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『桃太郎』の語り手と登場人物が全員大阪弁で喋ったら

 むかし、あるところにおじいさんとおばあさんがおった。おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行った。
 おばあさんが川で洗濯しとると、川上から桃がどんぶらこ、どんぶらこ、と流れてきよった。

「あら、こら見事な桃やなぁ。お土産に持って帰ろか」

 せやけど、桃が大きすぎておばあさんの力ではよう持ち上がらへん。誰かに頼もうか思うても人がおらん。

「仕方あらへん……こうなったら意地でも持ち上げたる」

 おばあさんは火事場の馬鹿力ならぬ浪速の馬鹿力で桃を「せいやっ!」と持ち上げ、洗濯物と一緒に盥(たらい)の中に入れて家に帰った。
 夕方になって、おじいさんが山から柴を背負って帰ってきた。

「ばあさん、今帰ったで」
「おや、おかえんなさい。待ってたで。ええもんをあげたる」
「ええもん? なんか知らんけどそれはありがたい」

 おじいさんは草鞋を脱いで、上に上がった。その間におばあさんは戸棚の中から拾った桃をかかえて来た。

「ほら見てみ。この桃」
「はー、こんな大(お)っきい桃初めて見たわ。どこで買(こ)うて来たんや」
「買うたんちゃう。今日川で拾うて来たんよ」
「拾うた? そらまた珍しい。ほな、さっそく割ってみよか」

 おじいさんが斧で割る準備をしとると、だしぬけに桃はぽんと二つに割れてしもうた。しかも、中から赤ん坊が産声をあげて飛び出てきた。

「おやおや、まあ。あんた、危なかったねぇ。少しでも遅かったらこの子死んどったよ」
「ホンマやな。もしかしたら、身の危険を感じて割れたんちゃうか」
「そうかもしれへんね。きっと、どうしても子どもが欲しい言(ゆ)うてたもんやから、ビリケンさんがこの子を授けてくださったんやわ」
「お前、通天閣行ったことないやろ」

 二人は顔を見合わせながら、おもろそうに笑うた。ほんで、子どもは桃から生まれた子やから桃太郎と名付けられた。

 大事に育てられた桃太郎は成長するにつれて、体がめっちゃ大きなって近所の村でかなう者(もん)がおらんくなるほどに強くなった。そのくせ気だては優しいておじいさんとおばあさんによく孝行した。
 十五になるころには、日本の国じゅうで桃太郎より強い者はおらんようになった。そこで、桃太郎は外国に出かけて腕いっぱい力試ししてみとうなった。
 そんなとき、外国の島々をめぐって帰ってきた人から、桃太郎はこんな話を聞いた。

「もう何年も船を漕いでいくと、遠い海の果てに鬼ヶ島っちゅう所があんねん。でな、悪い鬼どもが厳(いか)めしい城ん中に住んで、いろんな国からかすめ取った宝物(もん)を守っとるらしいわ」

 桃太郎はその話を聞いて俄然鬼ヶ島に行きたくなった。そこで、桃太郎は家に帰って言うた。

「鬼ヶ島へ鬼の征伐に行きたい思うてんねん」
「鬼ヶ島がどこかは知らんけど、挑戦することはええこっちゃ」
「よっしゃ。それやったら、うちがお弁当をこしらえたる」

 そう言うて、二人はでっかい臼を持ち出して、きぬを取るときび団子をつきだした。きび団子が出来上がるとおばあさんは桃太郎に渡して言うた。

「ホンマはたこ焼きにしたかったんやけど、たこがなかったんよ。ごめんなぁ」
「食えたらなんでもええやろ。なあ」
「……そやね」

 桃太郎は陣羽織を着て刀を腰にさして、きび団子の袋をぶら下げた。

「ほな、行ってくるわ」
「怪我に気ぃつけや」
「なあに、大丈夫や。日本一のきび団子を持ってるやさかい」

 そう言うて、桃太郎は鬼ヶ島へと出発した。
 
 桃太郎は大きな山の上に来た。すると、草むらの中から犬が一匹かけてきた。桃太郎が振り返ると犬は丁寧にお辞儀して、

「桃太郎はん、お腰につけたきび団子、おひとつ、わしにくれへんか」

 ジジ臭い喋り方しよんなこいつ。そもそも、犬が喋ってる時点でおかしいやろ。……いや、自分も桃から生まれてるし人のこと言われへんな。桃太郎はきび団子を渡して仲間にした。

 山を下りてしばらく行くと、今度は森の中に入った。すると木の上から猿が一匹かけおりてきた。桃太郎が振り返ると猿は丁寧にお辞儀して、

「桃太郎はん、お腰につけたきび団子、おひとつ、わしにくれへんか」

 今更思うたけど、こいつらなんで俺の名前知ってんねや。初対面のはずやぞ。自己紹介した覚えもないし……どないなってんねん。桃太郎はきび団子を渡して仲間にした。

 山を下りて森を抜けて、今度は広い野原へ出た。すると空の上から雉が一羽飛んできた。桃太郎が振り返ると雉は丁寧にお辞儀して、

「桃太郎はん、お腰につけたきび団子、おひとつ、わしにくれへんか」

 なんとなくこうなるとは思うてた。桃太郎はきび団子を渡して仲間にした。
 犬、猿、雉を味方につけた桃太郎はやがて広い海ばたに出た。そこにはええ具合に船が一艘つないであった。
 桃太郎と犬、猿、雉はこの船に乗り込み、犬は漕ぎ手を、猿はかじ取り、雉は物見を務めた。
 目の回るような速さで船を走らせとると、ついに鬼ヶ島が見えてきた。近づくにつれて硬い岩で畳んだ城が見えた。見張りをしとる鬼の兵隊の姿も見えた。

 桃太郎は、犬と猿を従えて、船から陸の上に飛び上がった。見張りをしとった鬼の兵隊は、その見慣れへん姿を見ると、えらい驚いて慌てて門の中に逃げ込んだ。ほんで、門を固く閉めてしもうた。犬は門の前に立って、

「日本の桃太郎はんが、お前らを成敗しに来たぞ! 早(は)よ開けろ!」

 鬼は犬の声を聞くと、さらに中から扉を押さえつけた。そしたら、雉が屋根の上から飛び下りてきて、鬼どもの目をつついたった。鬼は耐えらへんくなってついに逃げ出した。その間に、猿が高い岩壁をよじ登って、造作もなく門を中から開けた。

「よっしゃ、行くで!」

 桃太郎たちが城の中に攻め込んで行くと、鬼の大将も大勢の家来を引き連れて太い鉄の棒を振り回して向かってきた。
 せやけど、体がでかいだけで力のない鬼どもは犬、猿、雉の攻撃に太刀打ちできずあっさりと降参した。
 鬼の大将も桃太郎の力になす術なく組み伏せられた。

「どや、降参するんか、せえへんのか、どっちや」
「降参する! 降参するから命だけは取らんでくれ! その代わりに宝は残さず渡したる!」
 
 桃太郎たちはたくさんの宝を残らず積んでまた船に乗った。帰りは行きよりも走るのが速くなって、間もなく日本に着いた。
 無事に帰ってきた桃太郎の姿を見ておじいさんとおばあさんはえらい喜んだ。

「ようやった。それこそ日本一、いや世界一や」
「ホンマや。怪我がなくて何より」

 桃太郎は犬、猿、雉の方を向いて言うた。

「どや、鬼征伐はおもろかったなぁ」

 犬は嬉しそうに吠えながら立ち、猿は笑いながら歯をむき出し、雉は鳴きながら宙返りした。喋らへんのかい。
 空は青々と晴れ上がって、庭には桜の花が咲き乱れとった。
 

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