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【オランダHR見聞録#2】子育て世代の女性就業率は「自信」がカギ?

オランダの子育て世代(20代後半から40代)の女性就業率はなぜ高いのか。
#1の記事に書いたワークシェアリングやフレキシブルワーク等の政策によるものに加え、若いうちにスキル・専門性を積み上げ、自分らしさの発揮や貢献への「自信」を得たうえで出産する女性の比率が高いことも一因ではないだろうか。

最近、JSHRM(日本人材マネジメント協会)の研究会にて議論させていただいたこともふまえ、その「自信」の形成過程について考えてみた。

オランダと日本の女性就業率の違い

実は、日本は相対的に見て女性就業率は高い方である。
しかし、欧州の先進国と比較すると、30代後半~40代にかけての女性就業率は見劣りする。
特にオランダは20代から女性就業率が高く、多少のM字カーブはあれど、30~40代においても高い女性就業率を維持している。

(出所)JILPT「国際労働比較データブック2023」P.83

合計特殊出生率はオランダ1.64>日本1.37と、日本よりも高いにもかかわらず。
さらに、初産年齢は、2022年時点でオランダは30.3歳と、日本の30.9歳と大差ないにもかかわらず。
(実際、オランダに来て、子供たちを遊び場に連れていくと私(現35歳)と同じぐらいか私よりも年上に見える女性の比率が高いことに驚いて、つい調べてしまったぐらい…!)
なぜ、日本よりも20代後半~40代の出産・子育て世代の女性就業率を高く維持できるのか。

政策的観点は前回紹介したので、今回は「個人」の観点から考えてみたい。

世の中で通用するスキル・専門性を磨き続ける

日本で育休中の女性と話していると、「ブランクが空いてしまったから、復職してやっていけるかな…」「復職後当分は時短にせざるをえないし、キャリアアップは難しそう…」等の声をしばしば耳にした。
日本企業では、自社におけるジェネラリストとして、企業固有の職位・業務に適応させる育成体系となっていることが多い。
従って、自分が「世の中で通用するスキル」を持っているかどうか自信がない人が多いように見受けられる。
また、業務の継続性を重視する傾向や年次ごとの横並び文化が残っている企業が少なくないため、一度その”正規ルート"から外れてしまうとなかなかキャッチアップしにくい風潮がある。

では、「世の中で通用するスキル」とは、どのように形成されるのか。
オランダの労働市場に注目したい。

オランダはスキルベースの労働市場である。
「この業務(ジョブ)に対して、このようなスキルを持った人を求める」
ということが、ほとんどの求人票に詳しく明記されている。
特に、業務経験に紐づくテクニカルスキルについて、明確に要件を記載されていることが多い。
また、転職支援サイトでも、「どのようなスキルや専門性を持っているか明確に」「スキルは、専門性に紐づくテクニカルスキルと、仕事の進め方やコミュニケーション力等個人に紐づくスキルは区別して書く」等、スキルを軸に根拠ある自己アピールを行うようアドバイスされている。

その背景には、オランダを含むヨーロッパでは、一般的に、学生のうちから専門的知識を付け、さらに長期インターンを通して働くうえでに必要なスキルもある程度習得したうえでその実績でもって採用されるという、日本の新卒採用フローとの大きな違いがある。
新卒でさえこうなので、いわんや中途採用をや、である。
さらに、人事評価もスキルの観点でかなりシビアだという話もしばしば耳にする。

そこで選ばれるためには、自らの専門性を深め、実務を通したテクニカルスキルを磨き続けることが不可欠である。

「スキルと専門性の構造」についての私なりの解釈

従って、業務外で専門的に勉強する人が多い。
社会人大学院に通う人口が日本よりも欧米の方が圧倒的に多いということはよく耳にするが、そこまでいかずとも、専門性ごとのネットワークに加入して勉強する人も多い印象だ。
(日本だと、IT系は専門性を起点としたネットワークが主流だが、その他の職種はまだ一部の人に限られている印象である。)

例えばHR領域で言うと、オランダ最大のネットワークNVP(Netwerk Voor HR-Professionals)には、 2,000名超のHRプロフェッショナルが会員となっている!
私が携わっているJSHRM(日本人材マネジメント協会)も、NVPと同じく世界的なHRネットワークWFPMAの一員であるが、会員数は200名超。日本はオランダの約7倍の労働力人口がいるので、その差は甚大である…。
NVPでは、ウェビナーやe-larning等の豊富な学習機会があったり、テーマごとのコミュニティ活動があったりする。
これらの活動を通して、若い人、育児中の人、シニアな人等々、多様なHRプロフェッショナルが、更なる専門性向上に勤しんでいる。
さらに、NVPには官公庁も含む多様なHR領域の求人が集積されているので、高めたスキル・専門性を武器に、条件の合う企業に転職する人も少なくないようだ(←求人の入れ替わりが早いことからの推察)。

上記は一例であるが、こうしたスキル・専門性の高さと、それらを高めるための継続的学習は、出産・育児に伴う制約下においてもハイパフォーマンスを発揮する核となるし、何より労働時間ではなく成果に対する自信の根拠となるのではなかろうか。

出産までにどれだけスキルを積み上げるか

そうは言っても、女性の場合、生物学上、どうしても出産前後はブランクができてしまう。
人事の仕事をしていると、どのタイミングで妊娠・出産をするか悩ましいという女性の声もしばしば耳にする。

オランダでは、若いうちにスキル・専門性を積み、ある程度スキル自立した段階で出産する人が多いのではないかという仮説を持っている。
オランダではスキルや専門性ごとの労働市場が(少なくとも日本よりは)形成されている、すなわちスキルに対する価値が社会的にある程度明確になっている。
従って、ブランクや労働時間の制約があろうとも、一定のスキルや専門性さえ積んでいれば、その価値に見合った仕事を得やすいのではないかと考える。

それゆえか、驚くべきことに、出産・育児を経てパートタイム雇用者が増えているはずの30~40代女性の賃金水準は、20代と比べて約1.64倍と、先進国全体で見ても非常に高い水準となっているのである!
(日本の場合、30~40代男性は20代比約1.45倍だが、女性は1.17倍に留まっている。)

(出所)JILPT「国際労働比較データブック2023」P.189

先日、JSHRMの研究会にて、日本人女性のライフサイクルに関する研究において、以下のような調査結果があるということを教えていただいた。

  • ①若くして(20代半ば)出産した人、または②色々経験して自信を得たうえで出産した人(30代中後半)は、産後の立ち直りが早い
    >20代半ばで出産した人は、早く育児も落ち着くので、そこから若さでカバーできる
    >30代中後半で出産した人は、キャリア上も色々と経験して自分らしい貢献の仕方への自信もついているし、周囲の出産育児経験者から色々と情報収集し、しっかりイメトレして万全の準備をしている人が多い

  • ③30歳前後で出産した人が、最も悩みが多く、立ち直りに時間がかかる

  • 総じて、産休・育休のブランクは短く、短期間で復職する方が、立ち直りが早い

オランダでは日本よりもキャリア自立のタイミングが早いとするならば、②のパターンの人が多いのではなかろうか。
また、平均初産年齢が若い英仏等は、①のパターンが多いのかもしれない。

子供は授かりものであり、出産年齢によしあしなど無い。
ただ、ファクトとして、20代の女性就業率や初産年齢が日本と近しいオランダの状況は、日本女性にとって一つのヒントになるのではなかろうか。

自分の中の"HERO"を育む

私自身、出産・育児を経て、改めて、

  • 「自分はこれができる」「困難に対しなんとかできる」という自信

  • いざという時に相談できる、「助けて」と言える、多様なネットワーク

の大切さを痛感している。
これらは、仕事の実務を通して、社外学習を通して、はたまたセレンディピティ的な出会いを通じて、様々な場面で積み上げられてきたものである。
元来私はこれといった才能も突出したビジョンもないというコンプレックスを、20代のうちにがむしゃらに働いたり勉強したりすることで消化してきたクチなので、本当に結果論ではあるが。

最近、ご示唆をいただき、ルーサンス教授の心理的資本についてかじってみた。
心理的資本とは、

  • 希望(Hope)

  • 自己効力感(Efficacy)

  • 回復力・立ち直る力(Resilience)

  • 楽観性(Optimism)

という4つの要素(HERO)から構成される。
これらの要素が満たされている人ほど、ワーク・エンゲージメントも自己開発度も幸福度も高く、ビジネスにおける創出価値が高いという結果が出ている。
いわゆる人的資本経営の行きつくところは、このような心理的資本が高い人を増やしていくところにあるのかもしれないが。

「資本」は、投資すれば価値が上がる性質のものである。
能動的にスキル・専門性を高める活動は、まさにこの投資活動の一つと言える。
ビジョンや志を育むとなるとなかなかハードルが高いが、スキル・専門性であれば、ちょっとしたアクションや時間のやりくりの工夫次第で誰でも取り組みやすい。
そして、取り組み始めるのに年齢や環境は関係ない!

もし、子育てと自分のキャリアとの両立に悩む方がいらっしゃれば、自分自身が好きなことについてスキルを高め、それを交渉力として、ブランクや制約に縛られない働き方を選択するのも一手である。
その方が、会社が求める型にいかに適応するかで悩むよりも、"正規ルート"から外れて肩身狭く働くよりも、"HERO"は高いかもしれない。

オランダという幸福度が高い国で暮らす今、改めて、自分なりの"HERO"を育む働き方と向き合ってみたいと思う今日この頃である。

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