聖女ミェゼの章(1)【掌編小説】
聖女ミェゼの第一印象は、小鳥のような声の人、というものだった。
衛兵である僕が彼女と顔を合わせることはない。朝昼晩と数人の世話係が出入りする扉の前で、日がな一日見張り番をする仕事についた。夜は別の者と交代するが、互いの名前や素性を教え合うことは禁止されている。
「今日から新しい方なのね。お名前を聞いてもいいかしら?」
「ナスカと申します、聖女様。今日から配属になりました。これからどうぞよろしくお願いいたします」
深々と頭を下げると、着慣れない鎧がガシャリと音を立てる。扉の向こうで聖女様は微笑んだようだった。
「ふふ……素直な方は好きよ。でも、ここでは名乗ってはいけないと言われたのではないかしら?」
「え?」
交代の見張り番相手については確かにそう注意された。しかし聖女様に関しては、特に何も言われなかったと記憶している。
「そのようなことは……ないかと……」
甲冑の中で滝のように汗が吹き出るのを感じた。僕はしばしば、こうした認識の違いで咎められることがあった。前の職場も、その前の職場も……それが原因でクビになったのだ。
「あなた変わってるのね。あの噂を信じてはいないの?」
「噂といいますと……」
「私が魔女だという噂よ」
初耳だった。
「亡きお父上のお力を継いだ聖女ミェゼ様は、人々の魔障を癒し、多くの民を救った救世主です。そのような方を魔女だなどと言う者は、この国には一人もおりません!」
扉に向かってそう叫ぶと、クスクスと笑い声が返ってきた。
「あなたに噂話をしてくれる友人が一人もいないことはわかったわ」
「そ、それは……仰る通りなのですが」
何も言い返せなかった。聖女様はまだ一人で笑っている。
「でも実を言うと、そのほうが嬉しいの。私も友人なんていないのよ。だから話し相手が欲しくて。明日からも付き合ってくださるかしら?」
そのとき何故だか、身体の底から湧き上がる喜びを感じた。こんな風に人から求められたことなど、今までの人生で一度もなかったのだから。
「もちろんですとも!」
勢いよく答えると、閉ざされた黄金の扉の向こうから上機嫌な声が聴こえてきた。
「ありがとう。よろしくね、ナスカ」
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