会話のないデート

短編小説 『会話のないデート』 最終回/全5回

 目の前にゴンドラが到着すると、私たちは二人してそれに乗り込んだ。しっかりと手を繋いだまま、彼はしっかりとリードしてくれる。ドアが閉められると急に静かになって、なんていうか、月並みな表現だけど世界には私たち二人だけしかいないんじゃないかと思えてしまう。ゆっくりと上に登るゴンドラの中、彼はずっと外に視線を向けていた。海が広がるその景色は確かに綺麗だけど、私はもう少し彼の顔を見ていたかった。
「あ」
ずっと静かだった二人の間に、一つの言葉が落ちた。ふいに彼が放ったそれは、随分と懐かしく、それでいてなんだか初めて聞くような声でもあった。彼は窓の外を指差している。それで何かを伝えようとしてるけど、その表現が私には全然分からなかった。
「え?」
思わず声を出してしまう。それでも彼はそのジェスチャーをやめようとはしなかった。しつこいくらいに、やめようとはしなかった。
「言ってよ」
わがままだって分かってるけど、私は自分から声を出して聞いた。その様子に彼は驚き、ジェスチャーをやめて私を真っ直ぐに見ていた。
「いや、でも……」
「もう喋っちゃってるじゃん」
「うん……、その、ごめん」
「なんで謝るの?」
「だって喋らなかったから」
私が今日喋らなかったのは彼のせい。だって彼が、私に別れようなんて言うから。
「だって喋りたくなかった。喋ってたら余計に悲しくなる。だったら最初からない方がいい」
「ない?」
「思い出なんてない方がいいから……」
私がそう言うと、彼は黙った。……分かってる。思い出はもう十分なくらいに私の中に詰まってる。だから、だからこそ、もうこれ以上は増やしたくなかった。
「うん、ごめん……」
「もういいよ、謝らなくて」
「……ごめん」
「何度言わせるの」
彼の気持ちが私にないこと、なんだか分かっていたような気がする。だけど私はそこから必死に目を背けようとして、その言葉を彼が言わないようにしていて、だけどこうして、やがてその日は嫌でも来てしまうんだ。……今日、横浜に行きたいなんて言わなければよかった。初めてデートしたこの場所が、彼にその決心をしてしまったんじゃないかって今更後悔した。
「……」

最後の最後で、私は何も言えなかった。だけどこの彩られた風景は何か、私の失った言葉を形作ろうとしているみたいだった。

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