ミハルカ・テーゼの章(4)【掌編小説】
――親愛なるミィハへ
お元気ですか? 私は元気です。
あなたとお喋りしていたのが昨日のことのようになつかしい!
この数ヶ月で、私の髪やまつ毛はすっかり白くなってしまいました。以前にも話したとおり、私の家系の人たちは扱える魔力の種類によって髪の色を変えます。中でも白はとても珍しいそうです。
まだ私たちの家に御三家だなんて区切りがなかった時代にこの国を救った、初代大賢者様の髪がこの色だったそうです。私はこのことをとても誇らしく思います。私にも魔法の才能があったなら、今頃はお父様をしのぐ大魔導師になっていたかもしれません。
いま、私の頭の中のミハルカは口元を隠しながら「そうね」と言って笑いをこらえています。この手紙を読んでいるあなたも、同じ顔をしているのかしら?
卒業式、一緒に出られなくて残念です。あなたのスピーチを聞きたかった。とはいえ私は単位が足りなくて卒業できないので、しばらく休学を続けて、無事に復学できたら……あなたと同じ研究室で働けるよう、一生懸命勉強したいと思います。
惚れ薬の作り方がわかったらこっそり教えてね。
卒業おめでとう。どうかお元気で。
――あなたの友、エリーネより
✳︎ ✳︎ ✳︎
- epilogue -
神父が昼食の片付けをしていると、共に暮らす子どもたちが肩や手足に飛び乗ってくる。しまいには彼の白く長い髪や片眼鏡を引っ張ったり、手や口元にパンくずをつけたまま外へ飛び出していく子もいた。
「そろそろお昼寝の時間だよ。ほら! お外はまたあとにして……」
「神父さま! お客さまがきたよ!」
入り口に目をやると、年長の少年に連れられてひとりの女性が礼拝堂に足を踏み入れていた。
後ろで几帳面に結われた褪せた緋色の髪に、左右で異なる瞳の色が美しく――神父はしばらくの間、ぼうっとその顔を眺めていた。
「こんにちは……私の顔に何かついていますか?」
そう微笑まれたからには、その佇まいの凛々しさとの差にあてられ、彼は耳まで赤くしてまごついてしまうのだった。
「い、いいえ……何かご用でしょうか」
そもそもこんな辺鄙な森の奥にわざわざ足を運ぶ者はほとんどいない。ましてや、魔障により居場所をなくした子どもたちの暮らすこのような場所には――。
その時、彼は女性の首に光るバッジに気付く。黄金に輝くそれは、大空へ羽ばたく鳥の姿をかたどった特別な意味のあるものだった。
「申し遅れました。王立研究所から参りました、ミハルカ・テーゼと申します。この辺りに魔障の子どもたちを受け入れている教会があると聞き、治療薬を届けに来たのです」
そう言って彼女は大きなトランクの中身を広げると、一人一人の子どもの症状に合わせて、飲み薬や塗り薬を丁寧に調合していった。
まるで子どもたちに聞かせるおとぎ話に出てくる精霊か女神のような人だと彼は思った。
その数ヶ月後――彼は自分の淡い想いに基づいた幻想が現実のものとなったことを知ることとなる。
人々は彼女をこう呼んだのだ。
麗しき創薬の女神――ミハルカ・テーゼと。
(了)
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