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その出社ルール、解雇目的の人事権濫用か―米系ITセールスフォース日本法人のマネージャー訴訟

証人尋問へ

筆者は2023年8月30日にリンクトインで、米IT大手・セールスフォースの日本法人、株式会社セールスフォース・ジャパンのバックオフィス部門で危機管理を担うセキュリティチームのマネージャーだった元社員が、不当解雇を訴えている裁判を伝えた。この裁判で、今年の春以降に証人尋問が行われることになった。

これまでの経緯

セールスフォース日本、役員のパワハラ申立てたマネージャーを報復禁止に反し解雇した疑い浮上。出社めぐっても対立…東京地裁で係争中
セールスフォース日本法人におけるセキュリティマネージャー解雇訴訟、証人尋問へ

出社義務が争点

解雇理由証明書によると、元社員の解雇は「週4日のオフィス勤務であるにもかかわらず、雇用期間中のオフィス勤務が不足していた」「関係部署のメンバーからの妥当な批判に対して根拠のない申し立てをした」などによるとされた。元社員側は、「これらの事実はない」と主張。元社員は、営業の顧客管理クラウドシステムを提供する同社において、日本と韓国にあるオフィスのセキュリティオペレーションを、在宅勤務、リモートワーク中心で行っていた。

元社員が働いていた2021年9月~2022年7月当時、同社ではコロナ禍で従業員のほぼ全員が、リモートワーク中心で働いていた。しかしセールスフォース社は裁判で「当社には在宅勤務に関する就業規則はない」としている。

転機となった「FTA」の証拠

筆者は昨年8月の記事で、セールスフォースの在宅勤務を定めた「フレックスチームアグリーメント(FTA)」の存在について触れた。

この裁判で、会社側は当初、出社義務の根拠としてFTAを挙げ、「2021年8月25日にFTAが成立したことにより、元社員には入社した2021年9月1日より週4日の出社義務があった」と主張していた。

FTAは、ポストコロナの働き方として、2021年にセールスフォース米国本社主導で作られた方針。コロナが収まるにつれて、米国本社でFTAが作られ、日本法人にも適用された。また、FTAは全社員に同一のものではなく、地域別と所属部門別のFTAが存在したこともわかった。

「元社員に適用されたのは所属部門のFTA(グローバルセーフティ&セキュリティ)で、元社員が入社する前からあった」というのが、2023年6月の第6回期日までの会社側の言い分だった。元社員はこれに対し、有効な反論を示すことができず、裁判は膠着状態になっていたという。元社員はFTAが本当に入社前からあったのか、知る術がなかった。

それが転機となったのは、元社員が自分に適用されたFTAの種類や適用日を、正確に確認してからだった。

2023年7月の第7回期日。元社員の代理人の森川文人弁護士は、FTA(日本・韓国)の証拠とともに、「元社員に適用されたのは地域別のFTA(日本・韓国)。適用日は2022年1月1日」と指摘した。

会社側はその後

東京地方裁判所(2023年12月11日筆者撮影)

同年9月の第8回期日で、会社側は「FTAの適用日が2021年8月25日」という主張は過りであったと認めた。そして、出社義務については「FTAはいつ成立したかは不明だが、2021年11月頃には適用されていたようだ。2022年1月1日に地域のFTA(日本・韓国)が適用されるまでは、所属部門のFTA(グローバルセーフティ&セキュリティ)が元社員に適用されていた。FTAがいつ適用されたかは重要な問題ではない」と今までとは全く異なる主張を展開した。さらに、適用日が変更されたことで出社義務が存在しなくなったかのようにみられる期間については、「入社日時点では、労働契約で示された『就業場所』(同社東京本社)での就業を原則とした上で、FTAが導入されていなかった以上、元社員は原則に戻って入社時点から全日出社義務を負っていた」として労働契約を出社義務の根拠とした。その上で、最終的には「上長による在宅勤務の承認を得ることが必要であり、上長がその頻度を決定できることに変わりはなかった」などと主張を変更した。

元社員側は、「試用期間延長後に上長から出社要請は行われていない。上長は出社状況は問題視していなかった」とさらなる反論を重ねた。

それにしても、セールスフォース社側の出社ルールの説明は非常にわかりづらかった。元社員側からFTA全体について示す証拠が出てきて初めて、元社員の入社以前の2021年8月4日のオンラインでの社内イベントで同社の小出伸一代表と鈴木雅則人事本部長により「FTA(日本・韓国)が2022年1月1日から日本・韓国法人の全従業員に適用される」と周知されていたことも、地域別と所属部門別のFTAがそれぞれ存在したことも判明した。元社員から出されたFTA全体の証拠により、FTAが当初の「週4日の出社義務の根拠で、2021年8月に成立」という会社側主張とは異なる実情であることがわかってきた。そのことで会社側の出社ルールの説明は混沌としたものになったとみられる。

不当な目的

コロナ以降の「出社かリモートワークか」という新しい争点について、私たちはどのように考えたらいいだろうか。

日本労働弁護団常任幹事の笠置裕亮弁護士(横浜法律事務所)は2022年6月14日の弁護士ドットコムの記事で、「勤務形態がフルリモートなどと限定されておらず、コロナ禍の中で一時的にテレワーク勤務となっていた方に対して、出社を求めることは原則として契約違反等の問題は生じません。しかし、他の方にはテレワークを認めているにもかかわらず、嫌がらせ等不当な目的でその方に対してだけ出社を求めたり、テレワークが相当の期間続くという前提で、育児や介護等の負担を負っていた方に対し、いきなり予告なく制度を廃止し、連日の出社を求めるようなことがあれば、出社命令が人事権の濫用であると判断される可能性があるでしょう。」と述べている。

仮に会社が、特定の社員に対して、ある時期には出社しなくても問題としていなかったのに、何かあってからの嫌がらせなど不当な目的で、元々なかった出社ルールを後付けでころころ変えて問題にすることがあれば、人事権の濫用であり、許されるはずはない。

元社員に対する退職勧奨が始まったのは2022年5月16日だった。オンラインミーティングを通してだった。退職勧奨であるにもかかわらず会社側はその日のうちに元社員に対して社内システムへのアクセスを一方的に遮断した。これは、歴史的にも米系外資企業で行われてきたようなロックアウト解雇を思わせるもので、筆者は強い不快感を覚えた(機密保全を盾に、裁判になった場合に会社側が不利になるような資料を社員に持ち出されないための作戦、ともいわれている)。現時点での裁判官の心証は何ともいえないが、会社側主張に疑義が持たれる証拠資料が見つかり始めたことに加え、これからの証人尋問次第で、実際に解雇目的の人事権濫用であったという心証を持てる段階になれば、元社員にとって救われる判断になる可能性はある。

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