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「彼女について」

去年の春、コロナウィルスパンデミックが起こり緊張の日々を送っていた。もし自分が感染したらという不安と恐怖を持ちながらも毎日仕事へ出勤。

ある日、もし感染した場合に備えて簡単に入院セットを作った。       重症になったら呼吸が苦しくて本など読む余裕なんてあるわけないと思っていても、3冊だけ選んで入院セットの中に入れた。

その中の一冊が吉本ばなな氏の「彼女について」だった。

初版は2008年、新刊で買った。                            それから多分3回くらい繰り返し読んだか。                      「なんとなく」忘れられない好きな本だった。                入院セットに持って行く3冊を決めるにはさほど時間はかからなかった。    3回目を読んだのはもう随分前なような気がする。             久しぶりに「彼女について」を読み返した。

なんとなく好きだった理由は、                      孤独な女性、部屋、幼なじみ、コーヒー、別れ、など心に引っかかることが随所にあったから。小説でも映画でも女性と部屋が出てくるものが好きだ。    そこに美味しいものとかコーヒーの風景が出てくるだけで気持ちが暖かくなる。幼馴染みというのも私には同じ年の幼馴染みの男性がいるからだと思う。   コナミヤで寄り添って買い物をするシーンが大好きだ。

こんな単純な理由だけで読んでいたような気がする。            50歳を過ぎて読んでみると本には所々マーキングしてあって、その部分は今読んでも心に響く文章だったし、やっとわかったのことは美しく優しい文章のオブラートに包まれた、とても残酷で悲しい物語だったということ。

多次元の世界だったということも今ごろになって気づいた。         夢の中で自分はもう死んでいるとわかった瞬間、幼馴染みとの明日はもう来ないという死そのもの。                           彼女と幼馴染みが十数年ぶりか数十年ぶりに再会するけど、徐々に心を開いていく時間の短さやすぐに波長が戻るところなんて個人的によくわかる。     見えない絆ってすぐに繋がるから。                    この2人の幸せな3日間が私にはリアルで可愛くて切なくて、この時間がこれからも続けばいいのに。                           彼女が本当は生きていたらこの物語は実存しないので、とても悲しくて残酷なのに、なんてことないようなことが幸せと感じる3日間が果てしなく尊い。

3日間の魔法が解かれていく過程は追うごとに悲しいけれど幼馴染みとの3日間は彼女の魂に刻まれたことは間違いないし、残された幼馴染みが夢から覚めて、幸せなんだけどなんでこんなに寂しいいんだろうという記憶が残っているのが切ないけど救われる、本当に大変な役割だったことだろう。

夢の中でも本当の感情だ。                        悲しい残酷な死に方をしたのに、彼女は幸せな死を迎えられた。

読んでいたら日常的に関わる緩和ケア病棟の患者さんたちが浮かんだ。肉の目には見えないけど、もしかしたら彼ら(患者さん)は死に近づいていく過程の精神世界や魂の世界でこの物語みたいな体験をされているのかもしれないと思ったし、こうやって生から死へと移行することができたらいいし、そうであるといいなと心から思った。

自分が死ぬ時は絶望や悲しみに支配されず、私が愛した人たちに感謝をして、私であった人生に感謝をして、暖かい光や風にあたり、風の音や鳥の声を聴きながら、小さくて幸せな楽しい思い出を記憶から掘り起こすことができたらいいな。

「さようなら、私の世界。さようなら私だった人生。」           本当の死がやってくるまで、この言葉を覚えていられますように。


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