少なくとも

『短編小説』第1回 少なくとも俺はそのとき /全17回

 暗がりの中で派手な音楽が流れていた。クラブミュージック?と男は思ったが、その男はクラブミュージックがどんなものなのかなんて知らない。〝クラブミュージック〟という分類にただ分けられる音楽があるのか、それとも〝クラブミュージック〟というジャンルがあるのか、それだってはっきりしないのだ。ただ男にとってそれは派手に値する音楽だった。耳障りだ、と思いつつもどこか体の芯から温めるような音楽。……どうであれ、男はその音楽が嫌いじゃない。
「二名様~!ご指名はございますか?」
男の前に二人の若者が現れる。二人は入店するなり学生証をその男に見せた。
「学生様ですね~!二千円割引になりま~す!」
男がそう言っている間にも、若者二人は店内に掲げられた電子看板に見入っている。二人でひそひそと話しているようであったが、「こりゃないわ~」とか「この子いいじゃん」と言った声が聞こえる。聞こえはするが、まあほとんどその男の耳には入ってこなかったに等しい。聞こうとする気がないのだ。
「じゃあ、この子とこの子で」
一人の若者が男にそう告げる。
「マミちゃんと、ナギサちゃんですね~。……っあ、えっと、マミちゃんが四十分待ちになっちゃいますね~」
男がそう答えると「えー」と若者の一人が声を上げる。それからまた電子看板に目を向け、「じゃあこの子はどうですか?」と聞いてきた。
「サキちゃんは空いてますよ。えーっと……、十分くらいでご案内出来ますね~」
「じゃあ、この子で」と若者は答え、男は二人を待合室に通した。
 男は壁に取り付けたあったマイクを手に取り
「さ~、イベントイベントイベント!今日は何の日?隅田川花火大会!今ここにいるってことは花火なんて見に行かないのだろーけど、今日はここで女の子の花火を見ていって下さい!本日の女の子はみ~んな浴衣!浴衣!浴衣!存分に楽しんで~!」
誰が聞いているかも分からないアナウンスを終えて、男はマイクを元あった場所に戻した。暗がりの中で、女の子の喘ぎ声が細々と聞こえてくる。腰より少し高いくらいの間仕切りの中で、男はみっともないくらいに裸になり、女の子たちにモノをくわえさせては、恥ずかしげもなく声を上げていた。
 男はそんなものを見ても何も感じられなかった。……いや、何も感じなくなってしまったのだった。以前は、確かに興奮していた。男は女が好きだったし、女の裸が好きだった。普通の男性と同じように、普通の場面で興奮したし、勃起した。ただ今はどうだろう?男は、女の体を見過ぎてしまっていた。見過ぎてしまったのか、この一年で急激な老化に伴って性欲が激減してしまったのか、男には分からなかった。しかし後者は考えにくかった。男は一年で急激に性欲が激減したという話なんて聞いたことがなかったからだ。それに男は今年三十だ。そりゃ中学生のような発情はないにせよ、まだまだ性欲はあって然るべきだし、あって当然のものである。それが男としての尊厳でもある。それなのに男は、この店でいくら女の体を見ようが、それは男にとっての興奮には値したいものになってしまったのだった。悲しいが、それは男にもどうしようもない事実だった。
 いつから俺はこんなんになってしまったのか……。男はただそう思う他なかった。

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※次回は水曜日

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