「冬の森」第１３話

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第１３話　年末年始
　年末年始は晴れて穏やかな日が続いた。見上げる空の青さはどこまでも果てしない。
窓の向こう側に見える大好きなメタセコイヤの木は雪に包まれることなくいつもの円えんすい形けいを誇ほこっていた。
朝陽あさひとキッチンに立って自身の食べたい物をつくって園児のお弁当みたいなおせちを重箱じゅうばこに詰めたり、
除夜じょやの鐘かねをきいたり、
お雑煮を食べたり、初詣に行ったり、
日本のお正月の行事らしいことを順番に全部やってみた。

　昼間からワインをのんで朝陽あさひの弾くギターで英語の歌を歌うと発音が変だと笑われた。とっても愉快そうに笑われた。
　「やっぱり里奈りなは絵だよね、絵で表現するのがいいよね。」
　と、思いついた様に言うと、
「量子りょうしもつれ」をお互いに調べてその理解を絵に描いてみよう、ということになった。
朝陽あさひはわたしのワークデスクを陣取ると、思おもいの外ほか真剣に取り組む後ろ姿に戸惑う。
わたしはしばらくギターを弾いてみたり、お茶をのんだりしながらも、やっとその気になって描き出すと、だんだん集中し始めて、
パソコンを打つキーの音、色鉛筆が紙に擦れる音、だけが静寂せいじゃくの部屋を満たしていた。

　完成した作品はなぜかふたりとも森の木々ときのこたちの絵だった。
不思議な程似ていた。似ていると言うか同じだった。
ふたつの絵を見比べて黙り込んでいる朝陽あさひの隣で、
　「ええー。おんなじだね。これではふたりとも絵本だよね。量子りょうしもつれの理解には遠く及ばないね。」
　と、困った様な顔をしてふざけながら言ってみた。
朝陽あさひはわたしの言葉を遮さえぎる様に、
　「そうか、やっぱりね。ぼくと里奈りなはつながれてるね。思ってた通りだな。ああ、いやいや、さすがはプロ。里奈りなの色づかいの素晴らしさ。」
朝陽あさひはようやく口を開くといつも通りの穏やかな笑顔になった。

　「里奈りなは小さい妖精なんだよ。
透明の羽根をパタパタさせてぼくの周りを飛び回ってる。
ぼくは時々、その微かすかな羽音はおとに気付いて振り返るんだ。
光を受けた羽根の残像が見えることもあるんだよ。」
トーンを落とした声でつぶやく様にそう言った。
わたしは朝陽あさひが言おうとする何かを感じることはできても、
それを言葉にするには遠過ぎた。

　夜になるといつも朝陽あさひの家族から連絡がある。スキー旅行のことらしい話題を家族みんなで代わる代わるいかにも楽しそうに話す朝陽の姿に不思議と安堵感があった。
わたしはミクロの隙間もなく朝陽を愛おしく思っていた。だから同じ様に朝陽あさひの家族のことも愛おしい存在だった。

　幸せに包まれると時間が進むのが速い。
《目に見えないミクロの世界には時間は存在しないかもしれない》と、本にあったけれど、現実の世界は確実に時を刻む。
　十日間の滞在が終わる頃朝陽あさひが、
　「もう今月は日本には帰れないだろうから、来月は久しぶりにニセコでスキーしようよ。」
　と、飛行機の予約をし始めた。わたしは、少し慌てて
　「千歳空港で待ち合わせするのはどうかしら？東京に寄ってから出発すると時間のロスがもったいないわ。」
　と、提案してみた。朝陽あさひは一瞬困惑の顔色を浮かべたけれど、間を置いてから、うん、うんとうなずいて
　「確かにそれはいいかもね。そうしようか。」
　と、言って飛行機の時間を調べ直した。

　五年の間一緒にいて、朝も昼も夜もずっとこの部屋で過ごしたのは初めてだったと思う。けれども実際よりももっと長い時間をふたりで過ごして来た様な感覚もあった。
　これから先もずっと果てしなく朝陽あさひとつながっていたい。その方法はたぶんたったひとつ。

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