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ちいさな、ちいさな、みじかいお話。

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2018年5月の記事一覧

長編小説『becase』 16

長編小説『becase』 16

 私は目の前に置かれている、美知が頼んだ私のお酒を一口飲んだ。そうして気持ちを落ち着かせ、静かに言った。
「……頑張りなさい」
何を?と聞かれれば、なんだろうと首を傾げるだろう。明確に何を頑張ればいいなんて事私には言えない、というか、そんな理由があっての事じゃないのかもしれない。私はとてもいい加減な気持ちで彼女に「頑張れ」と言っている。人に聞かせる程の愛なんて込めていない、ただの独り言のように彼女

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長編小説『becase』 15

長編小説『becase』 15

「でも……やっぱり分からないです」
やっと口を開けた美知の声はやはり、とても小さなものだった。
「美知ちゃんにも、好きな人ができたら分かるよ」
こういう言い方はあまり好きじゃないけど、それ以外に言葉が思い付かなかった。私は少し、この子の奇麗な横顔に嫉妬しているのかもしれない。
「……どうにかなりませんか?」
「どうにか?」
「どうにか、仕事を辞めないで済む方法……」
美知の目がまた私に向けられる。

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長編小説『becase』 14

長編小説『becase』 14

「でも、どうしてですか?」
「……なにが?」
「それで、なんで仕事を辞めるんですか?」
私は美知を見つめた。なんて奇麗な肌をしているのだろう。こんなにこの子を近くで見た事があっただろうか。目元に控えめに存在するそのほくろは、男を落とすのにもってこいなのに。
「美知ちゃんは、彼氏いる?」
無言のまま首を横に振った。一往複もしないくらい、控えめな振り方だった。
「私は、その人の事が大好きだったのね」

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長編小説『becase』 13

長編小説『becase』 13

 じれったい。じれったいけど、可愛らしい。愛らしい。すぐ横にいるのに、明るさのないせいで曖昧になった美知の横顔を眺めながら私は言葉を続けた。
「彼が、いなくなっちゃったの」
ゆっくりと顔を上げた美知の目は、やっぱり何にも感じていなかった。ここがもう少し明るかったなら、彼女の目から私はもう少し彼女の気持ちを受け取る事ができたのだろうか。どうだろう。でも、きっとこの場所がいくら明るかったとしても、きっ

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