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たいち君の場合(1)

たいち君は高校時代からの友達です。いつ友達になったのかはわかりませんが、大学生のある時までとても仲の良い親友でした。それが急にプツリと切れてしまい、いまだに音信不通です。彼はもともと「こっちの感じ」がありました。少なくとも私には、そんなそぶりを見せる・試してくる(ように感じました)。最初私は戸惑っていたのですが、いつの間にか、私の方が気になる存在になってしまい、連絡を取ろうとしたら・・・、ここで物語が終わります。

高校時代の彼は成宮君にそっくりでした。あの切ないドラマ「イノセント・ラヴ」をご存知でしょうか。最終回、ずっと思いを寄せていた友人(北川悠仁)に間接的に告白をする成宮君、その時の何とも言えない切なげな表情、そのワンシーンがこの記事の画像です。今回のエピソードはそれとオーバーラップするように思えて(←自意識過剰)、つい記事の画像にしてしまいました。たいち君、変にストーリーを作り上げてしまって、ごめんなさい。

「あのね、知っておいて欲しいことがあるんだ。俺、好きな人がいるの。10年越しの恋。けど相手はそれを知らない。xx(付き合っている女性)ではない。・・・他にいるんだ、好きな人が・・・」←この時の表情(確か)
「誰なんだ、その好きな人って」
「・・・」

たいち君の場合(1) 思君不見下渝州

僕の住んでいるマンションの近くに、高校からの友人が住んでいる。僕と彼は同じ予備校に通っていて、苦しい受験生活を共にしたこともある。気がつけば彼は、いつも僕の傍にいた気がする。他の友人たちが次々と第一志望校に合格していくなか、僕と彼だけが東大受験に失敗し、お互いに「不本意な」大学に通っていた(けど、僕は何とか軌道修正できた)。彼は、受験に失敗した僕がどん底まで堕ちて精神的にぼろぼろになった事を知っているし、そして僕も同じように、受験に失敗しても明るく振舞う彼の心の中に、どことなく、いや色濃い翳りが漂っていたことも知っている。

そんな彼と、いつ、どのようにして知り合ったのだろうか。僕はよく覚えていない。高校三年間を通してクラスが同じだったことは一度もない。僕は三年生になるまで。彼の存在を知らなかった。しかし気がつけば、いつの間にか、三年生の時に彼と僕は、親しく話すような間柄になっていた。たまたま僕の友達が彼とも友達であったので、おそらく何かのきっかけで話すようになったのだと思う。

一年生の遠足の時に、話しかけたんだけどな・・・。

こんな風に彼はいうけれども、僕は全く覚えていない.しかし一方で彼は、随分と前から僕のことを一方的に知っていたらしい。僕が音楽部に入っていることも、そこでヴァイオリンを弾いていることも、そして、僕が時々あの古くさい講堂で——密かに想いを寄せていた,ひとつ上の憧れの先輩(注:まさとさん)と二人きりで——ベートーヴェンの春のソナタの練習をしていることも。その時僕がピアノを弾いていたことも。

浪人時代、予備校の自習室で勉強をしていたとき、彼を休憩に誘ったことがある。大学に入ったらどんなサークルに入ろうか、ということを彼と話したことがある。何かひとつ夢中になりたいよね、と呟く彼に僕は「オーケストラがいい。チェロをやりなよ」と言ってみた。彼は楽器を習ったこともないし、そもそも楽譜すら読めない。聴く音楽といえば邦楽くらいだったので、僕は冗談のつもりで言った。受験生活が終わり、大学に入るのと同時に、僕は(当たり前のように)オーケストラ部に入った。一方で彼は、驚くことに、本当にオーケストラ部に入ってしまった。「僕の大学のオーケストラ部は、どこか肌に合わない」という、一見すると、分かるような分からないような理由で、僕の大学のオーケストラ部に飛び込んできた。さらに驚いたのは、まるで過去の僕の言いつけを守るようにして、彼はチェロを始めたのだった。いつの間にかクラシック音楽も聴き始めた。僕は現代音楽かジャズが専門で、クラシック音楽といえばピアノとヴァィオリンのレッスンで扱った曲を知ってるくらいで、殆ど知らない。いつの間にか彼に追い越された。

受験の傷がまだ色濃く残っている、学部一年生の夏の出来事であったと思う。僕は、一人暮らしを始める前に、彼のマンションに泊まりに行ったことが何度もある。確かオーケストラの練習の帰りであったと思う。手作りの夕食をご馳走してもらった後,二人で音楽(彼のオススメの音楽)を聴いていた。僕は小さなソファーに座り、彼は僕に背を向けて床に寝そべっていた。

「土曜日の夜に男二人で過ごすなんて,なんだか寂しな笑」
セクシャリティーを隠すために、僕はいつもこんな演技をしていた。僕のセクシャリティは絶対にバレてはいけないと思っていた。だから、こんなことを言ってみた。すると「どっちも彼女いないもんね」、こんな風に彼は答えた。ならば作ればいいのに、と僕が言うと彼はこう切り返した。

俺さ、女の子苦手なんだよね。いままで女の子と付き合ったことないし。

僕はドキリとしてしまった。しばしの無言、「そうなんだ」と白々しく答える僕・・・。硬派とは縁遠いし、高校時代は女の子とも普通に話していた彼が「女の子が苦手」と言うのには、とてもびっくりした.もしかしたら僕のセクシャリティのことを見抜かれているのかもしれない。その時僕はそう感じもした。学部二年生の夏、僕はサークル内の人間関係に疲れ果てて、大学のオーケストラを辞めた。しかし彼はそのオケに残った。

僕が一人暮らしを始めるに当たって、色々と彼に相談に乗ってもらった。場所を決めかねている僕に、○○(たいち君が住んでいるところ)がいいんじゃない?と彼は提案してくれた。なるほど、大学までは程よい距離だし、とても閑静な場所であったので、僕はそこに住むことに決めた。部屋が決まり、引越しの準備ができた頃、彼に電話をした。入居が決まったマンションの場所を告げると、彼の驚いた声によれば、僕が住む予定のマンションは、なんと彼のマンションから徒歩30秒のところにあるらしい。彼の家には数回しか行ったことがなかったので、もちろん僕は覚えているはずがない。

同じように驚いている彼は,電話の向こうから,嬉しそうな声で

俺らって、ほんとラブラブだよな。

と、背筋が凍るような一言を投げかけた。電話をしたのは昼間、もちろん彼は素面、他の友達が回りに居ない電話という一対一の会話において!たいち君が若干照れている様子も、何となく声色から判ってしまった。言葉に詰まる僕・・・引越しをある意味で後悔した瞬間だった(なにしろ、見抜かれてしまった感が否めなかったのだから)。いや逆を考えると、見抜かれたということは、逆にもしかしたら彼も「そう」なのではないかとも思った。余談だけれども、今思うと、こう言う決めつけは良くないと思う。

ときどき彼は、僕を食事に誘ってくれた。よく食事を作ってくれた。生活能力がない僕には実にありがたい話で、時々その誘いに甘えていた。いつぞや、二人で世間話をしたり、音楽を聞いたり、なんとなく遅くまで彼の部屋にいたことがある。そのとき僕は、お腹が減っていたものだから「オムライスが食べたい!」とリクエストをしたことがある。材料がなかったらしく、代わりにオムレツを作ってくれた。

今夜は暇?この前オラムイスが食べたいって言っていたから、作ってあげようと思って。気分じゃなかったらシチュー作ってあげる。終わったらおいでよ。部屋で待っている!

ある日、彼からこんなメールが来た。なんと大好きなオムライスを作ってくれるらしい。こんなメールが来たものだから、僕はルンルンでその誘いにホイホイと乗って、最後のコマが終わったら、脇目も振らず彼の家に行った。大好きなオムライスが食べられる!こんな期待を胸に「たいちさーん、お邪魔しますー」と、まるで飛び込むように部屋に入ったが、オムライスはそこには無かった。不審がっていると、たいち君曰く、まずは一緒にレシピを考えたいとのこと。二人でどんなオムライスにするか決めて、買い物に行くことになった。玄関を開けると、雨が降りそうだった。雨が降りそうだったので傘を持とうとする僕、絶対に雨は降らないと言い張り、彼は傘を持とうとはしなかった。

スーパーでは、まるで恋人同士のように素材を選びながら(キノコはこれを入りたいとか、隠し味には〇〇が良いとか話しながら、そして僕がカートではしゃぎながら)買い物をした。買い物を終えて外に出てみると、結局雨が降っていた。大雨がだった。何ともベタな展開が許しがたいけれども、相合傘をして帰ることなった。変に緊張をして彼と距離を取ろうとする僕に対して、彼は嬉しそうに、照れを隠しながら、いや実は心の中でニヤニヤしているような雰囲気すら湛えて、こんなことを仰るのである。

ゆういち、肩がびしょ濡れ。もっとこっちに来なよ。
俺らってほんとラブラブだよね。

僕はたいそう動揺した。腰に手を回さんばかりに近づく彼。ああ、ついに見抜かれたのか、もしかしたら好意を持たれているのかもしれない(←自意識過剰)。僕が食べたい料理を作ってくれると彼が言う。一緒にネットでレシピを検索し、一緒に買い物に行く。彼が料理をする。僕は音楽を聴きながら,それを待つ。時には一緒に台所に立つこともあった。そして一緒にそれを食べ、食後は一緒に音楽を聴いたり、くだらない世間話をしたりした。いま思い出すと、何とも王道的な展開で恥ずかしいのだけれども、その時の僕は「一体僕は何がしたいんだ」という混乱ばかりが先立っていた。あるとき僕は、逆に「仕掛けた」ことがある。

ゆういち 「あーあ。最近落ち込むことがあって」
たいち  「なになに? もしかして失恋?(たいち君は冗談のつもりで言ったようでした)」
ゆういち 「なぜ分かった笑 同じ学科の女の子に振られちゃってさ。趣味とか金銭感覚というか、その辺が合わなかったみたい(僕はかなり大げさな嘘をついたのでした)」

たいち 「そっ、そうだったんだ・・・好きな女の子がいたんだね・・・」

彼は明らかに動揺し、表情が曇っている。僕は重い罪悪感を覚えた。その後なぜか彼は急に彼女を作った。その報告を聞いたきとき、僕はとても驚いた。夏の、ちょうど今頃の出来事だったと思う。彼が薦めてくれた曲を聴きながらこの事を思い出すと、切なくなる。(続く)


在宅勤務が続き、暇で仕方がないときがある。そんな時に過去の文章を見直して、思い出に浸っている。彼に会いたいなー。いや、軽々しくそんな事を言ってはいけませんね・・・。


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