4.「まりちゃんと杉並区」
「まりちゃんと杉並区」
わたしの同居人の名前はまりちゃん。
25歳の女の子。
25歳はもう女の子じゃないなんて言わないでほしい。
そんなことを言う人には全くセンスがない。
どうみても彼女は女の子だから。
まりちゃんとわたしが住んでいるのは、
杉並区にある賃貸分譲マンションの13階の1K6畳。
家賃は8万5000円。
二人で割れば4万2500円。
文京区だったら15万はするような、
綺麗なマンションだ。
二人で住むには狭すぎるけど、
毎日一緒に食事をとって、
毎日一緒にユーチューブを見て、
毎日同じベッドで眠って、
もしかするとちょうどいい贅沢な部屋なのかもしれない。
まりちゃんは社会人。
文京区で会社員をしている。
まりちゃんの会社は30人くらいの小さな出版社で、
社長は60代。かなり気難しい人らしい。
まりちゃんは会社の近くの定食屋が好きだ。
そこで昼休みに、
バレないようにこっそりビールを1杯飲む。
それが楽しみらしい。
まりちゃんは怒っていた。
社長に何気なくこう言われたから。
-賃貸マンションに8万も出して住むなんて無駄だ-
社長の言い分はこうだ。
毎月8万5000円、年間で102万、10年住めば1000万。だけど、いくら家賃を払っても手元にはなにも残らない。だったら20代でもローンを組んでマンションを買ってしまった方が得。あとは都内の一等地のマンションなら住まなくなっても売れるから。
持たざる者はいつも損をすると。
まして友達と住むなんて、いつまでも学生でもないんだから。
だから今、杉並の賃貸マンションにそれだけ払って住むのは無駄だ、と。
まりちゃんは、たしかにそうですよね、
賃貸で8万じゃ、マンション買えちゃいますよね。
と言って笑ったらしい。
まりちゃんは会社では臆病だ。
その日、両手にスーパーのビニール袋をぶらさげて家に帰ってきたまりちゃんは泣いていた。
いつもは片手に収まる買い物しかしないのに。
買ってきたばかりの缶ビールを2つ取り出して、1つをわたしに手渡した。
まりちゃんが贅沢したい時にだけ買う、
ギネスの缶ビールだった。
わたしは苦くて得意ではない。
だけど、このモードのまりちゃんに手渡されたら飲むしかない。
まりちゃんはオフィスカジュアルとやらを脱ぎ捨ててわたしと乾杯すると、パンツとキャミソール姿でベランダに出て、タバコに火をつけた。
それをわたしはベッドに座って眺めた。
明日は土曜で、台風がくる。
風速20kmらしい。
10年に一度のド級らしい。
既に少しだけ雨が降っていた。
ベランダの戸を半分開けてまりちゃんは言った。
「りか、まりはね。りかと一緒に暮らすこの部屋と、杉並が1番好きだよ。」
まりちゃんとわたしは、いつまで一緒に暮らすのだろう。
いつか終わりが来るんだとは思う。
まりちゃんは部屋の中に戻るとタバコを捨てて、
シャワーを浴びに行った。
壊れるからやめなと何回も言っているのに、風呂場にiPhoneを持ち込んでシャワー中に音楽を聴いている。
音がないと怖いのだと言う。
まりちゃんは音楽が好きだ。
服が好きだ。
本が好きだ。
まりちゃんはとても話好きで面白い子だ。
たまにわがままだ。
自由奔放だ。
くだらない話を思いついてはわたしに話す。
まりちゃんのせいで、
嫌いなビールも飲めるようになっちゃったな。
まりちゃんはシャワーから出るとまた冷蔵庫から缶のお酒を取り出して飲み始めた。
今度はビールではなくて発泡酒だった。
まりちゃん曰く、2本目は味覚が鈍っているから、発泡酒でいいのだという。
わたしには、わたしが好きな桃味のチューハイと、わたしが好きなチーズかまぼこを手渡した。
まりちゃんのこういうところが好きだ。
一緒にベッドに座って映画を見た。
まりちゃんを殺さないでほしい。
ずっとまりちゃんでいてほしい。
わたし達もいつか、得とか損とかに縛られるのだろうか。
わたし達はこのまま生きられるだろうか。
殺されてしまうのだろうか。
いつもよりたくさんお酒を飲んで、まりちゃんは寝てしまった。
明日は土曜で、台風がくる。
電車も計画運休だという。
まりちゃんとわたしは、
明日は1日中外に出ずに、
お酒を飲んだり、
音楽を聴いたり、
くだらない話をする予定だ。
わたし達の土日のおきまりは朝マック。
さすがに明日は買いに行けないな。
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