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【オランダHR見聞録#1】17時半にはオフィスが空っぽ!? 夫婦で160%の働き方

「毎晩家族そろってご飯が食べられる!」
この当たり前のようで日本では難しいことが、子育ての観点で一番、オランダに来て良かったと思うことかもしれない。

オランダでは夕方になるとオフィスから人が消えるということは以前から聞いてはいたものの。
昨夏、夫が赴任してすぐの頃、16時半頃にLINEが来て「今、オフィスに残ってるの俺一人なんやけど・・・」と聞いた時には、「都市伝説じゃなかったのね!」とびっくりしたものだ。

私はまだオランダでは働いていないが、夫の働き方を通して考えたことを、歴史的背景も含めて整理してみる。


オランダ企業に勤める夫の働き方

オランダに来てから、夫は、週1〜2日在宅勤務、その他はオフィスに出社している。
出社日は、朝は9時前にオフィスに到着するよう出発し、基本的に17時~17時半頃にオフィスを出る。
繁忙期であっても、21時頃にはオフィスを出て帰ってくる。

飲み会も、チームメイトと飲むのは歓送迎会ぐらい。
それも、16時ぐらいからオフィスでわいわい一次会を行った後、行ける人だけ二次会としてお店に飲みに行く、というスタイルである。
子育て中の人は、男女問わず一次会で帰る人が多いらしい。

従って、繁忙期やたまにある歓送迎会でなければ、基本的に毎日、家族そろって夕食を食べることができるのだ。

もちろん、その労働時間で必ずしも全ての仕事量を完了できるというわけではない。
夫も、夕食までに帰宅する分、子供たちを寝かしつけた後、必要に応じて自宅で仕事をしている。
在宅勤務との柔軟な兼ね合いによって、成果を担保していると言える。

オランダ流「夫婦で160%」の働き方

オランダの子育て家庭の多くは共働きである。
ファクトは後述するが、子育て世代の女性就業率も日本よりも圧倒的に高い。
しかし、平日昼間に公園や子供向けミュージアム等へ行くと、保育園・幼稚園ぐらいの年代の子供とその親(ママ/パパ/両方)の姿をよく見かける。

これはどういうことだろうか。

実は、オランダでは、夫婦で160 %で働く家庭が多いのだ!
すなわち、
パパ週5+ママ週3またはパパ週4+ママ週4
あるいは週5だけど時短
といった形で、親たちが時間・日数ともにフルで働いていない家庭も多い。

お隣さん一家もまさにパパ週5+ママ週3で働かれている。
奥様は、平日2日間は子供たちと過ごすようにされている。

実際、正社員求人の多くが、フルタイム勤務に縛られていない。
多くの求人が32-40時間/週や26時間以上/週等の幅をもった労働時間設定となっている。

それらの結果、保育園も、金曜日や水曜日は空席が出やすい。
(オランダの保育園も入園までのハードルが高く、早期にウェイティングリストに名前を載せておき、空きが出たら曜日単位で契約する形である。)
金曜や水曜は、夫婦のどちらかがお休みにして子供と過ごすと決めている家庭が多いため、保育園も空席が出やすいのだ!

私自身を振り返って、夫婦ともに100%(世帯としては200%)で働くと、仕事に家事にと常に時間に追われ、子供との時間さえも精神的余裕がなくなりがちだ。
心身ともに「余裕」を残すことの意義を、改めて考えさせられる。

オランダがワークシェアリング大国に至るまで

しかし、オランダも、昔から女性就業率が高かったわけではないようだ。
それは、何十年にもわたる政策努力・企業努力の結果であった。
少し、オランダの歴史的経緯を紐解いてみる。

オランダ政府の労働改革

実はオランダは、日本が高度経済成長で好景気だった時代、不景気で失業率も十数パーセントと非常に高く、女性就業率も低かったらしい。
それらを解消し、GDPを向上すべく、政府は、1982年のワッセナー合意において、労働組合・雇用者・政府の三者によって、労働時間の短縮や労働条件についての合意を行った。
それを核として様々な政策が遂行され、フルタイムとパートタイム(短時間労働者)の同一労働同一賃金が実現した。

従って、現在は、労働時間以外、時給、社会保険制度加入、雇用期間、昇進等の労働条件は、フルタイムもパートタイムも完全に同待遇なのだ!
すなわち、恒常的に働くパートタイム労働者は「非正規雇用」ではないのである。

それらの取り組みの結果、数十年かけて、オランダは、失業率3%のワークシェアリング大国として生まれ変わった。
そして今や、2016年 のOECD(経済協力開発機構)レポートでも、最もワーク・ライフ・バランスがと れている国として世界第1位にランクされるほど、ワークライフバランスが整った国として名を馳せている。

データで見ても、20代後半~30代の子育て世代の女性就業率が高いことに加えて、就業者における短時間労働者率も世界的に高いことがうかがえる。

(参考)JILPT「データブック国際労働比較2023」

https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2023/documents/Databook2023.pdf

  • 女性就業率(P.74)
    ・日本   30代女性の労働力率 70%台に低下
    ・オランダ 30代女性の労働力率 80%台を維持
     ※合計特殊出生率は、オランダは1.64と日本(1.37)に比べて高い。
      にもかかわらず、出産・育児による離職率が低いということだ

  • 短時間労働者比率(P.132)
    ・日本   男女計25.6% 男性15.0% 女性39.0%
    ・オランダ 男女計36.0% 男性19.3% 女性54.7%

  • 年間総労働時間(P.210)
    ・日本   2021年 Ave.1,607時間/年
     ※なんと、行動経済成長期は2,000時間超だった!
      (正社員=フルタイムという概念もあり、さらに当時は
       「24時間働けますか」という文化もあってか…汗)
    ・オランダ 2021年 Ave.1,417時間/年
     ※政策効果もあり、1990年時点で1,454時間/年と低い

フレキシブルワークも労働者の権利

さらに、オランダは、コロナ禍以前から、法的に勤務場所の柔軟性を保証しているフレキシブルワーク先進国でもある。

2016年に施行されたフレキシブルワーク法では、従業員は労働時間数の変更だけでなく、勤務時間帯と勤務場所の変更を申請できるようになり、働き方の柔軟性がさらに高まった。
(ただし、週26時間以上雇用されていることが条件のよう。)
子育て家庭が柔軟に在宅勤務を選択できることは、共働きの推進において非常に効果的である。
今や、多くのオランダ企業では、業務内容上支障がなければ、週3出勤・週2在宅勤務といった働き方が主流となっているようだ。

産後復職してから、基本的に在宅勤務でコンサル勤務をしてきたが、隙間時間を有効に活用できるし無駄な移動時間が発生しない在宅勤務は、子育て中の身には非常にありがたかった。
実際に、オランダ渡航後、子供の体調不良時や諸手続きでワンオペが難しい時、夫には柔軟に在宅勤務に切り替えてもらった。
夫いわく、他のメンバーも同様に在宅勤務をうまく活用しているので、「お互い様」「あ、そう。それは大変だね~」と、あっさりした雰囲気らしい。

このフレキシブルワークのあり方も、子育て家庭の共働き、ひいては社会全体のワークシェアリング推進に貢献しているのだろう。

子供の幸福度は両親のWell-Beingに起因する?

一人一人のWell-Being重視の社会風潮

夫の話から推察するに、オランダでは、組織管理よりも個人の自由を尊重する価値観が定着しているように感じられる。
すなわち、個人のライフスタイルを優先するのが当たり前であり、それによって「付き合いが悪い」とか「空気を読めない」とか言われることも少ない。
特に子供がいる家庭に対する理解度、尊重度合いは、日本とは比べ物にならない。

私は20代後半以降、仕事は人生の目的ではなく、自分や家族が
「幸せに生きるために働く」
のだというポリシーを持っている。
オランダに来てまだ日が浅いが、なんとなく、そのポリシーに近い風潮を感じている。

オランダを「世界一子供が幸せな国」たらしめる、親の働き方

「世界一子供が幸せな国」と名高いオランダ。
子供の「精神的幸福度(Mental well-being)」が圧巻の1位*であることが印象深い。
*出所:labo_rc16j.pdf (unicef.or.jp)
この精神的幸福度は、生活満足度の高さ(意見を表明できる、支えてくれる人がいる、自宅で安心して過ごせる等)と自殺率の低さの観点から検証されている。

オランダの子供たちの幸福度の高さは、親たちのWell-Being度と表裏一体といっても過言ではないのではなかろうか。

自己紹介の記事にも記載したが、

  • 「自己責任の国」だからこその、

  • 仕組みで守るのではなく、「個々人が最適解を創る」文化

  • それゆえの、「多様性の受容」の必然性

というオランダの特性を感じている。

「個人」として、子供をはじめとする家族にとっての幸せのために、夫婦で最適な働き方を決め、企業に交渉する。
反対に、他者にとっての「同僚」として、それぞれの多様な働き方を受容する。

その結果、親たちの自己効力感が高く、自己実現欲求が満たされ、他者の多様性に対しても寛容な状態、すなわちWell-Being度が高い状態となる。
そうすれば、心身ともに余裕をもって子供と接することができる。
時間的余裕もあるので、子供としっかりコミュニケーションが取れる。
遊びや習い事等、子供がやりたいことを意思決定させ、それに付き合うことができる。
それらが、子供の精神的幸福を創出する好循環を生み出しているのではないか。


そうは言いつつ、日本ならではの、企業と社員が一体となって品質向上を追求する姿勢、「神は細部に宿る」ともいえるこだわり等、個人的にはけっこう好きだし、それゆえの強味も改めて実感している。
(日系大企業時代、インフラ企業ならではの、経営理念のもと社員一人一人が社会的責任感をもって働いている実感は、非常にやりがいがあったし、とても素晴らしい経験だった!)
オランダに来て、「え、それあなたの仕事だよね?」とか「このクオリティでこの価格!?」という事態も多々あり、たまに日本に帰りたくなることもある(笑)
従って、オランダが良くて日本が悪いというわけでは決してない。

ただ、目先の女性管理職比率とか男性育休取得率とかだけに目を奪われていると、どんなに美しい価値創造ストーリーやKPIを設定したとしても、「仏作って魂入れず」となり、結局、何十年経っても現状が改善しないことになりかねない。
働く人にどうあってほしいのか。
人事に関わる者としても、非常に示唆深いオランダ社会である。

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