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マイナス×マイナスがプラスになる理由をファストフード店を例えに説明した結果

 人に物事を説明するというのは案外難しい。相手が幼ければ幼いほどその難易度は増す。「空はなんで青いの?」とか「雲はどうやって浮いてるの?」なんてのは典型的は例だろう。だから俺は、
 
「マイナス×マイナスはなんでプラスなんですか?」

 という後輩の問いに答えるのに少々時間を要した。
 後輩の有馬(ありま)曰く。今日、数学の授業で正の数と負の数の掛け算を習ったのだが、「マイナス同士の掛け算の答えがプラスになる」というのがどうしても納得できないらしい。

「で、有馬は理由を訊いたのか?」
「はい。けど、先生は『そういう決まりだから』だけで後は何も言わなかったんです。数学教師のくせに説明できないとかありえないと思いません?」

 なかなか毒舌だな。ただ有馬の言うことも一理ある、生徒の素朴な疑問に丁寧に答えるのが教師の役目だろう。
 それはともかく、まずはどうやって説明するかだ。専門的な言葉を使うのはなるべく避けたい。

「……そうだな。じゃあ有馬、マイナスとプラスをかけたらマイナスになるのは分かるな?」
「わかります」
「OK。ならこの式を見て何か気付いたことはあるか」

  (-1)×3=-3
  (-1)×2=-2
  (-1)×1=-1
  (-1)×0=0
  (-1)×(-1)=1
  (-1)×(-2)=2
  (-1)×(-3)=3

「下にいくほど1ずつ増えてますね」

 より正確に言えば、掛ける数が1減るごとに積が1ずつ増える、だな。まあ、ここは大目に見よう。
 マイナス同士の掛け算の説明では、これがメジャーな方法だ。納得させられるかどうかは微妙なところだが……。実際、有馬は顔を渋らせている。

「有馬、俺の説明分かりにくかったか?」
「いえ。先輩の言いたいことはわかります。でも、式だけだとピンと来ないというか……スッキリしませんね」
 
 やはりそうか。ならば……、

「わかった。ならファストフード店を例に考えよう」

 有馬は「え?」と素っ頓狂な声を出した。俺なんか変なこと言っただろうか。……まあいいや。

「仮に値段が150円のハンバーガーを1個買ったとしよう。この場合、所持金が150円減るからマイナスだ」

 有馬は「そうですね」と言って頷く。俺はそのまま話を続けた。

「だが、出てきたハンバーガーが注文したものとまったく違っていた」
「私、そういうのしょっちゅうあります」

 その店、絶対悪意でやってるわ。

「有馬、お前ならどういう対処を取る」
「店員の人に『注文したのと違います』って言います」
「だな。じゃあ、注文したハンバーガーはどうする?」
「当然、作り直してもらいます」
「そこは『返品する』にしてくれ」

 有馬はめんどくさそうな顔で首肯した。俺は人差し指をピンと立てて言った。

「返品するということは、ハンバーガーが1個減ることになる。つまり-1個だ。そして払ったお金は」
「……返してもらう?」
「そう、つまり返金だ。これで150円戻ってくる。まとめるとこうだな」

 俺はルーズリーフを手に取り、すらすらと文字を書いていく。

 1.150円のハンバーガーを1個注文→所持金が減るので150円のマイナス。
 2.出てきたハンバーガーが、注文したものと違っていたので返品した→1個減ったので1個のマイナス。
 3.返金したので150円のプラス。

 式で書くと(-150)×(-1)=150

「これでどうだ?」
「うーん。だいたいはわかりました。でも、これ150円戻ってきても気分はマイナスですよね」

 まあ、確かにな。痛いとこ突かれたわ。

「……あの、マイナスとマイナスを掛けたら絶対プラスになるんですか?」
「そうじゃなかったら、今まで説明した意味がねぇだろ」
「そうですが、例外もあるのかなと思って」

 案外鋭いな。実数の範囲ならマイナス×マイナス=プラスだが、複素数同士の掛け算は、マイナス×マイナス=マイナスになる。今言ってもいいが、初学者に複素数は難しいか、……この話は後のお楽しみにしておこう。
 

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