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死に場所を、得た。

うまくいかない。
ままならない。
とにかく思うように運ばない。

今までも、まさに今も。

人生が、とにかく何も、
うまくいっていたことがない。

会社勤めは、ぜんぜんできない。
個人事業も、ダメだった。
友だちと呼べる人もいない。
家族には、逃げられた。

できない。
ぜんぜんできない。

人とうまく、会話できない。

知らない人に話しかけられると、
テンパりすぎて、意味不明な動きをする。

滑舌が悪すぎて、
何を言っても二度聞きされる。
二度聞きされると、自信を失う。

人の顔を、すぐに覚えられない。
声をかけられても、誰だかわからない。

余計にテンパって、意味不明なことを言う。
ただでさえ、滑舌が悪いのに。

人が多いと、逃げ出したくなる。
電車には、乗れない。

無能。底辺。
底の底。

ああ、死にたい。もう死にたい。
いますぐ消えて、なくなりたい。

やり直したくもない。
できればここから、いなくなりたい。


起業するときには、普通は資金を用意する。

いくらか自己資金を用意して、
それを元手に創業向けの融資を受けるなど、
運転資金や設備資金を
多少なりとも確保した状態から
事業を立ち上げる。

それが普通だ。

しかしわたしにはお金がない。
現金がまったくない。

2015年2月
無一文で事業を立ち上げた。

立ち上げただけだ。
売上は、ほとんどない。

売上がないので、現金はない。
入金のあてもないので、広告も出せない。
ユーザーはなかなか増えない。
なので売上は立たない。

金融機関も貸してくれないし、
投資家にも断られ続ける。

なので現金は、ずっとない。
給料など とてもじゃないが、もらえない。

生活が、詰まる。

今日の食費に困る。
家賃を払えるあてもない。

だからまず、
売上でも借入でも投資でもなんでもいいので、
現金を確保しなければならない。

それができれば生き残れるし、
できなかったら、終わりだ。

事業はおろか、
とっくに破綻している生活で、
いよいよ住むところもなくなる。


生まれたてのサービスは、
勝手に成長してはくれない。

まるでミルクを求めるみたいに
改善と、そのためのリソースに飢える。

親のフトコロ具合など考慮されるはずもなく、
ただ飢えて、求めてぐずる。

伸ばすためには、現金が要る。
現金をつくるためには、売上がいる。

ぐるぐると、めぐりめぐって、
いつもまた、底の底。


あきらめるとか、あきらめないとか、
そんなことを悩める余裕はとっくにない。

あきらめることだって、ままならない。

ここで降りても、
逃げこむ場所など どこにもない。

だから負けたら、
死ぬよりほかに しょうがない。


どうにか船出はしたものの、
長く苦しい、大シケの航海が続く。

長い。
終わらない。

お金集めに歩き回って、断られる。
行けども行けども、断られる。

滑舌の悪いプレゼン。
浅く稚拙なスライド。
ベタ付きのまま伸びないトラフィック。

歩めど進まず、
振り返れど戻れず、
耕せど実らぬ、我慢の月日。

コミュニケーションに難があるからといって、
負けていい理由にはならない。

宮下公園。ガード下。
段ボールと、ブルーシート。

理由はどうあれ、
負けたら、こうなる。

夜中にひとりで、動画を観る。
敗者たちが、首を吊られる。

負けたら、こうなる。
こうなって、死ぬ。

だから、
できるかできないかを考えるなど無意味で、
やらなければ死ぬのだから、
やるしかない。

生きのびるために、
やるよりほかに、しょうがない。

何をどれだけ断られても、
誰も自分を選んでくれなくても。


一般論。常識。
傍観者たちのアドバイス。

のっぴきならない、命のやり取り。

生の現実に向き合う時、
一般論などケツを拭く役にも立たない。

ハダカで打ち捨てられた奈落。
いま まさに、底の底を舐めている。

何かがあろうがなかろうが、
よじ登るとっかかりを、
探し出さねばならない。

素手で壁を掘ってでも。

できるだけ、ゆっくりと話し、
可能な限り、資料の解像度を高め、
思いつく限りの仮説をもとに、
サービスを改善する。

とにかく多くの人に会う。
この滑舌でピッチコンペに出場する。

アホみたいに、繰り返す。
とにかく何か、とっかかりを掴むために。

アホみたいに。何度でも。

今日のすべてが、徒労に終わっても。
明日もまた、何の手応えもなくても。

何もしないと、ただ死ぬだけなので、
やるよりほかにしょうがない。


夜の教会。

日曜のミサは人が多くて苦しいので、
誰もいなそうな時を選んで、毎週行く。

神の御前に、ひれ伏して祈る。
涙が出る。

わたしには無理です。

いろんな人の協力を得て、
事業を世に出すところまでやってはみましたが、
やっぱり無理です。わたしにはここまでです。
今週も無理でした。

いまもわたしには、あまりにもお金がなく、
減ることばっかり、たくさんあっても、
増えることが、ありません。

お金がどうにもなりません。
お金がないのは、首がないのとおんなじです。

わたしにはできそうにありません。
わたしには無理です。

勝ち負けはどうでもいいから、
どうかもう、
かんべんしてもらえないでしょうか。

むしろできればいまここで、
わたしを殺してもらえないでしょうか。

終わらせてもらえないでしょうか。

すり付ける額に、
コンクリートの床はどこまでも冷たく、
あまりに静かで、神の存在さえ疑わしくなる。

敗者たちが、首を吊られる。
足場が抜けて、落下する。

負けたら、こうなる。
こうなって、死ぬ。
いまわたしが、ここで死ぬ。

それならここは、わたしの死に場所。

内側から刺す、耳鳴りの音響。
足もとから冷える、教会の床。

そうか。わかった。
今日わたしは、死に場所を得たのか。

冷たくて静かなこの教会は、
死に場所として、申し分ない。

応えてくれるかわりに、
今日、神はわたしに、死に場所をくださった。


いろんなものを失った。
誰の役にも立ってなかった。
生きる意味など、とっくになかった。
クソみたいな人生だと、泣いていた。

やっと誰かの役に立てそうになったのに、
また、役割を果たせそうにない。

それならここで、ひとりで死ねばいい。

いつでもここで終わりにできる。
そう覚悟すれば、
空転の月日がどれだけ続いても、
今日に命を懸けられる。

命を懸けて、今日 役割に向き合う。
負けたらここに来て、死ぬ。

必死に生きて、ただ死ぬ。
そこに意味などなく、
生き物として、あたりまえのこと。

生きる意味など、はじめからなく、
あるものは、確実な死。

生きる意味を失ったのではなく、
死に場所を、得た。

ここに来ることさえしなければ、
今日は死なない。明日も死なない。

きっとこれを、希望というのだ。
心折れずに、生きて行ける。

死ななければ、生き残る。


長い我慢の月日を耐え抜いて、
ついに資金の獲得に成功する。
わたしを選んでくれる人に出会える。

ただ、死ななかった。
本当にそれだけで、今も生き残っている。


(つづく)

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