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「こじらせ ”感謝” に囚われさん」 #3

「本来、感謝って素敵なことよね」を書いた#1
そこから、実際の「明美さん」事例について書き始めた#2
まだお読みでない方は、ぜひこちらの2つの記事から
お読みいただけたらと思います。

そして、今回こそは「こじらせポイント」!

☑️感謝できないことを言葉を変換して、誤魔化しはじめる
☑️主語が「誰か」や「何かの環境」になっている/ 自分以外が原因になる
☑️心を許せる仲間の中では悪口大会

を明美さんの事例の続きを見ながら解説していきます。
そして、キーポイントとなる「不安」の正体とその対策についても書いてみます。

成功体験を失ってしまうのではないかという「不安」

せっかく「感謝のワーク」と出会い、
実践してみることで、日常がスムーズにいき出したように感じて喜んでいた明美さんでしたが、旦那さんは旦那さん。

ご機嫌に手伝ってくれる時もあれば、そうでない時もある。
それによって、明美さんの中にまたムクムクと湧いてきた「不満」。
そこには、キーポイントになる「不安」が一緒に起こってきているんですよ
というところまでが前回のお話でした。

さて、この「不安」はどこからくるのかというと、自分が初めた「感謝のワーク」によって変化した現実が「また戻ってしまったらどうしよう」というものです。
旦那さんが変わってくれて「嬉しい!」という思いを失いたくないという執着が、「不安」となって心の中に出てきたものです。

当たり前ですよね。
誰だって成功を体験したら、その体験を手放したくないものです。
明美さんだけでなく、誰にだって起こる「不安」です。

そこで明美さんは、ワーク仲間との雑談の中でも
旦那さんへの感謝を一生懸命に探し、言葉にします。
言葉にすることで、無意識に自分にも言い聞かせていたのです。

それでも旦那さんへの「不平」や「不満」が収まらなくなってくると
今度は、「旦那さんがわかっていなから、こうなんだ!」と
基本的に、自分は「感謝」のできる人間なのだけど、
彼に「不満」が出てくるのは、旦那さんが原因で、それがなくなれば大丈夫と捉えるようになってきます。

自分は「感謝」することを学び、経験し、成長し『わかった自分』。
それに対し、旦那さんは変わらず、『わかっていない人』。

それが自分が「感謝」できない状態の原因と頭で納得し、
「不平」や「不満」を ”しょうがない事” と片付けることにしたのです。

それでも片付いてくれないのが「心」です。

「不平」や「不満」は誤魔化せない

「不平」や「不満」がある事が少しづつ当たり前になり
気を許している仲間の前では、つい旦那さんへの「不平」が
言葉として、口に出るようになってきます。
そして、それが通常のことになってきます。

「仲間と話す時間=愚痴を言っても良い時間」になっていきます。

そうなると、仲間も同じように
自分の思い通りにならない原因は「自分以外の誰か」や「環境」にあるとして、ちょっとした【愚痴大会】が定番になってきます。

それでも「私たちはわかっているから大丈夫!」「仲間がいて、感謝だわ〜」と安直な感謝に結びつけておしまい。

日常生活の中の「不平」や「不満」は棚にあげ
そこには目を向けないようにして、「感謝」を大きく看板に掲げ、
「大丈夫。自分には ”感謝” があるさっ!そして ”仲間” がいるもん!」と
現実の日常生活と心、思考が少しずつ ”ズレ” ていきます。

そんなことを繰り返している間に
すっかりと「感謝のワーク」をはじめた頃のような
”ありがとうの循環” が姿を消してしまいます。

旦那さんに、言葉では「ありがとう」と言っても
心の奥に潜む「私だって頑張ってるんだから!」「もっとわかって欲しい」という思いが態度や空気感で伝わってしまいます。
お手伝いを始めてくれた旦那さんも「こんなにやってあげているのに!」と応戦するかのように元の状態に戻っていきます。

・あれあれ?
・何がおかしいんだ?
・どこかで何かを踏み間違えた?
・感謝してるのに!どうして変わっていかないの?
・わからない旦那さんが、未熟だから仕方ない?

ここまでくると、もう誤魔化しは聞きません。
旦那さんと喧嘩になったり、また自分を責めてしまったり、
自分以外の誰かを責めてしまったり….. 。

どうでしょう?
皆さんは、明美さんの「こじらせポイント」に気がつけましたか?

「こじらせポイント」解説

ゆっくりとひとつずつ解説してみます。

まずはひとつ目:
☑️感謝できないことを言葉を変換して、誤魔化しはじめる

一度体験した「成功体験」。
失うことが怖くなってしまい、思い通りにならない時に、自分でも気が付かない間に「不安」が心の中に現れてきます。
そうすると、無意識に心の予防線を張ってしまうんです。
これが、言葉の言い換えにつながります。

少し丁寧に解説しますね。

本当はこうであって欲しかったのに、

◉仕方ないんだ
◉タイミングってあるよね
◉これも学びよねっ
◉私がわかってあげよう
◉これもきっと何かの糧になる

皆さんも、言葉をポジティブ変換した経験はありませんか?
どれも、本当にその通りだと思います。
ですがそれは、『もしもそこに心がついてきていたら!』です。

もし、心の奥底からそう思えていないのに、
「仕方がないよね」「そんな時もあるさっ」「乗り越えられないことなんて起こらない」っと自分に言い聞かせてしまっていたら、
それは ”こじらせポイント”の黄色信号!
本当の「心」に蓋をしはじめたサインです。

#1でも書いたように、「感謝」って本来湧いてくるものです。
それが、湧いてくる「心の状態」でないにも関わらず
「成功体験」を失ってしまうこと、「ワーク」に出会う前の自分に戻ってしまうこと、「未熟な自分」になってしまうことへの「不安」がそこにはないでしょうか?

蓋をして、自分のありのままの「心の状態」に気が付かないまま
「不満」や「不平」があると、それは少しづつ増幅していきます。
まるで、キムチに蓋をして発酵しすぎてしまった時のように、 ”ドンっ” と蓋が吹っ飛んでしまう時が来ます。
そして、次のポイントに繋がっていきます。


2つ目のポイント:
☑️主語が「誰か」や「何かの環境」になっている/ 自分以外が原因になる

さて、気付かぬ内に感情の発酵は進み、
水面下でキムチのように蓋を吹っ飛ばしてしまうべくフツフツとしてくると、ガス抜きが必要になってきます。

でも、もう前の自分には戻りたくない!
そこで起こるのが「主語の変換」です。
言い換えると、「私は悪くないのよ!誰々が!あるいは環境(状況)が悪いの!」というものです。

◉私がこうして欲しかった→それが叶わなかったので「私」が悲しかった
↓↓↓↓↓
◉誰々にされて、悲しまされた。
◉誰々に言われて、悲しくさせられた。

どうでしょう?主語が変わりました。

》》ちょっとわかりやすく例を出してみますね。

◉私が旦那さんを喜ばせてあげたかった
→頑張ったことをわかってもらえなくて悲しかった
↓↓↓↓↓
◉旦那さんが疲れて帰ってきた→余裕のない旦那さんは思っていた通りに喜んでくれなかった→お互い不機嫌になった
◉頑張っているのに、旦那さんにいつも否定ばかりされる

どうでしょう。
主語が変わると、もう自分ではどうにもできない ”環境的要因” のように感じませんか?
”環境的要因” になってしまうと、自分でどうにもできないから「しょうがないよね」となってしまうんです。こうなると、知らず知らずに自分を「被害者」に仕立てあげてしまいます。

実際、自分以外の誰かのことは自分ではどうしようもありません。
でもここで言っているのは、そのことではなく、『自分の心の反応』です。
自分の心の反応さえも、環境的要因によって、自分に選択肢がなくなってしまうということが起こってしまいます。
自分に選択肢がないから、大手を振って棚に上げはじめるのです。

棚にあげ、言葉になり出したら、そろそろキムチの蓋も飛ぶよ!という
黄色信号も点滅状態です。

3つ目:
☑️心を許せる仲間の中では悪口大会

仲間との時間って、自分の心の弱いところまで共有することが多くあります。
そうして絆が深まるからこそのありがたいのが、仲間ですよね。
だからこそ、心も緩むというものです。

そんな心が緩む仲間同士の会話は、外に向かって言えないことも言いやすい。「愚痴」も心の弱みとして吐き出しやすくなります。
ガス抜きってとても大切な行為だと思います。
だから、時には必要ですよね。
なのですが、誰かが「愚痴」を言いはじめ、「それはあなたのせいじゃないよ。誰々さんが悪いよね」などと慰め合う仲間であれば尚更注意が必要です。

みんなで一緒に棚に上げれば怖くない?

そんなことはありません。
みんなで棚に上げ、自分がうまくいかないのは、自分たち以外の人たちが未熟だからしょうがないんだとなってくると、益々こじれてしまいます。

自分の心の奥にある「こうして欲しかった」「こんな自分でありたい」という心が置き去りになり、それでも「ワーク」として、感じられてもいない「感謝」を並べはじめてしまいます。
「感謝」が湧いてくるものではなくなり、「感謝」するという行為が目的になってしまって、心が置き去りになっていきます。

置き去りにされた「感情」は発酵しすぎのキムチの如く
ガス抜きをしても、ガス抜きをしても間に合わないくらいに
感情の発酵が進んでしまいます。

そして、気がついたらドカンと爆発して、旦那さんとの喧嘩が勃発!という
残念なことになってしまいます。

・喧嘩がしたいわけじゃない。
・ただわかって欲しかっただけだし、わかり合いたかっただけ。
・お互いに感謝を伝え合えるような関係になりたかったのに…..

・これは「ワーク」が本物じゃなかったの?
・私が間違ってしまったの?
・この仲間が悪いの?

そんな風に思考がぐるぐると周り、また息苦しさが戻ってきてしまいます。原因をいくら探しても、そこには何もありません。
あるのは、心の奥深くに置き去りにされてしまった「わかって欲しかった感情」のみです。

立派な「こじらせさん」がここに出来上がり!となってしまうのです。
それでもまた蓋をして、誰かを悪者にしたり、原因を他の何かにしてしまいますか?

………………………………..

今日は少し長くなってしまいました!
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

さて、「こじらせポイント」お気づきいただけましたでしょうか?
次回は「こじらせ ”感謝” に囚われさん」への処方箋!

今日のまとめ

〜こじらせポイント〜

☑️感謝できないことを言葉を変換して、誤魔化しはじめる
「上手くいかない」ことに対して「不安」は心の奥深くに現れていませんか?「言葉の変換」って無意識の内に行ってしまいやすいものです。
「不平」や「不満」を誤魔化したくなっていたらこじらせ信号の黄色のサインかもしれません

☑️主語が「誰か」や「何かの環境」になっている/ 自分以外が原因になる
原因を自分以外の誰かや環境のせいにしてしまっていませんか?
主語を自分に戻してみましょう。それができなくなっていたら黄色信号も点灯サイン!自分を棚に上げはじめ、知らず知らずに「被害者」に自分を仕立てあげているのかもしれません。

☑️心を許せる仲間の中では悪口大会
心を許せる仲間の間でこそ、本音が現れやすものです。
ただのガス抜きっと自分のことを棚に上げ、”大目”に見ていないでしょうか?「感謝」が湧いてきていますか?それともただ「感謝すること」が目的になってしまっていないでしょうか?

………………………………..


今回これを書いているのは、『「感謝のワーク」が悪い、意味がない』と言っているのではありません。
#1でも書いたように 、今まで気づけていなかった「感謝」に気がつけるようになるって、本当に素晴らしいことだと思うのです。
ここは、まず誤解のないようにお伝えしておきたいポイントです!

でも、一歩間違ってしまうとせっかくの良いものであっても
心が置き去りになってしまい、こじらせてしまい、息苦しくなってしまうことがあるというのも、また大切なポイントだと思うのです。

こじらせてしまっても大丈夫!
誰だって、迷子になってしまう時はあるさっ!

次回は「こじらせ ”感謝” に囚われさん」へのマインドフルネス的処方箋を書きました。

お時間の許す時にお読みいただけたら嬉しいです。


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