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遠方のルソーと静寂のシャガール

 寒さはなかった。空気は澄んでいるが、どこか陰鬱さが落ちていた。体を動かせば、気持ちが晴れるだろうと少し遠くに車を止めて歩く。空気には匂いがなかった。

西洋画が好きな小職の目的地は美術館「ハーモ美術館」。私が好きな画家ルソーが収蔵されている評判の美術館である。開け放たれたドアには時勢を物語っていて悲しいはずなのに、それは毅然と湖を見つめていた。エントランスに入るとダリの彫刻と館員の方が迎え入れてくれた。

階段を登ると静寂とは行かないが、時を感じることができた。1組のカップルの存在の認識のせいだろうか。普段の美術館では人の様子を観察することが多いため、新鮮な気持ちだ。と冗談はその位にして、階段を上り終えると、ボーシャンの色彩豊かな絵が迎え入れてくれた。ルソーが目に入る。

ルソーが好きな理由は色々とあるが、独特な色と筆使いである。その表現は、独特などんよりした雰囲気が、当時に自分が存在すると錯覚させるほどに。あのピカソはルソーを支持したという話を聞いたが、これは面白い話と思う。(割愛)カップルを横目に私は作品を楽しんだ。

一室の作品を見終えると、外に面する廊下を渡る。カップルを追い抜いてしまった。折角なんだから「人を気にする」のはもったいない。そんな心に喧騒を飼いながら渡る。この美術館は面白い構造で2階は3つの展示室で構成される。「時間」を大切にしたい私は奥の展示室に駆け込む。

「そこには静寂があった」なんてありきたりな表現はしたくないが、耳がキーンとするほどの静寂とシャガールの作品があった。旧約聖書にある12族を描いたステンドグラスのデザインは部屋の静寂とは反対に絵から音が聞こえてきそうなほど豊かで賑やかで絵を通りすぎる心惜しさが何とも言えない感情をつくる。部屋を出る。心の喧騒がなくなったはず。静寂に当てられたのか、不思議の国のアリスの彫刻に凝視されたせいかわからないが、「自分は何のために働いているのか。どう思われているのか」など日頃から悩んでることがバカらしくなったからかも知れない。

退館し、心が晴れた私。それはまだそこで湖を眺めている。


帰宅の路、匂いは変わっていた。醤油の甘辛い香りとは別にハッキリとしたそこにある匂いに。


明日は雨だ。匂いはどうか?
来年は雨か?匂いは変えたくない。

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