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たいち君の場合(4)

大学に行くために、いつもの駅に向かった。この駅には北口と南口があって、一つだけある改札を抜けて右に曲がると北口で、左に曲がると南口に出る。僕はいつも北口から改札に入る。北口の階段を降りていると、南口の方向から、なんだか見たことがあるシルエットを見つけた。たいち君であった。ふらふらしている。駆け寄ってみると、風邪をひいてしまって、病院に行ってきた帰りらしい。息が荒くて、熱い。顔も赤い。すぐ帰って横になるように言って、僕は近くの例のコンビニに駆け込んだ。

ヨーグルト、ポカリ、ウイダー・inゼリー、栄養ドリンクとか、風邪をひいた人間が必要そうなものを大量に買い込んで、彼の部屋に駆け込んだ。ビニール袋の持ち手が手に食い込んでいて、真っ赤になっていた。寝るように言っても、リビングのソファーに座ってニヤニヤしながらDVDを見ている。早く寝なさいと僕が怒ると「まぁ、そんなこと言わずに」なんて言いながら、隣に座らされた。イライラした僕は、目の前で無理やりヨーグルトを食べさせ、ウイダー・inゼリーを一気飲みさせて、看病をお願いするために、例のみどりちゃんに連絡を取った。

すぐに来てくれるらしい。その日は晴れた日で、ソファーにも暖かい日が差し込んでいた。彼女が来るまで、一緒にDVDを観ていた。「この箇所、いいね」なんて言う彼は、すでに眠気に襲われつつあった。僕の肩に全身を凭れそうな寸前で、こくりこくりとやっている。そのあと僕も前日のオールが効いてきて、寝てしまった。結局二人でお互いに肩に体を凭れて(預けて?)寝てしまった。みどりちゃんが部屋に入ってみた景色は、温かな眩しい光に包まれて一緒に眠る、怪しい二人の男だった。すぐ僕が追い出されたのは言うまでもない。

それ以来、彼が素っ気なくなった。連絡も少なくなった。駅であっても、お!と手をあげて挨拶をする程度で、逆に僕が気まずく感じていた。同時に僕は、彼に対する疑い・疑惑・戸惑いの感情が、いつの間にか、loveというかLiebeというかそんなものに変化しつつあることを自覚し始めた。

ある夜ばったり改札で会って、立ち話をすることができた。流れで適当な定食屋さんに入って、ありがちな世間話の続きをした。
「たいちは就職か。なんか社会人している様子が想像できないわ笑」
「一応ね。なんとなく、流れよ。で、ゆういちさんは、どーすんの?」
「大学院に行くことを考えているわ。同じで、何となくね。正直に言えば、もう2年遊びたいわ笑 たいちも行ったらどうよ」
「俺はやっていける自信ないな。ゆーいちさまと違って笑」
僕は飲みたい雰囲気だったので、いつの間にか瓶ビールを2本開けていた。空きっ腹だったし、久しぶりに会って話をしたこと、そして何より僕が今度は変に意識をし始めて緊張していたせいか、変に酔いが回ってしまった。

例の帰り道を一緒に歩いた。本当に久しぶりだった。彼の雰囲気が妙にシリアスになったことを感じた。「俺は何でゆういちのことを知ったんだろうな。時々考えるんだわ」。歩調がだんだん遅くなってきた。そして、しみじみとこう始めた。「駅からの帰り道、ついついゆういちの部屋を見てしまう。部屋が明るければ、音楽を聴いたり、チャラいゆういちさんが意外な本を読んだり、勉強をしていて、部屋に居るのだろうなと思うと、なぜかホッとする。部屋が暗ければ、飲み歩いて出かけているのだろうかとか、もう寝たのだろうかとか、そんなことを考える。そして時々不安にもなったりする」。僕のマンションと部屋は通りから見えた。「あらあら、何か熱いものを感じるわー笑」なんておちゃらけて答えながらも僕は、心の中でこう呟いていた。「たいちの部屋も、僕の部屋から見える。僕のマンションは外廊下だから、玄関を開けて右を向くと、君の部屋の窓が見える。もし部屋が明るければ、もし部屋が暗ければ——。僕もたいちと同じようなことを考えているのだけれども」。

T字路で別れた。たいち君は右に曲がる。僕は直進する。「電気、点いてるわ」なんて言われて、初めて付けっ放しであったことに気づいた。家に帰った。玄関を閉めると、妙にドキドキが止まらない。彼は僕のことをどう思っているのだろうか。カマをかけてくる。裸を見せる時のあの妖しい目つき。相合傘のど定番のドキドキとした雰囲気、例のケツ論——。試されているのか。気づいて欲しいのか。自意識過剰かもしれないけれど、僕のことを好きなのだろうか。で、僕はどうか。

急いで部屋の電気を消した。ベッドに横になった。襲いかかる眠気、僕はそれに抗って、禁忌を犯すまいと、つまり「そんなことはしてはいけない」と今まで我慢していた「彼で」、初めて自分を慰めた。彼の口と脰(うなじ)を貪り、僕の中心を彼に深く差し込み、素早く反復させる様子を。そして、僕の背中に指を食い込ませながら、奥の疼きに必死に耐えている彼の顔を想像しながら——。そして僕は、果てたまま、寝てしまった。

(5)に続く。

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