誰かを強く大切にしてみたかった

このぽっかりと空いた時間をどうしてくれよう。

平日あれほど焦がれた休日なのに、今日も手持ち無沙汰な日曜日を過ごしてしまった。社会人になって9年目、いまだ上手に休日を過ごせない。

朝8時、寝ぼけた頭でコンフレークを食べる。ジムとサウナで汗を流したら本を読みにいつものカフェへ。いつも通りの休日、変わりばえのない日々。

いつもならそのあとに資料をつくるなり、漫画喫茶へ行くなりするのだけれど、今日はどの気分にも当てはまらなかった。まだ時間はたっぷりとある。それならひとり飲みでもするか。そんな思いつきに浮かれる30歳独身男性を快く(あるいは無関心に)受け入れてくれるいつもの飲み屋へ向かうと、夕方だというのに行列ができていた。最後尾に並ぶ気力があったなら、来る前にもっと、別の楽しげなことを見つけられている。おとなしく帰路につく。

そうだ、アバウト・タイムを観よう。

家へと続く井之頭公園の桟橋を渡りはじめたとき、そんなアイデアがふいに頭をよぎった。これまで観逃してきた映画のなかで、いちばん観たかった映画。僕にとってアバウト・タイムはそういう映画で、心の隅っこの、でも大事なスペースにしまってある映画だった。観たいのに、なぜかタイミングが訪れない。そんな心持ちのまますっかり放置していたのだけど、最近誰かとの会話でふとこの映画が話題に上がった。劇場以外で映画を観たいと滅多に思えない僕だけれど、今日がその時なのかもしれない。帰宅するなりAmazonプライムを立ち上げ、コーヒーを沸かす。

この文章は、アバウト・タイムを観終えた直後に書き始めた。すでに何度も書いては消してを繰り返しているから、もしも手書きで文章を書いていたならすっかり困り果てていたことだろう。できるだけ丁寧に、しっかりと真心を込めて。そう生きてみたい、と染み渡るように思わせてくれる映画だった。

きっと多くの人が観ているだろうから、映画のあらすじについては説明を省く。もしもあのときにもっと、こうしていれば。人生はそんな瞬間の連続だ。誰だって一度はやり直したいことがあるだろう。主人公が何度も不器用に家族と恋人に向き合うものだから、つい思い出してしまったいくつもの後悔。忘れたいこと、忘れたくないこと。忘れてしまったこと、忘れられないこと。いくつもの分岐点の果てにたどり着いた今。

家族については、やり直せたとて、同じ未来にたどり着くだろう。そう思えてしまうから過去に戻りたいとは思わないし、そう思える程度には必死に向き合ってきた。誰になんと言われようと、そういう生き方をしてこれた自分を誇らしいとおもう。そんな確信も、いつか親の死に目に遭うその日に打ち消されてしまうのだろうか。

恋愛についてはどうだろう。正直なところ、幸せな記憶があまりない。学生の頃は、恋愛は心を弱くすると信じ込んでいた。誰かに甘えていいんだ、という心のあり方では、家の厳しい状況に耐えられなくなってしまう。そう感じていたせいで、高校で好きになったあの人に告白できなかった。というのは美化した思い出で、実際はその人の親友に好きになられてしまい、その親友を傷つけてまで告白する勇気がなかったのだけれど。

もしもあの時に戻れるのなら、この思いを伝えることができただろうか。きっと、アバウト・タイムの主人公より何倍も無様なタイムトラベルを繰り返すのだろう。

高校でも大学でも、そして社会人になってからも。僕はずっと、僕のことでいっぱいいっぱいだった。過去形にしていいのかわからないから「いっぱいいっぱいだ」と現在形に改める。あの頃と比べれば少し心に余白はできたけれど、それでも今も、人生をなんとか価値あるものにしたくてもがき続けている。そういう強迫観念に囚われた人間は、隣人を孤独にしてしまう。自分の恋人でさえも。

「あなたのことが好き」という恋人からのメッセージが信じられないのは、自分が自分のことを好きじゃないから。認めていないから。いつだって僕は僕を認めるのに忙しくて、彼女になってくれた人たちに寂しい思いをさせてきたとおもう。

そうだとしても、いまの僕は違うよね。自信がないから宛先のない同意を求めてしまう。つまるところ何度やり直したところで、いまの僕ではうまくいかないのだろう。だから前を向く。いま、未来から戻ってきたつもりで、今日という日を精いっぱい過ごす。映画が教えてくれたありきたりな教訓を、いくつもの愛おしい情景とともに胸にしまう。

家のチャイムが鳴る。重そうな荷物を抱えた宅急便のお兄さんがモニター越しに映る。不在通知を3度も届けさせてしまった荷物の正体は2リットル×9本の水なのだから、宅配ボックスに入れてくれればいいのに。訝しげに玄関へ向かう。

「重たい荷物ですので、宅配ボックスに入れるとご苦労おかけしてしまうと思いまして…」

お兄さんは笑顔で受領証にサインを求めた。やめてよ、こっちはアバウト・タイムを観終えたばかりなんだから。あたたかい気配りにすっかり感動してしまった。何度人生をやり直したとしても、辿り着けないかもしれない配慮ができるあなたを、僕は心から尊敬します。

僕が誰からも選ばれないのは、僕が誰のことも選ばないからだ。誰かを強く大切にしてみたかった。今日から。明日から。小さいことから大きく生まれ変わりたい。

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