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【短編小説】 日陰の恋 (3/4)

 目を覚ますとすでに日が傾きかけていた。
 真樹への怒りを溜め込みすぎたせいか、きのうの夜から体がだるくなり、朝起きると体温が39℃を超えていた。学校を休んだ私は、パートに出かける母が置いていってくれた風邪薬を飲み、その後ぐっすりと眠った。
 布団から這い出し、空気を入れ替えるために窓を開けると、真樹の家の前に人影を感じた。目を凝らしてみると、新聞配達のあの人だった。

「…なんで、こんな時間に?」
 真っ昼間にいったいどうしたんだろう。不思議に思いながらも、私にとっては願ってもないチャンスだった。枕元のスマホを掴み上げ、画面の中にあの人を捉えると、素早く録画ボタンを押した。すると、どういうわけか、あの人は真樹の家とそのお隣の、ひと一人がぎりぎり通れるぐらいの隙間に体をすり込ませ、奥の方に消えていってしまった。私は、見てはいけないものを見たに違いない。しかも…、撮影まで。私は急に恐ろしくなって、布団の中に潜り込んだ。

 あれから1週間が経った。学校から帰ると、真樹の家の前に、パトカーが2台止まっていた。近所の野次馬たちが目を爛々とさせ、開いたままの玄関扉から中を覗き込んでいた。近づいていくと、家の中にいた真樹と目が合った。真樹は、まっすぐに私のところにやってきて言った。
「うち、泥棒に入られたの…。なんか知らない?」
「…え、そうなの?何も知らないけど」
 勘違いであってほしいという私の願望は打ち砕かれた。やはり新聞配達のあの人は、真樹の家でドロボウを働いていたのだ。新聞が一時的に止められたことで、留守になることを知っていたのだろう。
 片想いの相手が、まさかドロボウだったなんて…。全身から血の気が引いていくのがわかった。そのとき、真樹が言った。
「まさか、あんたじゃないよね?」
「えっ?」
「だって、うちが留守だってこと知ってたわけでしょ!」
 言葉の意味を理解するのに時間がかかった。私は、何も答えず、真樹から離れた。うしろで真樹が、何か叫び続けている。でも、私にはもうなにも聞こえなかった。

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