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【短編小説】 日陰の恋 (2/4)

 私はきょうも、窓辺で震えながら新聞配達の人を待った。ようやく手に入れた格安スマホで、彼の姿を撮影するつもりだ。バイクの音が聞こえたと同時に、スマホの録画ボタンを押す。彼のバイクが、スマホの画面にフレームインする。こっそり撮影しているという背徳感。なぜか顔がニヤついてしまう。そのとき、ふと視線を感じた。顔を上げると、ペンシルハウスの3階から真樹がこっちを見下ろしていた。急いでカーテンを引いたが遅かった。一番見られてはいけない奴に見つかってしまった。

 真樹と顔を合わせないよう、いつもより遅くアパートを出た。
「おはよう!」
待ち伏せしていた真樹が近づいてきた。あんなところを目撃した真樹が、何もしてこないわけがない。なんとか平静を装って「おはよう」と返し、私はしぶしぶ真樹の後ろを歩き始めた。
「春菜さぁ、あんなカーテンの隙間から盗撮とかってマジキモいんだけど」
「えっ、盗撮?」
言われてようやく気がついた…あの行為を、世間は「盗撮」と呼ぶことに。
「こそこそしてないでさ、ご苦労さまーとかなんとか、話しかければいいじゃん」
「そんなの不自然だよ」
「そっか、春菜の家に届けてるわけじゃないもんね」
なぜ真樹はこんなにも私を蔑むのか。人としてよくそんなことができるなと、むしろ感心するくらいだ。
「あのさ、うち明日から旅行に行くから、ママが1週間新聞止めたって」
「…そうなんだ」
突然、カバンから何かを取り出し、真樹が言った。
「はい、プレゼント」
「えっ、私に?」
「うん」
くしゃくしゃのレジ袋の中に、何か入っている。
「あの人が届けてくれたやつだよー。今朝の新聞」
「あ、ありがとう」
受け取ると、心臓がドクンと波打つのを感じた。
「全然気にしないで。あっ、私先行くね!」
前を歩く仲良しグループを見つけると、真樹は駆け出して行った。私は思わず真樹からのプレゼントを胸に引き寄せた。袋から漏れ出るインクの香りを深く吸い込む。あの人も、こんな匂いがするのかもしれない。その時、真樹が振り返って言った。
「ごめん、言い忘れてた…その新聞、さっきパパがトイレで読んでたー!」
笑い声をあげ、真樹は走り去って行った。
私はその場にへたり込むと、しばらく動くことができなかった。

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