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ライターは「飽きてからが勝負」|評価されることにも人は飽きる

私は昨年、原作漫画を出版したのだが、漫画の出版というのは先に連載がある。「認知症が見る世界 現役ヘルパーが描く介護現場の真実」の場合だったら、携帯漫画サイトと竹書房の「本当にあった愉快な話芸能ズキュン!」というエグイ表紙の雑誌に1年ほど連載されていた。

「本当にあった愉快な話芸能ズキュン!」

この雑誌は月刊誌なので毎月、竹書房から送られてきていた。1冊目が送られてきたときはスキャナーで保管したくらい嬉しかった。その喜びはいつまで続くと思っていた……。


「飽きてからが勝負!」との先輩売れっ子ライターさんの言葉

そんな喜びの絶頂のときに先輩売れっ子ライターさんから言われたのは

「おめでとうございます!
けど、そのうち、邪魔になってそのままゴミ箱行きになりますよ!
ライターは飽きてからが勝負!
人はつらいことにも慣れるけど、嬉しいことにも慣れます。
1回目に雑誌に載った時の喜びがずっと続くとは思えないでしょ?」

でした。

ソッコーで薄れていった感動

飽きるなんてことがあるのか?!こんなに嬉しいのに?!と思っていたけど、本当に感動は薄れていきました。

2か月目あたりで郵便受けに取りに行くのが遅くなり、3ヵ月以降はひたすら溜まっていく雑誌の山(表紙はエグイし)。

「人はいいことにも悪いことにも慣れてしまう」

先輩売れっ子ライターさんに言われたように、あっという間に慣れて感動は薄れました。その後、出版に至るのですが、たぶんこれから2冊、3冊と出版したとしても、1回目の感動にはかなわないのだろうと思う。

バズにも炎上にも慣れてしまう

X(旧Twitter)も1年くらいまで、バズリも経験してなきゃ、炎上なんかもっての他だと思ってた。

だけど、Colabo関連記事を書きだしてから、バズることも炎上することも経験した。

「田口さんは喧嘩好きなんだし絡んできた人と喧嘩してみたらいい。
何事も経験です」

との売れっ子さんのアドバイスで、片っ端から反論していった。最初は怖くてドキドキした。だけど、慣れた。スルーが苦手だった私も、スルーできるようになったし、今ではガンガンブロックするくらい興味がなくなった。

賛否が分かれる記事は炎上もする

Colabo関連記事も含め、賛否が分かれるものはバズるし炎上もする。共同親権の記事はたぶん来週にはSPA!から出るけど、現時点で炎上の予感がしている。

「飽きてからが勝負!」の意味

私は主に認知症や障害を中心の取材記事を書いてきたけど、SPA!で連載を始めてからすごく嬉しかったけど、1週間PVが20万を超えるとPVボーナスが出る仕組みなので、この記事でボーナスが出ている。

割と連載初期でボーナスが出たことで私は若干、読まれることにも飽きてしまった。

こうやって人は嬉しいことにも慣れてしまうのだ。
そうなるとネタを探すのも書くのも苦行になる時期がくる。

飽きた私は、書くジャンルをちょっと広げたり・変えたりして
書くようにしている。

この記事は介護も福祉も関係ないですし、これから「ダメなフランチャイズ本部」なんて記事も出るのだけど、全く書いたことがないジャンルだ。共同親権記事もその一環だ。

飽きる・慣れることの対策は、書くジャンルを複数持つことだと私は思っている。

YOASOBIの「群青」が脳内を流れるとき

私はそんなクリエイターの気持ちを表しているYOASOBIの「群青」がすごく好きだ。

“好きなことを続けること
それは「楽しい」だけじゃない”

YOASOBI「群青」

その慣れ・飽きは元々、文章を書くのが好きな私が「つまらない」「やめたい」と思うのに充分だった。

そして、炎上もバズも乗り越えて「何を書こうと読まれないときには読まれない。炎上を避けようがするときはする」って境地になった時にやっと

”全てを賭けて描く
自分にしか出せない色で
朝も夜も走り続け
見つけ出した青い光
好きなものと向き合うこと
今だって怖いことだけど
もう今はあの日の透明な僕じゃない
ありのままの
かけがえの無い僕だ”

YOASOBI「群青

このフレーズの意味が分かった。

私にしか書けない記事(色)があるんだ!と思えた。

なので、私はどこかで同ジャンルの記事に飽きたら、ジャンルを変えた記事にいって戻るを繰り返して「飽き」と戦って書き続けるだろう。

それを繰り返すうちに「かけがえの無い僕」になれるんじゃない?


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