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( 引用 ) 三浦しをん 「骨片」

「明日からは餡をこねるのです」
わずかな沈黙さえも耐えがたく思われ、私は早口でしゃべった。「文学とも、ましてや国の発展とも関係のない毎日で……」
私の言葉は掠れて途切れたが、先生はそれには気づかなかったかのように少し微笑んだ。
「私も国のためになるようなことはしたことがないな」
と先生は言った。「それにね、蒔田さん。文学は確かに、餡をこねること自体には必要ないのかもしれない。だが、餡をこねる貴女自身には、必要という言葉では足らないほどの豊穣をもたらしてくれるものではないですか」

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