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黒い海と星と

ふと思い出した。元夫と付き合う前のこと。(ちょっとフィクション)

日本人とミャンマー人の知り合いのグループ10人位でちょっと遠いビーチへ行った。自然そのままみたいな、人の手が入っていない海岸。ヤシの木!砂浜!海!それだけ。観光客もいない海は初めてだった。暑いからか、地元の人も昼間はほとんど海にはおらず、貸し切りビーチであった。

直接の知り合いがほぼいなかったから、基本的に一人でひたすら海で泳いで、疲れたらヤシの木の下で休んで過ごしていた。そして買い出しやご飯の時にちょっとメンバーの人と話す、そんな感じだった。

夕飯の買い出し時、地元の海鮮を物色中に一人の白人男性が話しかけてきた。背が高くて、シュッとした好青年。かっこいい。歳は同じくらいに見えた。話してみたらオーストラリア人で、大使館で働いているとか。なんと日本でも記者の仕事をしていたとのことで、ミャンマー語も日本語もしゃべれるというすごい人だった。

話が盛り上がったのと、その日の宿がまだ決まっていないとのことで、私たちが泊まる予定の宿を紹介がてら、夕飯のバーベキューに誘った。話してみると、すごい経歴とすごい能力がどんどん分かってきて、それなのに本人は全然けろっとしていて、そのギャップが何とも言えない彼の魅力だと思った。ミャンマー人の若い女の子たちはキャッキャしながら色んな話をして、恋人はいるの?と聞いて、フリーなことが分かるとなぜか私に目配せしてチャンスよ!と言われた。なぜかは分からない。

お酒も入ってだんだんとミャンマー人はミャンマー語で盛り上がり、私と彼がなんとなく二人で話す流れになっていた。いろんなことを知っている人と話すのは楽しい。そしてその頭のよさに加えてのユーモアがまた何とも言えず心地よい。久々に英語でネイティブの人と話して、純粋に楽しい時間を過ごした。

夕飯を食べた場所から宿に向かう途中、ふと見上げた空にとんでもない数の星が見えて、二人でWowと思わず呟いた。街灯があったのにもかかわらずあれだけの星が見えるということは、暗いところに行ったらもっと見れるんじゃないかという話になり、海岸に行こうということになった。

昼間は青空に剝き出しの太陽からの日差しで明るすぎるビーチが、真っ暗だった。真っ暗というよりも真っ黒。砂の色も分からない。黒い炭の中を歩いているようだった。そして目の前の海。真っ黒。黒くうごめく海はちょっと怖いと思ったが、波の音は穏やかで昼間と同じだった。

なんせ真っ暗で見えないため、二人でゆっくりゆっくり足元を確認しながら海に近いところまで歩いて行った。砂のシャカシャカする音と、彼の声と、波の音と、それだけだった。

この辺でいいだろうという波打ち際から少し離れたところに座る。南国だから生ぬるい風だったけど、昼間にはなかった心地よい温度の中、少しひんやりする砂の上に座った。そして二人でいっせーのせで寝っ転がった。

星星星。

口を開けたら星が入ってくるんじゃないかってくらいの星。

となりで寝転ぶ彼も同じように感嘆していた。That's ....!!という表現が見つからないほどのきれいさに感動していた。

暗闇と星空と波の音だけだったので、一体どれくらいの時間そこにいたのか覚えてないのだけど、彼の方から「そろそろいこうか」と声をかけてきたので、もう一度深呼吸して星空を肺に詰め込めるだけ詰め込んで、「うん、いこう」と言って立ち上がった。

手が触れた。沈黙。ちょっとだけ指を絡めてみたら受け入れてもらえた。

そのまま黙って砂浜を歩き、通りに出るまで指を絡めていた。そして通りに着いて明かりを感じてきたら、自然とお互いに指を離していった。

素敵な時間だった。そう言って、それぞれの部屋に入っていった。

翌朝、顔を合わせたとき、夜の砂浜で星を見たことは誰にも話さなかった。私はなんとなく秘密にしておきたかった。

その後、ちょっとだけ彼の車に乗せてもらい、昨日のビーチよりさらに手つかずのビーチを見に行って、彼はもう少し北へ向かうとのことだったので、そこで彼とは別れた。電話番号だけ交換したけど、その後連絡を取ることはなかった。


もしかしたら人生で一番ロマンチックな夜だったかも。