論、いわゆる地場産業をイメージされるので、タイトルとして誤解を与えそうでよくないんじゃないかというアドバイスをもらいました。たしかにそうだなと思って、『スタートアップの経済学』でいかせてくださいということで再提案させてもらいました。

清水:いいですよね、このタイトル。『中小企業の経済学』だとなんかちょっとね。

加藤:売れないかもしれません。清水さんはどうですか?

清水:私はすごく迷ったんですよね。いっぱい候補を出していただいて、最後の最後に迷ったんですけど、結局何もなしに『アントレプレナーシップ』と『イノベーション』にしました。

加藤:一番シンプルですよね。

――迷われていたのは副題をつけるかどうかですか。

清水:副題もそうですし、「イノベーションの○○」みたいな。候補がいっぱいあったんですよね。

加藤:なるほど。私の本はまったく迷いはなかったですね。

――刊行のタイミングも本当に良かったですよね。世の中のスタートアップへの注目もすごく高まって。

加藤:本当にそうですねえ。意図せずでしたけど。

印税寄付の意外な効果

加藤:あ、これは聞かないといけないと思っていたんですけど、清水さんは今回の教科書の印税は寄付しますよね。

清水:はい、寄付します。

加藤:2冊とも寄付ですか。

清水:両方全額寄付です。いや、だって大して売れないし(笑)

テキスト書くのって大変じゃないですか。でも、なんとなく私の中で社会的に意義のあることをしたいなと思っていて、せっかくだからイノベーション、アントレプレナーシップ関連で何か意義のあることをしたいと思っていたんです。そこで、2冊とも印税を全額寄付することにすればいいと思ってわりと早い段階で決めたんです。

そうしたら、書くのが楽しくなりました。もちろん加藤さんも、自分のために書いているわけじゃなかったと思いますけど、これでいいものを書けば困っている人の助けに多少なるとすごく思えました。プロボノだと思って良いものを書こうと思うと、ちょっと心が楽になりました。

加藤:それは素晴らしい。私はそもそも給与明細とか見ない人間なので、お金に興味がないんですけど、なのでそもそも寄付するとか印税もらうというところの発想自体していなかったですね。

寄付したら何か良いことあるんですか? 清水さんの銅像がたつとか。

清水:そんなのあるわけないじゃないですか。嬉しいというだけじゃないですか。

イノベーションはやっぱり良い面ばかり言われるけど、でもけっこう格差も開いたりするので、その点でも、機会の平等が保たれていない人たちをサポートしている人たちをサポートできるかな、と思ったんです。

最近の研究

――教科書から少し離れて、最近取り組まれているご研究の話をお伺いすることはできますか。

加藤:清水さんは今どういう研究をされているんですか?

清水:私は研究の戦線が拡大してきちゃっているんですけど、スタートアップがいっぱい増えるとイノベーションのパターンにどう影響があるのかを今でもやっています。

加藤:長期的に見る感じですね。

清水:そうです。たとえばSBIR(Small Business Innovation Research)の効果の推定はいろんなところでやられていますけど、それを長期的に、アメリカから生み出されるイノベーションにどういうパターンがあるのかなどの研究をやっています。また、人とかモノとかお金の流動性とイノベーションのパターンとか、そのへんがメインですかね。加藤さんはどうですか?

加藤:私は最近、創業のチーム内の力関係みたいなものを分析しようとしています。神戸大学の髙橋秀徳先生と中央大学の本庄裕司先生らとチームでやっています。今までの研究は、人の能力とかチームの構成についてだけだったんですけど、チームメンバー間のコンビネーションについて分析しています。実証的な研究はあまりなくて、どういう代表者にはどういうパートナーがいいのか。たとえば、本田宗一郎の話とかいろいろ言われていますけど、あんまり実証的に分析されてこなかったのかなと。

また、単に学歴とか経歴だけじゃなくて、たとえば株式保有を均等分割しているかどうかとか、それがどういう結果をもたらすのかとか、それが男女間で傾向にどのような違いがあるのかとか、チーム間の力関係や均衡の話を行っていますが、なかなか苦労しています。

清水:日本のデータですか? それともアメリカのデータ?

加藤:独自にアンケート調査を2万何千社くらい行い、回答してくれた数千社のデータを使っています。その調査が半年前くらいに終わったばかりで、いま分析を始めていて、また追跡調査を来年以降していく予定です。

清水:へえ、面白そう。

加藤:私も研究対象を広げすぎていて、人材の流動性とイノベーションの分析もまだやっていたり、CVC(Corporate Venture Capital)とかIVC(Independent Venture Capital)とかベンチャー・キャピタルのタイプによってVC投資の効果がどう変わるのかとか、そういうこともやっています。

あといま一番関心を持っているのが、どういう大企業がスタートアップ企業を買収したり、そこから吸収しようとしたりしているのか、その効果が実際にどれくらいあるのかを分析しています。スタートアップ企業の観点からだけじゃなくて、スタートアップを大企業の観点から見た分析に関心を持って取り組んでいます。あんまり効果は今のところ見えなくて、実際のところたぶんそうだと思うんですけど。それも苦労しています。

スタートアップのデータを使った研究も若干飽きてきたところもあって(笑)。まったく関係ないわけじゃないんですけど、ちょっと違う視点から分析しています。大企業とスタートアップのコラボレーションの問題点、どういうときにそういうのが起こるのかとか、ちょっと関心が脇にそれるというか関連分野に広がってきた感じです。

――今までにお二人で一緒にご研究された経験などはないのですか?

加藤:ないですね。

清水:そのうち一緒にやれると楽しいですけど。

加藤:そうですね。Facebookとかでも、共通の友だちだと100人くらいいると思うんですけど。共著者の共著者が清水先生だったりはするんですけど。どうしてもいろんなプロジェクトをやってると、そこからの継続とか派生があって、そこに縛られてしまう。あんまり広がっていないところも自分自身としてはどうなのかなと思ったりもするんです。そういう意味では、清水さんをはじめ、ちょっと違う分野の人たちとも今後は何かコラボレーションできると嬉しいなと思っています。

研究って飽きてきますよね。そうでもないですか。

清水:うーん、どうだろう……

加藤:語弊がありますけど、研究自体は飽きないんですけど、同じトピックの研究をやってると飽きるという意味です。

清水:私は違うトピックを入れますよ。研究のポートフォリオに一応入れる。自分の役割が違うやつもあるし。

加藤:私もだんだんファイナンスとか大企業の側からとか、さっきの話はマネジメントにも関係しますが、自分にとってはちょっと新しいテーマをやろうとは心がけてはいますけど、なかなかプロジェクトが終わらなくて。

清水:研究は終わりがないですからね。

加藤:終わりがなさすぎて大変ですね。

――加藤先生は経営学の先生と一緒に研究されるというのはあまりないんですか。

加藤:いや、さっきも申しましたように、あんまり経営学者と経済学者という意識がなくて。この人とやりたくない、この人とやりたいという意識はなくて、私は常にオープンなので、なかなか機会がないというだけです。何かのきっかけであるかもしれませんよね、清水さんとも他の方とも。期待しています。

巨人の肩に乗って世界を見る

――スタートアップに関連した話題として、スタートアップ企業に就職する学生さんも増えてきているという話を聞いたりしますが、学生さんの意識に変化などは見られるのでしょうか?

加藤:少しずつ学生の雰囲気も変わりつつあるのかなと感じています。それはスタートアップに限らないんですけど、自己実現、自分のやりたい仕事、興味のある企業に就職するという学生が、以前に比べたら少し多い印象を持っています。以前は、周りを気にしてなのかわかりませんけど、とにかく大企業しかないという感じでした。最近は留学して留年する学生もけっこう多いですし、それを気にしないとか、自由に生きている印象を持っています。サンプル・セレクションもあるかもしれませんけど。清水さんはどうですか?


清水:それは本当にそう思います。

加藤:やっぱり。

清水:すごく思います。生き方に関して、多様性が出てきましたよね。それをよしとするというか。この時期にこの会社に入らなきゃダメみたいなことはほとんどないですよね。

加藤:そうですよね。それは留学とか増えた影響もあるんですかね。

清水:私の世代で自分が学生のときに、たとえば「趣味は何?」と聞かれてアイドルが好きですと言ったら、ちょっと白い目で見られたりしたじゃないですか。今の子って、自分は何が好きかを言うことに対して何も……

加藤:恥じらいを感じない?

清水:恥じらいというか、そもそも恥じるものじゃないと。自分が好きなんだったら、それで良いというのが根付いていて、私はある種成熟してきたのかなと思います。自分の評価が自分でできるというのかな、それは良いことだと思いますけどね。

加藤:たしかに、学生に多様性が現れてきたという印象はありますね。そうした流れの中に、スタートアップ企業への就職というのも増えてきているのかもしれませんね。

スタートアップ企業に就職した学生に「なんでそこに就職したの?」と聞いたら、「自分で何かやれそうかな」みたいなことを言ったんです。「大企業に入っても、何をすればいいのかわからない、自分がやれることは限られているんじゃないか」と。でも、スタートアップ企業で働く人たちの話を聞くと、社員のやるべきことが明確になっていて、その企業の一員として自分も何か貢献できそうに感じたということを話していました。

しかも面白いのが、数年で辞めますと最初から言っていて、辞めたあとはベンチャー・キャピタルに入ったり、自分で創業したりすることも考えている。それが1人とか2人じゃなくて、3人くらいこの数年で出てきていて、変わってきたのかなと思いながら日々学生と接しています。

――スタートアップ企業に就職したいという学生さんがいたときに、アドバイスされたりするのですか?

加藤:単純に私のゼミに入ってくる人がスタートアップに関心がある人が多いというのもあると思いますけど、よく聞かれますね。「先生、○○というベンチャー知っていますか?」とか。ゼミじゃなくても授業を取っている学生にも聞かれます。「いや、行きたきゃいいんじゃない」と、あんまり影響を与えないように、周りを気にせずに自分のやりたいことやればと言っていますけどね。

清水さんはどうですか? 学生に何かアドバイスをしたりしていますか?

清水:いろんな経験を学生がするのはいいと思うんですけど、アカデミックで議論されてきたことの、巨人の肩に乗って遠くを見渡すというのが大学に入ることの重要な意義だから、われわれが書いた教科書はそれのサポートになると思うんです。ここまでは議論されてきましたよ、ここから世界を見てくださいと。そしたらまた違った、それを読まない人との間にたぶん差ができると思う。大学あるいはMBAを卒業した人たちに社会が求めるものは、高い視野に立ったうえでの意思決定だと思うんです。だからこそ、経験を通して見ることも大切だけれども、それと同時に巨人の肩に乗るということをしっかりやってもらえると、大学に入った意義がすごくあるんじゃないかと思います

加藤:パーフェクトですね。今のは最後のメッセージとして。

清水:ありがとうございます(笑)われわれの教科書を読む前と読んだ後だと見える景色が違うと思うんですよね。そういうふうにわれわれも書いているから、ぜひ教科書を読んでほしいし、読むだけじゃなくて誰かと議論してほしいですよね。その議論できる相手がいる場が大学なので。

加藤:われわれが大学生のときは、大学の知識は活かせない、机上の空論だみたいなことを言う人がすごく多かったと思うんです。だけど、今まさに経済学だけに限らないですが、アカデミアの知識が社会実装で使われていたり、たとえばオークションの方法というのも経済学の知識が使われていますし、Amazonなどオンラインショッピングのレビューにおけるレーティングとかもどうやってバイアスを取り除くかみたいなことに経済学の知識が活用されています。そういうビジネスに活かせるということもありますし、考え方として経済学を含めて勉強しているとたぶん損はしない。考え方の土台になる。

日本の経済学も経営学も優秀な教員が揃ってきつつあると思うので、4年間大学の知識をフルに吸収して使い倒してほしいです。そうしないと、もったいない。たぶん多くの人が卒業してからそのことに気づくと思うんです。でも、もしそれに気づいたらぜひ大学に戻ってきて、学び直し、今はリスキリングとかリカレント教育といわれていますけど、ぜひそういうふうに大学を使ってほしいです。大学側も意識を変えなきゃいけない気もしますし、われわれももう少し使えるんだというところをアピールしないといけないんじゃないですかね。

社会への発信、学会でのコミュニティづくり

加藤:今までは研究ばっかりやってきたんですけど、一般向けの発信とか、研究者を育てるとか、研究の社会実装とかにもっと取り組んでいきたいですね。それは、40歳になる手前くらいから少し意識はしだしたんですけど、これってみんなある程度同じルートをたどっているような気がしています。世の中への貢献というところをすごく意識しはじめているので、研究とのバランスを考えながらになると思いますけど、今回の本をきっかけに社会に対する発信ということを今後も細々とはやっていきたいなと思います。もちろん研究は頑張ります。

――清水先生は今後の研究者人生で取り組まれたいことなどありますか?

清水:今後の研究者人生ですか? 何するんでしょうね…

私が影響を受けた研究者に林厳雄先生という半導体レーザーの研究者がいます。私は半導体レーザーの技術進化の研究をしていて、そこでいろいろ聞いて回っていたのですが、その中で林先生を知りました。彼は東大を出てMITで研究していて、ノーベル賞をとりそうな勢いの中で、日本に帰ってきたんです。

彼はすごく尊敬されていて、業績も抜群で、ジャーナルにいっぱい論文を出すわけです。ジャーナルに出る論文ってトップデータだから、うまくいったデータなんです。トップデータだけで研究成果を競っている。アメリカもそうです。でも、林先生がそこで思ったのは、コミュニティがないとダメなんだと。なんでかというと、学会発表はトップデータの発表で、何万時間光りましたとか。だけど、その背後ではいっぱい失敗している何で失敗しているのかが共有されないから、スピードが上がらないと

だから、林先生が日本に帰ってきてやったのは、大学とか企業という組織の枠にとらわれずに、こんな実験をして失敗した、つまりうまくいかなかったことを共有できるコミュニティづくりに尽力されたんです。そういうのができると二重投資みたいなものがなくなるから、研究もどんどん加速する。

そういうコミュニティづくりって、たとえば研究者の中でも当然重要だし、もしかしたら実務家と研究者の間の対話の場も重要かもしれない。なので、コミュニティの場をつくれるようなことをしたいなとは思います。

加藤:学会づくりとか。

清水:学会の中でのネットワークなのかもしれない。

加藤:そういう意味では、イノベーション、アントレプレナーシップの研究は国内だといろいろ分断されていますよね。

清水:そうですね。

加藤:学会も交わらない人とは一生交わらないくらいのコミュニティの分断があって、たとえば経営学者と経済学者が交わるとか、実務家と研究者が交わるとか、そういうところが少ないかもしれないですね。

そういう点では、海外の学会に行くと清水さんをはじめ、経営学者にもいっぱい会うんですよね。そこが日本と違う。海外でしか会わない日本の研究者とかいるんですよね(笑)

清水:加藤さんとは日本の学会で会わないですもんね。

加藤:海外のほうが会っている。国内でも、企業家研究フォーラムがインターディシプリナリーで、われわれもちょこちょこ経営学者や歴史学者の人と交わりがあって、個人的にけっこう好きですね。

ぜひ、新しいコミュニティを作ってください!

清水:頑張ります、少しずつ。

(2022年9月28日収録。今回のインタビュー記事のダイジェスト版が『書斎の窓』1・2月号に掲載予定です)


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