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長編小説『becase』 16

 私は目の前に置かれている、美知が頼んだ私のお酒を一口飲んだ。そうして気持ちを落ち着かせ、静かに言った。
「……頑張りなさい」
何を?と聞かれれば、なんだろうと首を傾げるだろう。明確に何を頑張ればいいなんて事私には言えない、というか、そんな理由があっての事じゃないのかもしれない。私はとてもいい加減な気持ちで彼女に「頑張れ」と言っている。人に聞かせる程の愛なんて込めていない、ただの独り言のように彼女にそう言った。
 美知の目が私の横顔に突き刺さる。私の本心を知ってか、それともそんな事気にもとめず、純粋に頑張ろうと思っているのか……。やっぱり美知の目からじゃ、私は彼女の気持ちなんて全くと言っていい程掴む事ができない。
 空気に馴染んだ煙草の煙はいつしか消えて、カウンターに座っていたその人もいつの間にかいなくなっていた。その空席に、静かな温度を感じる。
「……探してみようと思うの」
美知の目が泣き出しそう。そんな事も構わず私は続けた。
「彼を……探してみる」
彼女が私を連れてきたこのバーで、私は彼女になんて告白をしているのだろう。彼を探したいから仕事を辞めたなんて事、口が裂けても言えないと思っていたのに、気付いた時にはもうそう言ってしまった後だった。結局、私と美知の前に置かれている、このチチというお酒はなんだったのだろう。美しく笑っているカクテルと、泣き出しそうな美知の顔が、この薄暗い店内に徐々に溶け込んでいった。

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