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「冬の森」最終話

前回 最終話 物語の続き  「僕たちの間には物語があってその中で動けなくなってしまったのかもしれないね。」 あの日朝陽はそう言った。悲劇が近づくのが怖かった。 愛しかなかったから。  今日も赤坂見附で乗り換えて職場に通う。 わたしはステーショナリーを扱うお店で働いていた。 季節ごとにデコレーションされる明るい店内、次々入荷される海外のカードたち。いろんな色の刺激を受けながら今までの仕事も新たな奈歩からの依頼もどんどん受けた。 残念ながらわたしには才能みたいなものは無さそう

    • 「冬の森」第15話

      前回 最終話 第15話 冬の森  新千歳空港で朝陽を待つ。大げさな胸の鼓動を感じる。 鼻から空気を取り込んで口から吐く、を繰り返して呼吸を整えていたら輝く様な笑顔の朝陽と目が合った。  少し車高のある車が雪道を進む。車列は少なくもない。どの車も行き先はスキー場かしら。 朝陽はいつもより少し無口になって両手でハンドルを握る。 頼もしさとどこか儚さが絡み合ったとてもいい横顔だった。 五年前もこうして助手席で朝陽の横顔を見つめていた。 何も変わらない。何ひとつ変わっていない。

      • 「冬の森」第14話

        前回 次回 第14話 sun catcher  一月も終わりに近づくと太陽が遠く感じる。 ブランコのくさり部分も冷たさを増して結んでいた髪をほどくと両手に手袋をした。ふと足元に黄色を感じると小さい人がいた。 今日の帽子は黄色ね、至近距離なのに表情が見えない。 体勢をそっと変えた途端消えてしまった。 ニセコで朝陽に会える日まであと一か月足らず。  お昼には賀久がくる。お煮しめかしら?一月だからお雑煮も用意しよう。 急に忙しい気持ちになって走る様に部屋に戻った。  賀久はい

        • 「冬の森」第13話

          前回 次回 第13話 年末年始  年末年始は晴れて穏やかな日が続いた。見上げる空の青さはどこまでも果てしない。 窓の向こう側に見える大好きなメタセコイヤの木は雪に包まれることなくいつもの円すい形を誇っていた。 朝陽とキッチンに立って自身の食べたい物をつくって園児のお弁当みたいなおせちを重箱に詰めたり、 除夜の鐘をきいたり、 お雑煮を食べたり、初詣に行ったり、 日本のお正月の行事らしいことを順番に全部やってみた。  昼間からワインをのんで朝陽の弾くギターで英語の歌を歌うと発

        「冬の森」最終話

          「冬の森」第12話

          前回 次回 第12話 量子もつれ  クリスマスが過ぎてもうすぐ新年を迎える年も押し迫った日に朝陽が突然わたしたちの家に帰って来た。  「え、本当に帰って来た。」 朝陽のとびきり明るい笑顔に心底驚いた。  「もう、何言ってるの。さっき空港に着いた時連絡したでしょ。」  と、よく外国の人がやる仕草でおどけてみせる。 今年は学校の行事のスキー教室でしばらく妻と子が不在でひとりだと言う。  「年越しって家族で過ごすものじゃないかなぁ。」  と、本当に気になって言うと  「じゃあ里奈

          「冬の森」第12話

          「冬の森」第11話

          前回 次回 第11話 冬の思い出  子どもの頃、週末になると家族でスキーに出かけた。それは姉が中学生になる頃までずっと続いた。 父親が運転する車で夜中に出発して起きる頃にはスキー場に着いている。 母親がつくったおにぎりと卵焼きと、スープだったりお味噌汁だったり、を車の中でキャーキャー言いながら四人で食べた。 しゃりしゃりと静かに音を立てて滑り込むタイヤの音、 空が明けきらない静寂の中を誰もがスキーやらボードやらを担いで駐車場から歩きだす。 白銀のゲレンデに絵具で描いた様な色

          「冬の森」第11話

          「冬の森」第10話

          前回 次回 第10話 辞書  心地よい暖かさの中で目が覚めた。 目が覚めてもほんの少しの間五年前の雪山を上空から眺めている様な錯覚に浮かれていた。  「あ、わたし眠っちゃってたね。」  と、口に手を当てながら言うと、賀久は  「ほんの十五分くらいだよ。夜仕事してたんだから寝ちゃうよ。」  と、羽根ふとんをひっぱってさらにわたしを包んだ。  「妖精になってノルウェーの星空を飛び回る夢見ちゃったよ。」  と、子どもみたいにパタパタ手を動かしてみせた。    わたしの頬をぎゅっ

          「冬の森」第10話

          「冬の森」第9話

          前回 次回 第9話 冬のニセコ  五年前、朝陽と初めて出かけた北海道。 晴天率の低いニセコが珍しく晴れた日の夜、 星と月の明かりだけで地面の雪の白が浮かび上がる。 星は赤、青、ゴールド、いろんな色にキラキラ輝いて、白と黒のコントラストで半円を描く。 「地球って丸いんだ。」を実感した。 お昼には山頂でふたりして子どもみたいに雪のかけあいっこをして寝転がった。 雪が結晶の形のまま降り注ぐ。 スターダストが空気中を真昼の星となって浮遊する。 自身が誰なのかも本当に生きているのかも

          「冬の森」第9話

          「冬の森」第8話

          前回 次回 第8話 小さい人が住む窓  賀久はテーブルにある丸く精巧に形成された箱のふたを開けて一粒のチョコレートを取り出す。 再び両手で丁寧にふたを閉めると周りの空気を遮断したかの様に「パフン」と心地よい音を立てた。 チョコレートの包みをクルクルひっぱって口に入れる。 その一連の動作を愛おしくぼんやり見つめていると賀久と目が合った。  「あ、その銀紙捨てないでとっておいて。」  「これ?」  と、言って賀久は青色の銀紙を手に取ってヒラヒラさせた。  「それね、細く折って木

          「冬の森」第8話

          「冬の森」第7話

          前回 次回 第7話 冷たい早朝  十二月も終わりに近づくとメタセコイヤの木はすっかり葉を落として枝だけで見事な円すい形をつくっていた。 早朝、誰もいない公園でいろんな落ち葉を蹴り飛ばしながら木の周りをくるくる駆け回った。 足から伝わるふかふかな落ち葉、四方八方に転がる木の実の愛らしさ。 ベンチに腰かけてポットに用意してきたコーヒーをふーふーしながら飲む。湯気が心地よい。 わけない、こんなことでこんなにも幸せ。 知らず知らず小さい人を探す。今日は会えないのかな。  枝の隙間

          「冬の森」第7話

          「冬の森」第6話

          前回 次回 第6話 冬の始まり  十二年ぶりに再び出会ったあの日から朝陽は時折会社を訪ね、奈歩と他の社員を交えて一緒にお昼に出かけたりする様になった。  「海外が多いからご家族は寂しいですね。」  と、いう社員の言葉に、 朝陽は大きくてきれいな手をいやいや、という風に顔先でおおげさに振って、  「二、三週ごとの移動だから家族も連れてっちゃうんだ。 子どもたちに忘れられると嫌だし、ぼく自身も寂しいし。 子どもが扱う商品だから展示会にもみんな同行できて一石二鳥なんだよ。」  と

          「冬の森」第6話

          「冬の森」第5話

          前回 次回 第5話 二重橋のカフェ  東京駅で降り、丸の内側から少し歩いて二重橋に近いカフェに入ると、 ほどなくお昼休憩中の奈歩が急な呼び出しにも関わらず軽い足取りでやって来た。 産休明けの彼女はすっかり編集者の顔に戻りながらも柔らかい笑顔を携えている。お互いの一通りの近況報告を終えると彼女は一呼吸して決心したかの様に口を開いた。  「近々退職しようかって考えてるの。子どもの成長の一瞬一瞬をもっと共有したいの。仕事もしたいけど、戻る時に努力を惜しまなければなんとかなるかなっ

          「冬の森」第5話

          「冬の森」第4話

          前回 次回 第4話 ボーイミーツガール  今から五年程前、朝陽に初めて会社で声を掛けられた時は本当に驚いた。彼のいる後ろの景色がガクンと落ちたかの様に見えた程驚いた。 最後に会ってから十年以上経っているにも関わらずまるで昨日も会ったかの様な声の掛け方だった。 帰りがけに時間と場所が書かれた紙の切れ端をこっそりと渡された。  同僚の奈歩に朝陽のことを訊いてみる。  「ほら、あのおいしいクッキーをいつも差し入れしてくれる岡田さんの会社の社長さんだよ。初めての訪問だよね。」 早

          「冬の森」第4話

          「冬の森」第3話

          前回 次回 第3話 赤坂見附で乗り換えて  渋谷駅から銀座線に乗って腰を掛けると目の前にちょこんと小さい人が座っていた。足をぶらぶらさせてご機嫌そうに見えた。 黄緑色の帽子。また会ったね。 真正面にいたから電車内の情景と対比できた。 この世界の色に対して彼は少し青み帯びていて、言ってみればモノクロームに近い様に感じた。 表参道から大勢の人たちが乗り込むのに紛れて消えてしまった。  赤坂見附で丸の内線に乗り換える。 会社を辞めるまで同じルートで通勤していた。広めのホームの雑

          「冬の森」第3話

          「冬の森」第2話

          前回 次回 2 ノルウェーの森  賀久はわたしの食べかけの朝食のおにぎりを口に入れる。 渡航に同行した大学の仲間の話と、オスロの物価と食事に閉口した話と、 案外寒くなくて厚いダウンが邪魔だった話、 を、近郊の森の神秘的な美しさを合間という合間に強引に挟みながら身振り手振り話した。こういうのを生き生き話すっていうんだな。 賀久におみやげ、と渡された大きな紙袋には大きな丸い箱が入っていた。 赤青緑、いろんな色のキラキラした銀紙に包まれたチョコレートボールが眩しい程に詰まっていた

          「冬の森」第2話

          「冬の森」第1話

          第1話 メタセコイヤの木  少し前から目は覚めていたけれど長い夜の切れ端にくるまれている感触をしばらく楽しんでいた。のろのろと起き上がる。 オーガンジーのレースとカーテンの端をめくりあげると窓ガラスから伝わる空気は冬の始まりを伝えていた。  ここ何年、夏がだらだらと長い。部屋はエアコンで冷え過ぎていて冬よりずっと寒い。それとは全然違う懐かしい様な冷たさに、いつの間にか十一月も終わりに近づいてることに気づいた。  窓の向こうは大きな緑地に接している。 メタセコイヤの美しい赤茶

          「冬の森」第1話