ミハルカ・テーゼの章(2)【掌編小説】
「ねえミハルカ、勉強会はどうだったの? 楽しかった?」
まるでデートの報告を待ちわびる少女のような瞳で、エリーネがたずねてきた。
「楽しかったかどうかはわからないけれど……とても興味深い内容だったわ。詳しく聞きたい?」
「ふふ……遠慮しておくわ!」
予想通りの反応だ。
「で……誰か気になる人はいた?」
エリーネがずいと距離を詰めてくる。
第一賢者様の主催する魔導薬学の勉強会には、年齢や専門を問わず20名ほどの魔導師が参加していた。
そのうち数人とは、古代語で書かれた文献をめぐって深い話もできた。
「気になる人……そうね、何人か」
「そんなに!?」
「どうして驚く必要があるの?」
エリーネはこぼれ落ちそうな瞳を更に丸くしている。かと思ったら、今度は少し残念そうな顔をした。
「うーん……やっぱり私も参加すればよかったかも」
「話してみたければ紹介するわ」
「そ、それはちょっと……恥ずかしいっていうか……あっ、先生〜!」
校舎の外に教官の姿を見つけたエリーネが鉄砲玉のように食堂を飛び出して行く。
魔法学校の入学式で初めて会った時も、彼女は構内を走っていた。
そして、一人で講堂に向かって歩いていた私とぶつかったのだ。
――素敵な髪色ね!
彼女の第一声がこれだった。そして思い出したようにぶつかったことを謝ると、こう言ったのだ。
――私の家の人はみんな、使える魔力の種類によって髪の色が変わるの。でも私は生まれた時からずっと真っ黒。だから、あなたみたいな素敵な髪色の人に憧れるんだ。
エリーネって呼んでね、名前を聞いてもいい? ――彼女の会話がひとりでに進行することに吹き出してしまい、ひどく驚かれたのを覚えている。
そんな風に人目をはばからず笑ったのは、子どものとき以来のことだった。
「ミィハ、ねえ聞いてる?」
いつの間にか戻ってきたエリーネが隣で頬杖をついている。
「なにかしら」
「なにかしら、じゃないでしょ。魔導薬学を勉強したら、惚れ薬とかも作れるようになるのかなって話」
「さあ……どうかしら。そもそもあなたにはそんなもの必要ないと思うけれど」
こんなに魅力的なエリーネを男性が放っておくわけがない。現に、彼女に密かに想いを寄せている人が何人かいることを私は知っている。
だから――。
「……そんなものが本当に作れるなら、研究してみてもいいかもしれないわね」
「うん? 何か言った?」
なんでもないわ、と言って席を立つ。
エリーネ――あなたが幸せに生きていける世界を作れるなら、私はこの世の理だってきっと、解き明かしてみせるわ。
そう心の中で呟いて、私は午後の講義へと向かうのだった。
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