寿司
土曜日の夕方、市川は寿司屋にいた。
市川の実家の富山では、魚料理には困らなかった。
富山湾の形が魚をおびき寄せ、まるで生け簀の様に旬の美味しい魚が集まる。
東京に来て、急に魚が食べたくなり、新橋の寿司屋にやってきた。
新橋には、安くて味の肥えたサラリーマンを唸らす名店がいくつもある。
これは動物園のバイト先の佐々木さんが教えてくれた事だ。
カツオ、鯛、白魚、ホタルイカ。。
ホタルイカはツマミで、酢味噌で頂くのが好きだった。
日本酒がすすむ。
白魚の寿司は、その透明感から新鮮さが伝わった。
日本酒がすすむ。
ほんのり炙られたカツオにみとれて目がうっとりしているその時、市川の携帯に電話が鳴る。
おそるおそるスマホをスライドさせる。
珍しく女性の声だ。聞いた事あるような、ないような。
スマホの裏側で、なんだかギャーギャーギャーギャー騒いでいる。
「今寿司食ってるからじゃますんじゃねえ!」
酔った勢いも手伝い、市川は気が大きくなっていた。
大将が静かに握る寿司屋のBGMとしてはあまりにも似つかわしくないので、先程とは逆方向へスライドし、なかったことにした。
次は鯛の昆布締めだ。
日本酒がすすむ。
市川のお腹がフグのように膨れた時、市川の握るお札がまたたくまにレジに吸い込まれていく。
真っ赤な顔と真っ赤な目を見て、キンメダイのようだと笑われながら、千鳥足の市川は、自宅へ帰るべく、一台のタクシーを呼ぶのであった。
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