聖女ミェゼの章(2)【掌編小説】
聖女様はとても博識だった。持ち主の魔力によって身体の色を変える使い魔や、全身がお菓子でできた空飛ぶドラゴンの話、太古の魔術師が残した禁断の魔導書の話。
そのどれもが、世の中のことをよく知らない僕の心を素晴らしくワクワクさせるのだった。
「……というのは全部嘘よ。忘れてちょうだい」
「ええっ!」
そして僕はしばしば、こうして聖女様の嘘に騙されている。
「ナスカは本当に人がいいんだから。聞いていて、途中で何かおかしいなとは思わないの?」
「ただ、とても……興味深いお話だと……」
こんな自分では話し相手として不足なのではないかと不安になる。
昔はよくご公務で王都に出られていた聖女様も、僕がこの仕事についてからはこの城から出ている様子はない。それどころか、この部屋からでさえも……。
「聞かせてあげられるお話はまだ山ほどあるわ。王宮図書館にあった本の内容はほとんど頭の中に入っているの。あそこには意外とフィクションのたぐいが多く置いてあるのよ」
そう言って、聖女様は歌を歌い始めた。僕には内容のわからない昔の言語で書かれた歌だそうだ。
「どういう意味の歌なのですか?」
「さあ……私にもわからないわ。でもきっと悲しい歌ね。そんな気がする」
スウ、と、扉越しに息を吸う音がする。
「くらき祈りよ……そのみたまの在りしみそらよ……」
小鳥のさえずりのような細やかな音色。
「詩をつけて歌うなら、こんなところかしら?」
僕にはよく意味がわからなかった。それでも、どこか心の奥底に触れるような歌声だと思った。
「……ナスカ? どうしたの?」
「すみません、なんだか感動してしまって……」
気付いたら革の手袋で涙を拭っていた。
「子どものとき、こんな風に歌を歌ってくれる人がいたらよかったと、そう思ったんです」
僕は幼い日に寒空の下で見た、顔も思い出せない母の姿を思い浮かべていた。
そんな僕に聖女様は、ただ一言……いつでも歌ってあげるわ、と囁いたのだった。
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