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次男の「不登園」終わりました。

いわゆる「不登園」だった次男ですが、5月のGW明けから、徐々に幼稚園に通い始めました。
約1ヶ月が経ち、登園ペースも確立できたので、記事にします。


GW中にDLした「復学する感覚」

このGWは、私が以前住んでいた長野へ旅行に行きました。(参考:「子ども時代の思い出の地を、再訪するススメ。」
私は小3−4と不登校でしたが、小4で長野に引っ越して復学しました。

懐かしい長野の空気と景色を見て、そのときの感覚がありありと思い出され、「不登校から復学する感覚」が私の中にダウンロードされました。

私の中にあった「不登校だから辛い小学校時代だった」という思いが一掃され、「私は不登校を乗り越えたし、楽しい思い出もたくさんあって、全体的に見たらなかなか良い小学校時代だった」という風に、記憶が塗り替わりました。

私の「小学校時代」の記憶が変わり、子ども達に話す内容が変化し、まずは「次男の不登園」から変化が始まりました。



4月は付添い登園

4月中は、転園した先の幼稚園にも、なかなか行きたがりませんでした。(去年から不登園になり、前園は退園しました。)

「行けないなら無理に行かなくても」と、さっさと生活を切り替えようとした私を引き止めてくれたのは、新しい幼稚園の園長先生でした。
「まだわかりませんよ、しばらくは付添登園が必要でしょう」と。

付添登園が面倒だった私は早くに登園放棄しそうになりましたが、私が諦めたら、本当に幼稚園生活は終わりです。
「付添登園」への自分のイメージを変えながら、何回か次男の登園に付き合いました。

「付添登園」は、「なんのためにやるのか」「自分にとってどう役立つか」をキチンと明らかにしてから取り組むと、苦になりませんし、疲れることもありません。

そうして付添登園の時期を過ごし、私がGW中に長野で復学する感覚をDLしたら、GW開けに彼は別人のように変化しました。


幼稚園へ行くことはカッコいい

もともと次男の不登園は、兄の不登校の真似だろう、と私は感じていました。

4学年違いの長男に次男は強い憧れがあり、お兄ちゃんのやってることはカッコいいこと、正しいこと、と捉えている節がありました。
ゲームでもかけっこでも、なんでも勝負を挑んでは負け、いつも悔しがって大泣きします。

そこで、「4学年違うのだから、キミはゲームや何かでは、お兄ちゃんには絶対敵わないよ。でも君たちは全く違う人間なのだから、お兄ちゃんとは違う場所で勝負しな。例えば、幼稚園へ行くとか。」と話しました。

そこで次男は「え?幼稚園へ行くってカッコいいの?」と聞いてきたんです。

私は長男に「学校は行かなくても大丈夫、キミという人間の価値にはなんの関係もない」と話してきたので、それを横で聞いていた次男は、この話を聞いた上で「行かない」と兄が判断しているのだから、「行かないほうが絶対にカッコいい、おまけにラクだ」と考えていたのだと思います。


困難を乗り越える、という楽しみ

「幼稚園に行くことはカッコいいことだよ!幼稚園時代の思い出が、沢山ゲームしたなーってなるより、こんなお友達がいた、こんなことやって遊んだ、こんな楽しいことがあった!って思える方が幸せだなってママは思うんだけど、次男くんはどう思う?今のお兄ちゃんにお友達がたくさんいるのも、ちゃんと幼稚園に行ったからだよ。」

と話したら、次男は納得し、「幼稚園で楽しいことする!お友達作る!そして幼稚園頑張ったら、V-bucks(ゲームの課金)買ってくれる?」と、ご褒美までねだってきました。笑

「いいよ。V-bucksのために頑張るのでいいけれど、それを通じて幼稚園の楽しさや、お友達を見つけてきてね」と約束し、この約束に関しては何回も言って聞かせ、「幼稚園でお友達と楽しいことを見つけてくるんでしょ!」と、5才児が復唱できるくらいに仕込みました。

その成果か、今日はお友だちができたとか、こんな楽しいことがあったと、幼稚園バスを降りて一番に報告してくれるようになりました。もちろん、こんな嫌なことがあった、という報告の日もあります。

最初の1週間はV-bucksのためと言って頑張っていましたが、2週目には「幼稚園にまだお友達はいないけど、次男くんは頑張るんだ!」と自ら宣言して行くようになり、今では嫌がっていた給食も、持参した弁当を食べた上で、好物のお替りまでしているようです。笑

「困難を乗り越える経験」になったかな、と感じています。



行った経験も、行かなかった経験も、「知見の広さ」になる

幼稚園と小学校では復学する難易度も違うので、長男に関しては、あくまで彼のペースでいいとは思っていますが、そんな長男も、伸ばしっぱなしだった髪を切り、料理に目覚め、家の手伝いをするようになりました。

「復学する」ばかりが乗り越え方でもなく、私は復学したけれど、長男には長男なりの道があって良いと思います。

一方で私の超個人的な考えとしては、息子にいろんな環境を味わい、いろんな世界を経験してほしいので、学校に行かない今の生活も含め、この学校生活の中で居心地の良さを発見する経験も味わって欲しいと思っています。

ぜひ他の学校生活も経験してみてほしいですし、いろいろ経験して知見を広げてもらいたいです。
その過程で、この不登校を「乗り越える」という感覚が出てきそうだと思っています。



私はどうやって「不登校」を乗り越えたのか?

元不登校児の私は、どうやって不登校を乗り越えたのでしょうか。

振り返ってみると、それは「もう一度学校へ行こうと思ったから」としか言いようがなく、ようは「自分で行くと決めた」というそれだけなのですが、私の意識がそう変化した要因には、いくつかあると思います。

両親> 登校や復学を無理強いすることがなかった(休める安心感)。
環境> 転校を繰り返したことで、タフになった。
    学校以外の生活が、既に楽しかった。

親が「学校へ行け」と言わなければ、「行く」と決めるのは私だけです。

転校を通じて世界の広さをなんとなく実感していましたし、私はどこへでも行ける感覚がありました。ある意味、勝手にタフになっていたと思います。

また、学校外の生活がすでに楽しかったので、1日全部を楽しい時間にするために、学校に行こうと思うようになりました。

復学した頃は「学校に行かなくても人生は楽しい、でも行くと、もっと楽しい」そんな感覚だったと思います。


「不登校」は、「困難を乗り越える経験」にできる

大人になって振り返ると、小3−4の頃の不登校は、私が初めて「困難を乗り越えた」と、自覚した経験でした。

「学校に行けなかったことがある」と他人に話すのも、全く恥ずかしくなかったし、私はすごいことを成し得たのだと、ある意味で誇りに思っていたと思います。就職活動でも、自己PRに使ったくらいでした。

きっと長男にとっても、そんな経験になると思っています。

そして全国に沢山いる不登校児たちにとっても、そんな糧になる経験にできると確信していますし、私はそんな彼らのためにも「不登校児の親御さん」に私の経験をシェアしながら、コーチングを通じてサポートを提供します。

親が変われば、子どもは変わります。
子どもに出ることは全部、親に何かを教えてくれるためにあります。
一緒に見つけてみましょうね。



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