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既婚ゲイの結婚式

昨夜はひどい暴風雨だった。バチバチと雨粒が窓を叩く。「雨の歌」どころではない。ラジオを聴いていた。九州・熊本では被害が甚大らしい。友人が熊本にいる。何か過ぎる(よぎる)ものがあって、心配になった。連絡を取ろうと思ったけれど、しかし、躊躇ってしまった。ラジオを止めた。お風呂上がりだったので、ノンアルを飲みながら、外を眺めていた。今度はノートを(noteも)広げながら、色々と考えていた。目の前には、本が散らかっている。

日付が変わった。今日は誕生日だ(った)。何かに誘われるように、ラジオのあと「もののけ姫」のサントラを聴いていた。ふと結婚式のことを思い出した。何年前のことだろう。玄関のニッチには(一応)その時の写真が二つ飾ってある。紋付と打掛の「和装」、(二人してそれぞれ誂えてしまった)モーニングと白ドレスの「洋装」の二つである。その上には、ヤン・ファン・エイク(Jan van Eyck)の「ターバンの男」が飾ってある。こうやって書くとなんか笑える。

大阪のど真ん中で式を挙げた。出席者数は200人を超えた。親戚の交通費・宿泊費も全てこちらが負担せねばならない。会場の装飾も食事も引き出物も、恥ずかしくないように、僕なりに頑張った。入り口には、地方から取り寄せた「紅葉直前」の絶妙なもみじを大きな束にして、大胆に活けてもらった。高さは3m、花瓶も、色々な陶芸店を探させて、取り寄せた。蒼葉と紅葉が混じる、30万円もの美しい装飾だった。これだけが美しい「物の思い出」だった。で、諸々の費用たるや2000万円に迫る——いや、随分と追い越した——ものだった。もちろん僕は両親に泣きついた。

「家の名前があるからな。こういうのは、きちんとやるように」なんて両親に言われたので、僕はその通りにした。僕は郷里は太平洋を臨む、東の果ての寒村である。だから未だにこういうのがある。要するに旧いのだ。

妻からは未だに言われる。あんなものは打ち上げ花火なのに、あれだけの金を使って、と。「お前には分かるまい(@美輪明宏の低い声で)。僕がどれだけ複雑な思いで高砂に立ち、スピーチをし、両親にプレゼントを渡したのか。どれだけのプレッシャーを抱えているか」。旧いお家なんだね、とかそういうことではない。

僕は当日、ピアノを弾いた。弾いたのは二曲——、ショパンの「革命」とサプライズで「もののけ姫」から一曲とを。ショパンの「別れのワルツ」でも良かったけれど、やめておいた。バレたら大変だ。もし「たいち君」が友人席にいてくれて、余興でチェロを弾いてくれたら——。弾く曲を悩んでいる時、そう考えると目が潤んだ。シューベルトのセレナーデでも弾いておくれ、なんて。「革命」は適当に弾いた。鍵盤を強打した大音量で、速いだけの適当な「革命」だった。要は賑やかしのためだ。

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サプライズで弾いたのは「アシタカとサン」という曲で、ラストに流れる曲だ。フレーズは優しいけれど、いつも心を抉られる。クラシック以外の曲を譜読みしたのは初めてだった。妻や来ていただいた皆様へのサプライズというよりも、僕の僕に対するサプライズとして弾いた。むしろ「革命」なんかより、こっちの曲の方が切実だった。緊張で指が震えながらも、色々なことを考えた。いや、色々なセリフが浮かんでは消えていった。

お祖父様・お祖母様、これで良かったのでしょうか。天国から見てくださっているから、もしかしたら、僕のことを知っているのかもしれません。こんな孫で申し訳ありません。
お父様・お母様、ごめんなさい。プレゼントを渡す時に、誰よりも泣いてしまったのは僕でした。だって「こんな息子」なのですから。
・妻には言うまい。僕は一生隠し通す。棺桶に入っても、口は固く結んでお こう。絶対に言うまい。
・君のことは好きだ。幸せにできるように努力はするし、その責任は持つ。
 しかし君に言っておきたいことがある。実は「ずっと好きな人」がいる。 未だに愛している。その人に向けたような意味で、君を「愛した」ことは 一度もない。他にいるんだ。「好きな人」が——。
まさと先輩、りょう君、たいち君、今でも僕は、君たちを愛してゐます。

こんなフレーズがずっとリフレインしている。会場がざわついている。正面の両側には、大画面があって、僕が弾いている様子が映っている。僕は大粒の涙を零しながら弾いていた。それが大きく映し出されていたのだ。妙に鍵盤が滑るのは、このせいだった。周りは、結婚式の感動で泣いていると思っているのだろう。妻はさることながら、もしかしたら僕の両親も。僕はこの映画が大好きで、観るたびに大泣きしている。それを妻は知っているから、そう思っているに違いない。

けれども違う。そうではない。そこではない。そんなことではない。
アシタカは「東の果て」で呪いを受け、その呪いを解くために、祟り神の後を追って「西」に来た。彼の手と腕には、その呪いの印である「赤黒い痣」がある。呪いの原因に近づけば近づくほど、その痣は濃くなっていく。彼は「赦された」。痣は微かに残ったものの、殆どが消え、そこ、つまり「西」で暮らすことになった。

僕も「東の果て」より「西」に来た。僕の痣は(生まれつきなのかは知らないけれど)、どうも消えない。どんどん濃くなっていく一方だ。誕生日そうそう、そんなことを思いながら、ウルっと来てしまった。歳をとるたびに、痣が少しづつ濃くなっていく。

おそらく一生消えることはないのだろう。



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